『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』トゥーラ・カルヤライネン/セルボ貴子・五十嵐淳訳(河出書房新社、2014年)
トーベ・ヤンソンに自伝はない。画家、漫画家であるとともに小説家、脚本家(ほかに挿絵画家、風刺画家、童話作家、舞台製作者など多様)であったトーベにとって自伝を書くことの能力は何でもなかったはずだが、書かなかったのはそこに興味がなかったということだ。しかしこうも言っている「私の自伝はきっと誰かが書いてくれるだろう」と。そういう思いがあったのだろう。トーベは膨大な量の手紙を友人、恋人たちに書き残している。そしてそれが手記とともに公開されることも了解している。
著者トゥーラ・カルヤライネンは、美術史家であり作家で、元ヘルシンキ市立美術館、ヘルシンキ現代美術館館長でもある。トーベ・ヤンソン生誕100周年を記念してヘルシンキのアテネウム美術館で開催された大規模な回顧展のキュレーターを努めている。
A5判350ページに及ぶ本著は、ヤンソンが生まれる前、父となるフィンランド人ヴィクトル・ヤンソン(愛称ファッファン)と母となるスウェーデン人シグネ・ハンマルステンの出会いから始まる。ヤンソンがどのような環境で学び、成長していくのかが克明に記されている。画家として、小説家として早熟な評価を受けて、さらなる活動に入らんとする状況で第二次世界大戦に突入する。フィンランド下において続いたナチスドイツとロシアとの戦争は、多くのフィンランド人を苦しめ、トーベもまた精神的苦痛に追い込まれている。そのような中で、平和と幸せの希望の兆しとしてムーミンが誕生していく。
戦後になって、トーベの描くムーミンの大活躍は、フィンランド、スウェーデン、イギリス、日本と世界に広がっていくわけだが、生涯に渡って大切な恋人、友人たちとの交流がトーベを支え、成長への礎となっていた。
もちろん、ムーミン一家はヤンソン家族と大きく重なるもので、特にムーミンママである母ハムの存在は、トーベの人生にとって未来であり、影であり、トーベ自身でもあった。87歳、人生を愛と芸術に捧げることができたトーベの苦悩と幸福を共にすることができる著作である。