20. 1月 2026 · January 20, 2026* Art Book for Stay Home / no.179 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『鳥たちの横切る空 辻邦生短篇選集 Ombre』辻邦生著、堀江敏幸編(中央公論新社、2025年)

美術館で開催中の『辻邦生と佐保子』展に因んで、辻邦生著の紹介、3冊目。本著は『辻邦生全集』(新潮社、2004〜2006年)を底本、『辻邦生全短篇』(中央公論新社、1986年)他を適宜参照として、編集されている。当然のことながら編者堀江敏幸は、その膨大な著書(小説、論文、随筆など著作のみで300冊を超え、その他に訳書、共著など)を全貌し、200冊を超える短編より、珠玉の6作を選んだであろうことが、読み終えると実感する。

私のように、辻邦生の著作を僅かしか読んでない者にとって、本著は辻邦生の小説世界を知る上で、誠に好ましいものであった。

その一作『洪水の終り』。中部フランスのある大学で行われる西洋中世関係の夏期講座に参加するために集まった主人公日本人の私、ポーランド、イタリア、ドイツほかの国籍も年齢も異なる聴講生たちが繰り広げるひと夏の出来事。ポーランド人の少女テレーズが、第二次世界大戦中にドイツ人から受けた残虐な仕打ちによって深く刻まれた苦悩が、やがて悲劇を起こす。

他の5作もこのように舞台は、ヨーロッパ、アフリカ、アジアといった大きなスケールであり、時代も近現代という中で、リアリティのあるバックボーンで私的なストーリーが展開される。私的ではあるが故に読者は惹き込まれ、設定は戦争、革命、飢餓、不毛を捉えるに充分な構成がなされている。

短編においても揺るぎない「幸福とは何か」。それはつまり、辻自身の生き方であったのだろうと思われる。

06. 1月 2026 · January 6, 2026* Art Book for Stay Home / no.178 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『小説を書くということ』辻邦生(中央公論新社、2025年)

美術館で開催中の「辻邦生と佐保子」展に因んで、辻邦生著の紹介、2冊目。本著は、著名通りに作家志望者に向けた講座「言葉の箱」、主に創作講義であるが、小説を書くことを全く考えていない私が読んでも大変おもしろい。むしろ小説を書く人に向けてという方法論を述べながら、実は小説を読む人のために辻邦生という作家の立場から書いたものではないかと思う。

文中の引用であるが、小説という芸術は「自分が不幸な生まれであるとか、病弱であるとか、お金がないといったことをほとんど乗り越えられる。なぜかといえば、そういうものが気にならなくなる。プルーストの言葉ですが、『あした死ななきゃならないのに、ヴェネツィアにどうしても発ちたいという思いで胸が張り裂けるほどだ』、という気持ちですね。あした死ぬならヴェネツィアなんか見たってしょうがないじゃないかということではないんですね。美のほうが、はるかに与えられた生きている条件を超えて、本質的なものになってしまう。そういう意味を発見していく。そういう歩みが文学をする、小説を書くということの根底にある。」

もちろん本著には、かなり具体的に小説を書くための「考え方」「発想方法」「技術」も論じられている。しかしそういった手段はどうでもよくって、もっととてつもない大きなテーマ「幸福とは何か」を重要なものとして語っている。大げさ過ぎて読者はたじろいでしまうかも知れないが、著者は全く動じることはない。辻文学の魅力はこうした圧倒的な正論が力強く貫かれているところにあるのではないか。no.177で紹介した長編『西行花伝』しかりであるが、短編においても揺るぎない「幸福とは何か」が描かれている。それはつまり、辻自身の生き方であったのだろうと思われる。