28. 5月 2022 · May 28, 2022* Art Book for Stay Home / no.93 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『椅子劇場―家具未来形』光藤俊夫著(彰国社、1992年)

椅子にはドラマがあって、それは一般的にどのような所有者にどのように使われたかというドラマであるが、椅子が造られる状況においても製作者にドラマがある。本著『椅子劇場―家具未来形』は、それを劇場ドラマとして紹介しており大変興味深い。

デザイナー、建築家、工芸家が造った椅子、アーティストが造った椅子。椅子を造る動機は、それぞれの職種によって様々である。座るという機能的役割を追求したもの、美しくてただ眺めることを目的としたもの、個人の名誉や権威を象徴させたもの。無名な椅子の中にも、多くの人に長く愛されて使われ続けているもの。まさに人間ドラマがあるように椅子のドラマが展開される。

どの椅子にも名前がある。本著で紹介されている77の椅子すべての名前が紹介されている。製造番号のままの名前もあれば、ニックネームが名前に定着したものもある。著名人が愛したということで、誰々の椅子というものもある。そんなことで複数の名前を持っている椅子もある。仕事場や自宅で、自分専用として座っている椅子の名前をできれば知っていたいものだ。わからなければこっそりニックネームをつけるのも楽しいだろう。何時間もあなたのお尻を受け止めて、あなたの体重を支えているのであるから。

美術館を訪れる人は、当然美術作品を観ることを目的とする。鑑賞という意欲を持って観る。鑑賞に疲れたとき、休憩用に置かれている椅子になにげなく座ることも多いかと思われる。多くの美術館には美術館にふさわしい椅子が置かれている。「椅子劇場―家具未来形」に登場するような椅子である。写真を撮るのも良い、係の者に聞くのも楽しい。美術館において唯一身体で見ることのできるアートでありデザインである。そこからあなたの椅子劇場が始まるかも知れない。

05. 5月 2022 · May 5, 2022* Art Book for Stay Home / no.92 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『マチスの肖像』ハイデン・ヘレーラ著、天野知香訳(青土社、1997年)

巨匠マチス。マチスほど巨匠と呼ぶにふさわしい画家はいないだろう。ピカソには天才が呼称とされ、ゴッホには人生の悲哀がつきまとい多くの尊敬を集めるに至っていない。ターナー、セザンヌ、マネ、モネ、ドガ、ルノワール・・・それぞれマチスに比べると物足りないところがある。フランス人であり、その活躍が近年であること、今なお画家を志す者から多くの尊敬を集めつづけていること。

しかしながら、マチスの人生が語られることはあまりに少ない。ピカソのようなスキャンダルと謳歌に満ちてはおらず、ゴッホのように悲劇でもない。本著はそんなマチスの人生を、多くのエピソードとともに彫り上げている。マチスの活躍は遅い、しかし遅すぎるということはない。自意識は極めて高く、真面目で努力家であった。神経はいつも研ぎ澄まされており、絵に対する思いは果てしなく続いた。心身症で心を痛め、慢性肝臓病から胆嚢炎を発症、両肺の手術を受け、更には十二指腸の手術を行っている。二度の世界大戦は憂鬱な神経を追い込み、そこから生まれる名画は、マチスの知名度を上げ、パトロンに恵まれ、存命画家として最も高額な画家ともなる。大戦のイデオロギーに屈せず、自らの創作に忠実に行きたマチスは、戦後フランスの誉れとなる。

この悲劇と歓喜を繰り返す人生は、ときにゴッホであり、ピカソであった。フランス北部の寒く憂鬱な町に生まれたマチスは、パリに暮らしつつも何度も南仏を目指し、名画を生む。ゴッホをなぞるような精神構造は、画家の宿命のようでもある。マチスに愛と人生を捧げた3人の女性、家族、画家の仲間、パトロン、あらゆることを犠牲にして絵に向かう画家の芸術至上主義に対して、残された多くの絵画が応えているだろう。巨匠マチスの生きた人生を辿るとき、それらの絵画は、激しい振幅を持って私達に感動を与えてくれる。