13. 10月 2020 · October 13, 2020* Art Book for Stay Home / no.39 はコメントを受け付けていません · Categories: 未分類

『アイドルはどこから/日本文化の深層をえぐる』篠田正浩、若山滋(現代書館、2014年)

美術館では「物語としての建築ー若山滋と弟子たち展ー」を開催中。展覧会に寄せてno.36では、若山滋著『寡黙なる饒舌』を紹介したが、会期は11月23日までなので、もう一冊若山滋の著作を紹介しておこう。といっても映画監督篠田正浩との共著である。

映画監督篠田正浩と建築家若山滋は比較的近い親戚(まえがき)にあって、篠田家の血(あるいは知)を共有している。映画監督と建築家というのは創造的分野という点では同類であるが一般には接点が少ない職業である。ところが二人は一方で文筆家としても多くの著書を出している。しかも映画や建築という専門書だけではなく、非常に幅広い分野に及んでいる。互いの広い知識の中で共有される領域が多いというのが本著を魅力的なものにしている。

『アイドルはどこから』のミーハーな著名に引き寄せられて、サブの「日本文化の深層をえぐる」に巻き込まれてしまうという流れである。アイドル論は、AKB、ジャニーズ、韓流スターから入って展開される。そこから源義経、川上貞奴、出雲阿国、天照皇大大神、千手観世音、小野小町、世阿弥、西行法師、イチローと広がって日本史を俯瞰する。常に通している筋は日本文化である。それで日本文化とは一体どういうものであるかが論じ合われていく。対西洋でありアジアの潮流であり、島国日本の洗練でもある。後半に差し掛かって都市論に凝縮していくあたりは、映画監督と建築家ならではの空間把握、芸能論、歴史観が高度に展開されてたまらなくおもしろい。最後にはきちんとアイドル論を再構築して終えている。

なお本書は会期中、ミュージアムショップでも取り扱っているのでぜひ手にとって欲しい。

05. 7月 2020 · July 5, 2020* Art Book for Stay Home / no.21 はコメントを受け付けていません · Categories: 未分類

『ぼくの美術帖』原田治(みすず書房、2006年)

昨日から本館で始まった「原田治展『かわいい』の発見」。
その原田治の著書、展覧会のショップでも販売している。
「かわいい」の秘密が書かれているのかと期待してみたら、そういう本ではない。
最初の一文は「美術について、思いのまま記すのは楽しいことです。展覧会で見た或る絵に感動して、それを親しい友人に告げる楽しみに似ています。」

前半の作家論では、ティツィアーノ、ラウル・デュフィ、小村雪岱、木村荘八、鏑木清方、宮田重雄、鈴木信太郎、アーニー・ブッシュミラー、チョン・ディとオットー・ソグロー、北園克衛、川端実が取り上げられている。
美術史で有名な作家から、知らないなぁという作家まで、西洋画家から日本画家、漫画家から前衛画家まで、その幅の広さに驚いてしまう。しかも上辺の感想のレベルでは決してなく、深層に迫る鋭い視点を見せている。私は大いに共感しながら読み進めた。

後半では、美意識の源流を、谷川徹三著『縄文的原型と弥生的原型』を取り上げ日本史の視野から論じている。その後は戦国時代の兜、江戸歌舞伎、浮世絵師、原田が頂点とする俵屋宗達、富岡鉄斎、岸田劉生と結んでいく。美術に対する驚くばかりの見識である。

「原田治展『かわいい』の発見」オープンと同時に訪れた原田治ファンの方と話した。「展覧会を観て、オサムグッズばかりでなく、原田さんがこんな作品、こんな仕事をしていたなんて、大変驚きました。」
多くの原田治ファンはオサムグッズの魅力に引き寄せられ、イラストレーター原田治として理解している。
しかし原田治はデザイナーでもある。
イラストレーター原田治をアート・ディレクションするデザイナー原田治がいる。
デザイナーはクライアントの依頼に対してどのように満足な答えを出すか、イラストレーターに要求する。

デザイナー原田治がその美意識の秘密を書いたのが『ぼくの美術帖』である。
ぜひ「原田治展『かわいい』の発見」でもう一人の原田治も観てほしい。

30. 6月 2020 · June 30, 2020* Art Book for Stay Home / no.20 はコメントを受け付けていません · Categories: 未分類

『書とはどういう芸術か 筆触の美学』石川九楊(中公新書、1994年)

真正面から切り込んだ凄い書名だ。「書とは芸術か」ではない。
もちろん芸術ではあるけれど、「どういう芸術か」という問いである。そしてタイトルにズバリその答え「筆触の美学」を連ねている。

この「書とは・・・」に「絵画とは・・・」「デザインとは・・・」「工芸とは・・・」「写真とは・・・」「サブカルチャーとは・・・」あるいは「映画とは・・・」「演劇とは・・・」「俳句とは・・・」を考えてみると、いかに著者自らに厳しい書名(テーマ)を持ち込んだかがわかる。
そして本著ではその「書とは・・・」について徹底した論証を行っている。広く芸術について考えてきた私の大きな死角「書」についてサーチライトを当てるかのような本書である。

石川九楊は自ら書家であり、書道史家でもある。
1963年弁護士を目指して京都大学法学部に入学したが、弁護士を断念して書の道に進む。
書家として、書道塾経営者として、あるいは書著述家として生計を立てることは大変困難であることは想像に難くない。
そうした強い覚悟のもとに50冊を超える著述がある。私は書とは別の『〈花〉の構造 日本文化の基層』(ミネルヴァ書房)2016年刊も読んだが、「花とはなにか」の真に迫る論であった。

多くの市民・県民ギャラリーで書道展が活発に開催され、またあるいは市展・県展においても書道部門は必ず一角を占めている。一般感覚では「書は芸術である」と認識されているものの、実態は極めて希薄である。
これまでの書に関する位置づけでは「書は美術ならず」「書は文字の美的工夫」「書は線の美」「書は文字の美術」「書は人なり」など、芸術に関わって賛否迷走してきたのである。
2019年8月から10月、古川美術館ならびに分館為三郎記念館において、特別展「第二楽章〜書だ!石川九楊」が開催された。会場で初めて九楊さんにお会いした。心技体磨き極めた孤高の武人のようだった。

14. 6月 2020 · June 14, 2020 * 館長アートトーク再開、「待ってました」の声が嬉しい! はコメントを受け付けていません · Categories: 未分類

新型コロナウイルス感染症対策のために、3月より美術館閉館、中止していました館長アートトークがようやく再開しました。
感染防止対策を講じての再開ですので、定員20名事前予約、2メートルの感覚を保って実施いたしました。

いつも会場としている清須市立図書館研修室が図書館通常運営ではないため、お借りできず、少々聴きづらい状況ですが美術館2階のオープン展示室で行いました。
参加者も私もマスクしてのトークでしたが、「待ってました」のみなさまの声に励まされて、定員いっぱいの参加者を迎えて無事トークを開催させていただきました。

今回の第93回は「描く勇気から生まれた非常識の絵画。猪熊弦一郎の愛の人生。」、マスク越しですが、大好きな猪熊さんへの愛を熱くトークいたしました。

なお、第90回川合玉堂、第91回ジョルジュ・ルオー、第92回柚木沙弥郎は、それぞれ10月、11月、12月に延期開催させていただきます。

06. 6月 2020 · June 6, 2020* Art Book for Stay Home / no.13 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記, 未分類

『入門!美術コレクション』室伏哲郎(宝島社新書、1999年)

多くの人は、美術は鑑賞するものであるという認識である。
義務教育の中でそのように教わってきたし、そもそも美術館というのは鑑賞を目的として造られているのではないか。
その通りであるが、美術が売買されるものであることも多くの人の知るところである。その場合、美術と呼ばず、美術品と呼ぶ。価格が付けられて流通するものは品物である。かくいう美術館の多くの所蔵作品も購入によって成り立っている。購入以外は寄贈作品であるが、その場合も想定価格が記録される事になっている。

一方で、美術作家という職業はどのようにして成り立っているのであろうか。
多くは美術の専門教育を受けるために芸術大学・美術大学に行く、行くためには専門の予備校に通う。現役合格は難しく、大学によっては何年も浪人することも珍しくはない。芸術大学・美術大学の月謝、教材費は医学部に次いで高額である。近年は大学院を修了、あるいは海外留学も一般化しつつある。
そしてプロになってもすぐに作品が売れるということはめったになく、作家を続けて行くためには生活費を含めてさらなる活動費用がかかる。親や親戚の支援なくしては不可能である。本来支えられなければならないのは、作品が売れるという支援である。

美術コレクションがあって、美術作家は育てられるのである。
かつては教会、寺院、貴族、武家、富豪というパトロンであったが、それに変わるのが現在では美術コレクターである。美術コレクターは経済的に裕福な人がなる、と考えられがちであるがそうではない。経済的に裕福な人であっても美術に関心のない人は一点の作品もコレクションすることはない。
では誰が美術コレクションをするのか、美術を愛好する者である。美術を愛好する者がそれぞれの経済力に合わせた形で美術作家を支援する。

美術作品は高額であると考えている人が多い、そういう作品もあるが、実際は数千円のものから魅力的なものはある。大きな作品より小さな作品は安い、ミニチュア作品と呼ばれるものは1万円以下でも優れた作品がある。版画は複数制作されるので一点は安い。美術館のショップでは、アートグッズと呼ばれる美術品の複製(ポストカードなど)は100円から販売されている。

美術コレクションというのは、美術作品を手元において楽しむことである。それは誰もが可能なことで、洋服を買う、外食をする、アクセサリーを買う、コンサートに行く、海外旅行をするということと変わりはない。美術という市場を知ることである。

本書『入門!美術コレクション』はそういう美術市場を教えてくれる、そして観る、選ぶ、買う、売る、創るという美術コレクションにおける多様な楽しみを紹介している。

31. 5月 2020 · May 31, 2020* Art Book for Stay Home / no.10 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記, 未分類

『鳥取が好きだ 水丸の鳥取民芸案内』安西水丸(河出書房新社、2018年)

2014年3月、突然水丸さんが脳出血で亡くなられた。
著者安西水丸は、会えば「水丸さん」と呼んで酒をご一緒する友人関係であったので、ここでも水丸さんと呼ばせていただく。

清須市はるひ美術館においては、2017年7月〜10月「特別展 イラストレーター安西水丸 ―漂う水平線―」を開催している。
トップイラストレーターとしては多くの人の知るところであるが、漫画家、小説家、エッセイスト、絵本作家、映画評論家としても輝く業績を残している。

2018年の秋、出版社から水丸さんの著書が送られてきた。著者進呈である。水丸さんが亡くなられて4年以上が過ぎている。
しかし間違いなく『鳥取が好きだ・・・』は水丸さんの著書であり、水丸さんの洒脱な文で綴られている。随所にこの著書のために描かれたイラストレーションも掲載され、書名、コーナータイトルも水丸さんの筆跡である。
おそらく亡くなる前に殆ど著作作業を終えており、出版寸前であったのだろう。最後のOKを出す前に亡くなられたと考えるのが順当なところであるが、水丸さんは「ちょっと待ってね、思わず死んじゃったけれど、少し手直ししたいんだ」と言って天国から戻って来たに違いない。でさっさと手直しするかと思うと「ごめん、約束があって」と言って仲間が待つバーに出かけちゃって、4年が過ぎちゃった。酒が大好きで、友と飲む酒が大好きで、お話が大好きな水丸さんは、いつも夜の酒場に消えて行ったそうだ。

やっと出版OKが出てからも、「あの人にこの人に本贈っておいてね」と手配に何日もかかって、そっと天国に帰って行った。

さて、『鳥取が好きだ・・・』である。サブタイトルにあるように「鳥取民芸案内」が全てである。
「えっ」と戸惑われる方も多いと思われるが、鳥取は民芸の宝庫。でも多くの人の知るところではない。そこが民芸の面白さであり、水丸さんらしいところだ。水丸さんは一流ブランドたるものが好きではなかった。質は問うが名は問わない。名は観る眼を拐かす。

前文に「・・・鳥取は日本でも有数の民芸運動が盛んな土地だ。そんな民芸運動を語るに欠かすことの出来ない人物が民芸の名プロデューサーといわれた吉田璋也だろう・・・」吉田璋也を知らない人には知って欲しい、知る人にはもっと知って欲しい、そんな水丸さんの声が聞こえる。

2019年の夏、私は『鳥取が好きだ・・・』を抱えて鳥取民芸の旅に出かけた。
水丸さんに会えるような気がして。

30. 5月 2020 · May 30, 2020* 名古屋芸術大学オンライン授業に参加。 はコメントを受け付けていません · Categories: 未分類

一昨日の5月28日、名古屋芸大のオンライン授業に、清須市立図書館山本館長と一緒に参加。
講義名は「デザインワークショップ」受講生はデザイン領域(イラストレーション、グラフィック、プロダクト、建築など複数のコースが含まれています)の学生、担当教官は駒井貞治教授、米山和子教授。

以下の質問内容を事前に頂いていたので、オンライン授業は山本館長とセッションを行うように快調に進められた。

・館長のそれぞれの道に進まれたきっかけ
・館長になられた経緯
・利用者としては勿論ですが、館長としてのこれからの展望
・ワークショップに求めるもの
・コロナ以降の図書館、美術館に求められていると思われるもの
・学生時代にやっておくと良い事、若者へのアドバイス

06. 5月 2020 · May 6, 2020* Art Book for Stay Home / no.2 はコメントを受け付けていません · Categories: 未分類

『絵でわかる マンダラの読み方』寺林峻(日本実業出版社、1989年)

仏教美術といえば、仏像と寺院。時代や宗派が異なって、なかなか一筋縄では行かない。

美術的視点から、密教は手が混んでいて色彩も美しくおもしろそうだ。ところが核になっているものにマンダラがある、曼荼羅と書く。

「絵画を楽しむのに理屈なんかいらない、感覚的に愉しむことだ。」というのがあるが、マンダラはどうもそういう訳にはいかなさそうだ。密教の智恵が込められ、広大な宇宙が凝縮されているという。「胎蔵界マンダラ」と「金剛界マンダラ」がある、やっぱり難解そうだ。

難解なところに出会ったら、できるだけ初心者向けのものを読むことをお勧めする。マンダラに関してはこの本だ。「絵でわかる」というキャッチフレーズが付いているようにさし絵が多い。

寺林さんに講演会でお会いした。「この本はとても良く売れていまして、生活の支えになり続けています。売れない小説家にはありがたいことです。」

やっぱり初心者向けの本は、誰もがページを開くようだ、したがってロングセラー。小説家が書くからおもしろく解りやすいのかと思いきや、実家は高野山真言宗鹿谷山薬上寺で僧侶の資格を持っておられるとのこと。

05. 4月 2020 · April 5, 2020* “illustration FILE 2020”誌発刊、イラストとは、イラストレーションとは、イラストレーターとは何か。 はコメントを受け付けていません · Categories: 未分類

“illustration FILE 2020”誌が発刊された。玄光社が発売している日本で活躍するイラストレーターを紹介したイラストレーション年鑑。1990年に第1号が発行され、日本で最も歴史のあるイラストレーター年鑑である。
2020年版の収録作家は上下巻あわせて830名に達し、現在日本で活躍中のイラストレーターをほぼもれなく網羅しており、イラストレーターを探すための必携の一冊となっている。掲載作家数が多いが、これまでにある程度の実績があり、その当該年に評価に値する仕事を残したイラストレーターのみを編集部がセレクトしているので「ファイルに載る」ことがイラストレーターとしてのステイタスとされ、若手イラストレーターの憧れとなっている。20代の若い作家から70代の大ベテランまで1人1ページという編集方針は、年鑑という視点、またファイルというデータ性を鑑みると大いに納得できるものである。

秋山孝のように個人美術館を持つイラストレーターや、安西水丸、原田治のような本館で個展を開催する美術館作家も、生前には”illustration FILE”に紹介されていたことを思うと、この年鑑の魅力がどれほどのものか理解されるであろう。

また、2011年からはweb版である“illustration FILE Web”を立ち上げ、印刷版・Web版を両輪として運用している。

 

 

ところで、一般的に使用されているイラストと言う言葉はイラストレーションの略語のように扱われているが、実は和製英語であり、英語としては通用しない。つまり日本においては、イラストとイラストレーションは異なる意味を持つようになっている。

日本におけるイラストは、日本画や洋画のような絵画に対して、カジュアルな絵を示している。Googleでイラストを画像検索かけてみるとその概要が解る。一方イラストレーションは基本的にカジュアルな絵という意味がない。イラストレーションとは図像によって物語、小説、詩などを描写もしくは装飾し、また科学・報道などの文字情報を補助する、理解を深めるための図形もしくは絵画的表現である。中でも医学、天文学、地学、化学などに重要な役割を担うイラストレーションのことをサイエンスイラストレーションと呼ぶようになっている。

イラストレーションを描くことを職業にしている人をイラストレーターと呼び、イラストを描く人のことではない。英語文法的に言えば、イラスト(illust)を描く人はイラスター(illuster)であり、イラストレーション(illustration)を描く人がイラストレーター(illustrator)である。

“illustration FILE 2020”誌はそういうプロフェッショナルな年鑑であり、イラストとも日本画や洋画とも異なるものである。

31. 3月 2020 · March 31, 2020* ドイツ政府「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ」 はコメントを受け付けていません · Categories: 未分類

ニューズウイーク日本版によるとドイツ政府は、「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ」として大規模支援を打ち出した。

先に「アメリカは芸術を必要としている」として、米国芸術基金が約80億円の支援を決定したことに続いて、「芸術とは何か、芸術は人類にとってどういった存在なのか」の強いメッセージを受け止めた。
以下、ニューズウイーク日本版3月30日からの抜粋

25日、新型コロナウイルスによる経済への打撃を緩和するための総額7500億ユーロの財政パッケージがドイツ連邦議会で承認された。

<略>ドイツの救済パッケージでとくに注目を集めているのが、フリーランサーや芸術家、個人業者への支援だ。モニカ・グリュッタース文化相は「アーティストは今、生命維持に必要不可欠な存在」と断言。大幅なサポートを約束した。ドイツには約300万人の個人または自営の小規模起業家がおり、その半分近くが文化セクターで働いている。

昨今続くイベントのキャンセルは8万件以上にのぼり、引き起こされた損害は12.5億ユーロと推定されている。フリーランスやアーティストへの経済的支援を求める嘆願書への署名運動が今月から始まっていたが、このほど発表された財政パッケージには個人・自営業者向けの支援として最大500億ユーロが含まれている。<略>
予断を許さない異常な状況と先の見えない不安感のなかを生き抜くには、体の健康だけではなく、精神面での健康を保つことも大変重要だ。
「非常に多くの人が今や文化の重要性を理解している」とする。

グリュッタース文化相は「私たちの民主主義社会は、少し前までは想像も及ばなかったこの歴史的な状況の中で、独特で多様な文化的およびメディア媒体を必要としている。クリエイティブな人々のクリエイティブな勇気は危機を克服するのに役立つ。私たちは未来のために良いものを創造するあらゆる機会をつかむべきだ。そのため、次のことが言える。アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ。特に今は」と述べ、文化機関や文化施設を維持し、芸術や文化から生計を立てる人々の存在を確保することは、現在ドイツ政府の文化的政治的最優先事項であるとした。<略>https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/03/post-92928.php

日本における芸術の位置は、概して「豊かな暮らしのために必要欠くべからずのもの」とされている。

したがって、こういう今のような「非常時には不要のものである」といった意見も多く見受けられる。いわゆる贅沢なものとして考えられているわけである。

私は以前より「芸術とは心を豊かにするものではなく、心を豊かにすることもあるが、そうではなく、生きていく上で必要欠くべからずのものであり、生きる力である。」と述べてきた。

こういう社会状況にあって、今こそ芸術、こういうときに力を発揮できなくて何が芸術か、と考えている。
特に、「芸術は心の癒やし」であるといった脆弱な捉え方は、芸術を理解する上で大きく誤解を招くものである。