23. 5月 2020 · May 23, 2020* Art Book for Stay Home / no.7 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 日記

造形集団 海洋堂の発想』宮脇修一(光文社新書、2002年)

海洋堂をご存知ですか。
株式会社海洋堂は、鉄道、ミリタリー、フィギュア、食玩等の各種模型を制作する会社である。
そしてフィギュアの造形企画制作では圧倒的に優れた技術力で評判を得ている。

フィギュアとは何か、図形や図案、製図すること、転じて図面から型起こしした立体物のこと、そこから派生した意味である人形や造形物。アート領域においては、サブカルチャーの一表現として位置づけられる。

2008年に競売会社サザビーズがニューヨークで行ったオークションにて、現代美術家の村上隆の制作したフィギュア《マイ・ロンサム・カウボーイ(My Lonesome Cow Boy)》が、1516万ドル(約16億円)で落札された。16億はゴッホやピカソと並ぶ価格である。芸術評価と売買価格は異なるものであるが、大きな指標ではある。

《マイ・ロンサム・カウボーイ》は高さ254cmの人形である。
では「人形と人物彫刻とはどう違うのか」、それは「マンガの一コマと絵画とはどう違うのか」に答えるように簡単なようで難しい。
平面、立体であるとか、石でできているのかプラスチックでできているのか、一点ものか量産品であるかといった造形手段でアートの価値を決めることがあるが、それは私たちの鑑賞を惑わせる。

アートの基本的対象は、人間によって制作されたあらゆる造形物である。どんなに美しい風景、美しい花も芸術では決してない。
言い換えれば、人間によって制作されたあらゆる造形物はすべてアートとしての魅力を有する可能性を持っている。
それが現代美術の基本的な考え方である。

さてここまではフィギュアのアートにおける位置づけについて述べたが、本書はそういうフィギュアの魅力を生み出した海洋堂の凄い技術、ビジョンについて紹介されている。模型、食玩の会社が子どもたちを夢中にし、やがて大人になってもその魅力に飽きさせることはない。
その要因はどこにあるのか、本書は40人の造形集団の正体を見せてくれる。

19. 5月 2020 · May 19, 2020* Art Book for Stay Home / no.6 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 日記

『とりあえず、絵本について』五味太郎(リブロポート、1981年)

タイトルに「絵本」が付いて、著者が五味太郎。

これはもう楽しい絵本、あるいはそのような本に違いないと思ってしまう。ところが本文236ページのうち絵は17ページ、絵についてはちょっと期待はずれかも知れない。

日本におけるプロの絵本作家は200人ほどで、そのなかから画家やイラストレーターなど除いて主に絵本だけで生活が成り立っている人は10人といないと言われる。

これまで450冊の絵本を出版している五味太郎は日本を代表する絵本作家である。もちろん販売数も極めて多い。

我が家の100冊ほどの絵本蔵書の中にも、五味太郎作は10冊ほどあって、なかでも『みんなうんち』(福音館書店)は二男の愛読書だった。

『とりあえず、絵本について』は、絵本について殆ど書かれてない。

では何が書かれているのかと言うと、五味太郎の脳内風景である。妄想、想像、思想、感想である。
「あっ、五味太郎さんはこんなことを考えているんだ」という本である。相当にユニークである。

絵本は素晴らしい世界、子どもたちが夢中になって何度も何度も繰り返し読む、読んでくれとねだる。

自分もそういう子どもであった記憶のまま大人になって、自分も絵本を作りたいと思う、絵本作家になりたいと思う。美術大学やデザイン専門学校を卒業して、絵本作家を目指す。

しかし絵本作家になれるのは極めて稀である。狭き門である。絵本が売れなければ絵本作家ではない。小説が売れなければ小説家ではない。曲が売れなければ作曲家ではない。

絵本作家になるために、絵本や絵を一生懸命学んでも魅力的な絵本作家になることは難しい。
絵のための絵、絵本のための絵本はつまらないのだ。作者の魅力が絵になり、絵本になる。

五味太郎の絵本がおもしろいのは、五味太郎がおもしろい、考えていることがおもしろいからだ。
作家になっても良かったのだろうけれど、文章を書いているよりも、絵を描いているほうが圧倒的に好きだったのだろう。

そんなことがわかる『とりあえず、絵本について』。

16. 5月 2020 · May 16, 2020* Art Book for Stay Home / no.5 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 日記

『この骨董がアナタです。』仲畑貴志(講談社文庫、2003年)

骨董の本か、「君子危うきに近寄らず」関わらない方が身のためだな。という第一印象を持たれた方が多いのではないか。

「骨董はおもしろそうだな」という気持ちは抱いていても、いいものはとてつもなく高そうだし、テレビの「開運!なんでも鑑定団」を観ていると、良くないものを高額で買ってガッカリということが多すぎるではないか。

私もそう思う。私は友人の陶芸作品(ぐい呑)をたまに購入することはあるものの、骨董と呼ばれる古いものは一点も持っていない。

その上で、骨董の本『この骨董が、アナタです。』を推薦。著者の仲畑貴志はトップコピーライター、広告界の重鎮である。東京コピーライターズクラブ新人賞から数多くの受賞歴があり、現在は東京コピーライターズクラブ会長。

主なコピーに「タコなのよ、タコ。タコが言うのよ。(サントリー・マイルド・ウォッカ樹氷)」「知性の差が顔に出るらしいよ……困ったね。(新潮社・新潮文庫)」「おしりだって、洗ってほしい。(TOTO・ウォシュレット)」「ココロも満タンに、コスモ石油。(コスモ石油)」など。

要するに私は骨董への興味よりも仲畑貴志への興味でこの本を読んだ。予想を超えておもしろかった。

仲畑は骨董を買い始めてたったの10年、初心者なのだ。初心者は当然失敗する、有名人の失敗はおもしろい。その上さすがトップコピーライター、文章が上手い。読者を笑わせながら、きちんと骨董の魅力を伝えていく、さすがである。

この本の表紙を見て欲しい。「の」「貴」「薫」が傾いていて、「タ」と「で」が左右にズレている。

仲畑の友人でありやはりトップデザイナーの葛西薫の装丁デザインであるが、つまりこの本はちょっと信用できませんよ、と茶化しているのだ。

骨董を買うほどお金がないけれど、骨董っておもしろそうだ、人が買って失敗するのを見るのは、なおおもしろい。そんな「開運!なんでも鑑定団」好きの私のような人におすすめの本である。

骨董が並ぶ陶磁器展に出かけていって「ふむふむ、なるほど」とちょっと解っている風の観覧者くらいにはなれた気がする。

 

16. 5月 2020 · May 14, 2020* Art Book for Stay Home / no.4 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 日記

『日本の色のルーツを探して』城一夫(パイインターナショナル、2017年)

色彩に関する本は多く出版されている。

少し大きい本屋ならコーナーがあるくらいである。

私も職業柄20冊ほど色彩に関する本を所蔵している。

その中で最も興味深く、かつ秀逸なのがこの本である。

色に関して多くの人が根拠としているのは、中学生の美術の時間に習った色彩論である。ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの著書が基礎となっており、有彩色、無彩色、色相環、彩度、明度というあれである。

非常に合理的な科学色彩論であるが、この色彩論に縛られた思考は、豊かな色彩感覚を奪っていくと私は考えている。

色は知性ではなく感性というのが私の考えである。

その理由は、私たちが見る色に、そもそも有彩色、無彩色などなく、彩度、明度を測る事のできる色はないからだ。全て科学的理論上の色として、有彩色、無彩色、色相環、彩度、明度が存在しているに過ぎない。

私たちが見る色は、薔薇の赤い花弁であり、白いシャツであり、空の多様な色である。色は必ず何かの物体であり、物体のテクスチュアー(質感)と共にある。

そして必ず光が存在しており、光の量によって見え方は変わる。

さらには色にはイメージがあって、イメージは人それぞれに異なる。赤い色を見て、薔薇の花弁を思う人、リンゴ、炎、金魚、唐辛子、あるいは服やソックス、ルビーを思う人もいるだろう。それぞれのイメージが同じ色に対して影響を与える。ゲーテの色彩論を独立して見ることは不可能である。

さて本著『日本の色のルーツを探して』であるが、この本の優れているのは「日本の」にある。気候風土、歴史、文化を共通にしていなければ、色について共に語ることは困難である。私たちは色に対してどのような共通イメージを持っているのか、それは一体どこから来ているのか。

本の帯には「日本古来の神々の色、陰陽五行説の色、武将たちに愛された色、雅な平安の色、粋な大江戸の色彩から、昭和の流行色まで、ビジュアルで辿る日本の色を探る旅」と内容をズバリ紹介している。

この色彩の旅は、とても楽しい。

12. 5月 2020 · May 12, 2020* Art Book for Stay Home / no.3 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 日記

『北欧デザインを知る ムーミンとモダニズム』渡部千春(生活人新書、2006年)

日本、アメリカ、ヨーロッパという括り方がある。こんな乱暴な括り方があるものかと思う。もちろん日本的な考え方である。

日本とアメリカという一国同士の捉え方にしても、人口、人種、民族種、国土面積等違いすぎる。ましてヨーロッパと言っても47国。歴史、気候風土、民族性、文化を構成する要因が相当に異なっている。

そこで渡部千春は北欧デザインを取り上げた。

北欧デザインというのは渡部の視点ではなく、世界的な視点である。

そこに親しみとイメージを持たせるために、ムーミン(フィンランド)を書名に加えた。

北欧とはどこの国々か、広く北ヨーロッパを指す場合もあるが、北欧デザインといえば、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドである。気候風土、歴史、文化を共有するところが多く、政治的にもつながっている。それぞれ優れたデザイナーによるデザインがある。

固有のデザインが生まれる根拠は暮らしにあって、北欧の暮らしは気候風土が大きく影響している。

夜の長い秋から冬、そして春。雪で埋もれた寒気の生活、室内で過ごす圧倒的に長い時間、そして優しい光の短い夏、白夜。

そこから生まれるやさしい形態、繊細な色彩のデザイン。それは気候風土が対象的で強い太陽が作り出すイタリアデザインと比べてみたら明解だろう。

 

最後に北欧のデザインブランド(デザイナー名と同一の場合も含む)を挙げる。その先は本を開いていただきたい。

マリメッコ、アルネ・ヤコブセン(アントチェア)、フリッツ・ハンセン、ノキア、イケア、アラビア、イッタラ、ロイヤル・コペンハーゲン、イルムス、カイ・フランク、レゴ、ジョージ・ジェンセンなど。

09. 5月 2020 · May 8, 2020* 富永敏博展、オープン前レポート。 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 展覧会

2020年4月25日からオープンの予定であった「清須ゆかりの作家 富永敏博展 自分の世界、あなたの世界」は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため6月1日まで休館とさせていただいている。

誠に残念な限りで、学芸員、スタッフ共々、毎日もやもやした気分で過ごしている。勿論、展覧会の準備は完璧である。

本日富永さんに来館いただき、オープン前取材を行い、展覧会の一部をレポートすることとした。

会場に足を踏み入れると、すぐにハッピーな気分に包まれる。

一般に絵画や彫刻の展覧会では、心の準備をして作品と向き合うという間合いがある。

しかしインスタレーション(空間演出アート)による富永展では、会場全体が作品であり、向き合うというよりも包まれるという感覚に陥る。

そして美術展でよく体験する緊張感が、むしろここでは解きほぐされていく。

童話の世界に迷い込んだような物語性、絵本のページを開いたような友達気分、遊びなれた公園がとても良い天気で迎えてくれたような安心感。

そして、一点一点の作品が話しかけてくる。

近くにある作品が連作、あるいは対作品で、その先にある作品もまたつながっていて、会場全部がたった一点という群作、そんなふうにも見える。

近作はコラージュ(彼の場合、自ら描いたモチーフを再構成する技法)によるものが多くなってきており、「そのことにより自由になった」と富永さんは言う。

その感覚の延長線で絵を描くように、あるいは工作をするように会場構成を行っている。

富永さん自身がハッピーな気分で過ごした遊びの後に、来場者もまたハッピーな気分で包まれるだろう。

富永さんの活動は、個展、グループ展、プロジェクト、ワークショップと多岐に及んでいるが、個展が主でほかのこともやっているというものではなく、それぞれが重要な活動であり、一貫しているものである。

現代美術の表現は極めて多様であるが、全ての富永さんの活動がたった一点の作品として仕上がっていくのかも知れない。

来場者が、富永さんとつながってプロジェクトを拡げていく「新種の苗木」を、一本持ち帰り私のオフィスに植えた。ふふふ。

06. 5月 2020 · May 6, 2020* Art Book for Stay Home / no.2 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 未分類

『絵でわかる マンダラの読み方』寺林峻(日本実業出版社、1989年)

仏教美術といえば、仏像と寺院。時代や宗派が異なって、なかなか一筋縄では行かない。

美術的視点から、密教は手が混んでいて色彩も美しくおもしろそうだ。ところが核になっているものにマンダラがある、曼荼羅と書く。

「絵画を楽しむのに理屈なんかいらない、感覚的に愉しむことだ。」というのがあるが、マンダラはどうもそういう訳にはいかなさそうだ。密教の智恵が込められ、広大な宇宙が凝縮されているという。「胎蔵界マンダラ」と「金剛界マンダラ」がある、やっぱり難解そうだ。

難解なところに出会ったら、できるだけ初心者向けのものを読むことをお勧めする。マンダラに関してはこの本だ。「絵でわかる」というキャッチフレーズが付いているようにさし絵が多い。

寺林さんに講演会でお会いした。「この本はとても良く売れていまして、生活の支えになり続けています。売れない小説家にはありがたいことです。」

やっぱり初心者向けの本は、誰もがページを開くようだ、したがってロングセラー。小説家が書くからおもしろく解りやすいのかと思いきや、実家は高野山真言宗鹿谷山薬上寺で僧侶の資格を持っておられるとのこと。

04. 5月 2020 · May 4, 2020* Art Book for Stay Home / no.1 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 日記

『謎解き アクセサリーが消えた日本史』浜本隆志(光文社新書、2004年)

アートの本というと、美術評論家や美術史家、あるいはアーティストによるものが多い。そこに「アートって難解」の要因がある。

美術の専門家が美術の専門用語を使って、読み手もまた美術関係者、あるいはコアな美術ファンだったりする。テーマもまたコアなものが多い。

浜本隆志は、ドイツ文学者、関西大学名誉教授。 専門はドイツ文化論、比較文化論。美術と無関係の分野ではないが、専門ではない。こういうスタンスで美術を捉えると、美術の専門家では気が付かない「あっ」というテーマに気づく。本書はそんな本。

指輪、耳飾り、首飾りなど日本のアクセサリー文化は、古代には勾玉など多く存在していた。古代資料館を訪れると、銅鐸、銅鏡とともに、多くの耳飾り、首飾り、冠などが展示されている。埴輪においてもそのことは確認され、アクセサリー文化が盛んであったことは否定しようがない。ところが、奈良時代以降、歴史の中で忽然と姿を消してしまう。復活するのは開国以降の明治維新からである。何故なのか。

民俗学、考古学、歴史学、宗教学社会学、図像学などさまざまな角度から解き明かしていく。