『日本の美、浮世絵はどこからきたか』上河滉(文芸社、2008年)
「美術は難しいので、好きじゃないです」とおっしゃる方が大変多い。その場合、指しているのは西洋美術であったり、現代美術であったり、抽象作品であるようだ。そして解らないから苦手ということも大きな理由なのだろう。美術の全てを理解する、あるいは好きになるなどということは、美術館の学芸員でもありえないことだろうと思う。
そういう方に切り返して「では、浮世絵はどうですか」と問うと、少しほっとされる。浮世絵は「何が言いたいのか」ほぼ解る。役者絵、美人画、風景画、化け物画、春画、どれをとっても、風俗画であって、だから浮世絵という。そもそも庶民の誰もが解らなければ絶対売れない。解る、それが絵画の基本である。
さて、本著はその「浮世絵がどこから来たのか」と問う。世界を圧倒させたこの浮世絵の表現はどのように生まれたのか。世俗を楽しませるこのモチーフやテーマはどのように始まったのか。またなぜ世界の美術史に残ることとなったのか。著者は法学部の出身で、いわゆるサラリーマンである。国際浮世絵学会会員、アダチ伝統木版画技術保存財団賛助会員という肩書があるので、相当な浮世絵マニアであることには違いない。その著者が浮世絵について徹底した調査、学習のもとに書き上げている。とにかく誠実で、読者の疑問をことごとく答えようとしている。因みに個々の作品や絵師についての説明は必要最小限にとどめている。あくまで「浮世絵とは」である。
私は、浮世絵の個々の作品や絵師について当然興味深いが、別途社会的意味、影響に考えを及ばせることに関心が高い。「浮世絵はメディアだ」「浮世絵はマーケットだ」という視点を強く持っていて、美術史や造形性においてもそのことを欠かすことができないと考えている。本著においては、その考えにも肯定的な論考がいくつもあった。いわゆる美術の専門家ではない著者の力量に大いに感服した。本著を読めば、「浮世絵は解る美術」として、もっと好きになるだろう。