『パリの奇跡』松葉一清(講談社現代新書、1990年)
1990年の秋、パリ、ミラノ、ヴェニスの旅行を予定していた。海外旅行に出かける前の数カ月は、訪れる国、街に関わる本を集中的に読むことにしている。それは旅行ガイドブックではない。歴史、民族、政治、文化等、訪れる国、街をいろいろな角度から知りたいと思うからである。このときは特に3つの街を頭の隅っこにおいて、本屋をウロウロした。新書判のコーナーは、領域が多様なのが嬉しい。ハンディなサイズは行きの飛行機の中でワクワクしながら読める。『パリの奇跡』はその一冊として購入した。出版されたばかりであり、タイトルに添えられた「メディアとしての建築」が心を捉えた。
ご存知のようにパリは美しい石造りのアパート群で街並みが形成され、凱旋門やオペラ座などの強い特徴を持つランドマーク(風景の目印)が変化と活力を与えている。石造りの調和が退屈な風景にならぬよう見事な都市設計である。パリは仕事の関係もあって、それまで数回訪れていたが、ポンピドゥー・センターの奇抜さとその成功は、私にとって謎のままであった。石造りの美しい都市美の中で、剥き出しの配管設備、エレベーター、石油精製工場と呼ばれるほどのあらっぽさ、こういったデザインの公共建築が一体世界のどこの街で実現するだろう。今となって高評価を与えることは簡単である。
『パリの奇跡』は、そのことに対して納得の答えが書かれている。ポンピドゥー・センター以降、ルーブル美術館のピラミッド、立方体の新凱旋門(ラ・デファンスのグランダルシュ)、奇怪な窓のアラブ世界研究所、セーヌ川に突き出したフランス新大蔵省、監獄の跡地に建てられたモダンなバスティーユオペラ座、古墳を思わせるベルシー体育館等、とにかくこのところのパリの建築はひたすら攻め続けているのである。
1990年秋のパリ旅行は、「メディアとしての建築」をひたすら学ぶものとなった。「芸術の都パリ」は、未来永劫あり続けるであろうことを確認する旅でもあった。