『セザンヌと『知られざる傑作』 近代絵画の誕生と究極美の探求』佐野栄一(三元社、2024年)
『知られざる傑作』とは、フランスの文豪バルザックの小説で、老画家フレノフェールを主人公に貧しい青年画家プッサンと富裕な宮廷画家ポルビュスの3人の画家が登場する。フレノフェールは天才的技量と深い芸術観を持った画家で、大変裕福であり、生活のために絵を描く必要がなかった。フレノフェールはひたすら自らの芸術的欲望のみにしたがって絵画に没頭し、優れた作品の実現以外に何の野心も持たなかった。
このフレノフェールの境遇、才覚がまるでセザンヌをモデルにしたかの小説で、それが本著のタイトルとなっている。本論はセザンヌによる「近代絵画の誕生と究極の美」についてである。時代的には『知られざる傑作』書かれた後、セザンヌの活躍は50年後である。セザンヌをモデルにしたわけではなく、ドラクロワの芸術論を仲介したゴーティエ、つまりフレノフェール=ゴーティエという構図である。興味深いのは、セザンヌが『知られざる傑作』を熟読しており、洗脳的に主人公フレノフェールを生きたということが考えられることである。
本論は『知られざる傑作』をきっかけとし、近代絵画の誕生をセザンヌの生き方を通して語る。著者佐野栄一は、フランス文学が専門で、バルザックの研究者である。近代絵画との出会いは、青年時代にパリで極貧生活を過ごし、やはり極貧生活の青年画家たちとの暮らしから目覚めている。絵画を絵画で考えることは、近代絵画以前のアカデミー絵画をアカデミー絵画で考えることになり、そこには抜け出せない旧態然とした権威、社会が横たわることになる。絵画を文学で考えることこそ、近代絵画の誕生に大きな端緒となりえたのではないか。セザンヌに同郷の盟友で小説家、評論家ゾラがいたこと、著者がフランス文学の研究者であることが、本著の魅力を興味深くしている。