『知識無用の芸術鑑賞』川崎昌平(幻冬舎、2007年)
川崎昌平は、主に映像作品を中心に発表している現代美術作家。『知識無用の芸術鑑賞』という書名は、面倒くさい知識を振り回してのアートの鑑賞など不愉快、というものである。裏表紙には「『芸術がわからない』というのは大きな間違い。芸術の見方に正解はない。美術館や展覧会に足を運び、作品に触れて感じて考えれば、印象派と後期印象派の違いがわからなくても『芸術がわかる』ようになります」とあり、作家にとって大正解のメッセージである。知識を用いての芸術鑑賞は、美術評論家や美術史家の専売特許で、彼らにとって「知識無用」では仕事にならない。
しかし川崎にも矛盾があって、「美術館や展覧会に足を運び、作品に触れて感じて考えれば芸術がわかる」のであれば本著も不要なわけで、芸術鑑賞の難しさが露呈されている。ポイントは「作品に触れて感じて考えれば」の「考える」であって、考えるためには知識が必要となる。その矛盾を解くならば、川崎の言う「知識無用」は「美術専門知識」のことを指しているのである。つまり「難しいことは考えるな」と言いたいのである。「難しい事を考えず」に芸術鑑賞するためには、この本である。
さて取り上げている作家であるが、ピカソ、モネ、ダリから入って、リキテンシュタイン、ナムジュン・パイク、ウォーホル、草間彌生などの現代美術、さらに狩野永徳、尾形光琳、円空など日本美術の分野、古今東西あらゆる分野の著名な作家58人を取り上げている。その取り上げ方に流れやビジョンはない、そういう構築するような論理に対して否定的であることが58人の多様性になっていると言えるだろう。芸術鑑賞の本でありながら、1枚の作品写真も掲載されておらず、ひたすら作家、作品について川崎の思うところを書き連ねている。私など「えっ、それはどうだろう」と思うところもあるのだが、はじめにのところで「本書は古今のさまざまな芸術を語りはするが、あくまでも一個人の思考の産物に過ぎません。」とあって、反論を交わしている。むしろ私とは異なる見方を楽しみ、共感するところも多い。多くの読者もまたそのように読まれるだろうと思う。