『ブランクーシ』中原佑介(美術出版社、1986年)
近現代美術作品をコレクションしている美術館を訪れると、かなりの確率でブランクーシの作品がおかれている。その多くが金と見間違えるピカピカに磨いたブロンズ作品である。ブランクーシという発音しづらい名前のせいか、作品の印象の割に覚えにくい作家名である。知っているけれど良くは知らないという作家というのは珍しくないが、ブランクーシもその一人だ。
ブランクーシは、1876年ルーマニアに生まれ、彫刻家を志し美術学校に進む、1904年ルーマニアを去り、徒歩でパリに向かう。貧しい生まれ育ちであったが、才能を見出す者が多く、パトロン、協力者が早くから現れる。当時パリで最も著名であったロダンにも認められ、工房に入るが2ヶ月でロダンの元を去る。「大樹の陰では何も育たない」の言葉は、後のブランクーシを語る大きなエピソードである。
さて本著では、その後のブランクーシの人生も語り続けるが、本旨はそこではない。代表作品『接吻』シリーズ、『眠る人』シリーズ、『空間の鳥』シリーズ、『無限柱』など、全作品を網羅して分析を行っている。ブランクーシは一見、異なる彫刻作品、具象と抽象、素朴な石彫と徹底して磨いたブロンズ、小さな彫刻と巨大なモニュメントを並行して制作し続けたが、著者はその関連性を述べ紐解き、徹底した評論を展開している。パリやニューヨークで出版されたブランクーシの詳細も引用紹介され、その上でブランクーシに関する著書では圧倒的に優れた一冊であると言えるだろう。
著者中原佑介は2011年に既に亡くなっているが、本著「あとがき」で「日本では未だ本格的なブランクーシ展の開催を見ないのがなんとも残念である」とある。現在、日本における初めての「ブランクーシ展」が石橋財団アーティゾン美術館において、7月7日まで開催中。