21. 10月 2025 · October 20, 2025* Art Book for Stay Home / no.174 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『NHK 『迷宮美術館』 巨匠の言葉』NHK「迷宮美術館」制作チーム(三笠書房、2009年)

本を買うときも、借りるときも著名にピンときたら、先ずは書棚から取り出して立ち読みする。美術の本は図版の扱い、モノクロは致し方ないにしても画像が小さいとちょっと読む気が失せる。本文文字の小さいのも苦手、横書きは基本拒否するが、それでも読みたいかどうかである。
本著の「巨匠の言葉」はベタすぎて、著名に惹かれた訳ではない。それでもどんな言葉が取り上げられているのか、気になって手に取ってみた。モディリアーニ「天国までついてきてくれないか。そうすれば、あの世でも最高のモデルをもつことができる」。貧困と結核という病を背負って、認められないままの画家生活、最愛の恋人ジャンヌ・エビュテルヌをモデルに何枚もの絵を描いた。私たちが多く知るあのモディリアーニの絵である。モディリアーニの生活は荒れてさらに酒に溺れる日々が増える。ついに病に倒れた。放心状態で傍らに坐るジャンヌに、「天国まで・・・」そしてわずか35歳の人生を閉じた。モディリアーニの死の2日後、ジャンヌはアパートの6階から身を投げ、モディリアーニの後を追った。
「巨匠の言葉」にもいろいろある。成功、達成、歓びの言葉、苦悩、悲哀、不条理への言葉。それがどのように記録され残されたのか、巨匠の生き様から紡ぎ出されるように後日作られたのか。私たちは残された絵画を観るとき、その言葉が心に深く響くものであってほしい。決して言葉だけが感動を生んでくれるものではない。

01. 10月 2025 · October 1, 2025* Art Book for Stay Home / no.173 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『日々の絶筆 井上有一全文集』井上有一 編者海上雅臣(芸術新聞社、1989年)

書家井上有一の作品をよく知っていた。大いに気になる書であり、私なりに理解をしていた。こういう書が生まれるのは、天才の為せる技ではないか。篠田桃紅をはじめアートの世界で書家が評価を受けるのは、書本来のあり方を蔑んで、どこかアートに媚びたところがあるが、井上有一の書は、全くそういうものとは異なった堂々と正面切って強い書の力を見せつけてくる。

井上有一を大きく評価した人たちに1970年代のグラフィックデザイン界がある。当時私は20代で、グラフィックデザイナーとして貪欲で熱い若者だった。それまで学んだグラフィックデザインの方法、例えばレタリングなどとは全く真反対の造形が、ドーンと登場した。根気よくちまちまとした礼儀正しいレタリングを教科書にしている者にとって、思いっきり殴打される思いだった。書というものもやはり礼儀正しく美しいものと考えていた。

本著は、装丁浅葉克己、帯コピー糸井重里、肖像操上和美、グラフィックデザイン界のトップが手掛けている。編者海上雅臣は、美術評論家であるがいわゆる美術史や美術市場に偏った体制視点とは大きく異にしている骨太い評論家である。本文を読めば井上有一の剥き出しな人間が露出されるのは、編者海上の力に負うところが大きいと思われる。

私の「天才の為せる技」的視点は間違っており、そこには這いつくばって、貧しく、ただただ負けず嫌いの井上有一がいた。そして天才が持ち得ないけんめいな努力と優れた判断力を持ち合わせていた。そして、華々しい書家としての活躍とは別に、家族を守り校長まで勤め上げる小中学校の超熱血先生がいた。