『蔦屋重三郎 江戸芸術の演出者』松木寛(日本経済新聞社、1988年)
NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」で蔦屋重三郎が取り上げられ好評を博している。世に敏い出版社は、ここぞとばかりに蔦屋重三郎に関する本を出版している。2024年だけで10冊は超えている。もともと蔦屋重三郎ファンの私にとっては、大河ドラマに取り上げられることも、多くの出版が行われることも大歓迎で、そのことが作家や絵師という江戸文化の表舞台だけではなく、その裏側を支えた仕事、仕事人に注目が集まることは、極めて重要なことと考えている。現代においても、芸術家として光を浴びることは当然であるが、企画者、プロデューサー、編集者、アートディレクターなど仕掛けていくクリエイティブに関心が集まるべきだと考える。近年、音楽においては音楽プロデューサーが注目を浴び、その仕事を目指す若者たちが増えていることと比べて、美術のバッククリエイティブの弱さを誠に残念に思っている。
さて、「べらぼう」ブームとは異なる1988年出版の本著についてであるが、著者松木寛は蔦屋重三郎の魅力を極めて誠実に掘り起こしている。それは、私が以前より蔦屋重三郎について関心を抱いていたものに近い。松木寛については詳細に紹介されていないが、浮世絵関係の著作が中心で、1988年出版当時は東京都美術館となっている。美術館での立場は学芸員か研究者であるかと思われる。
本著の内容は、蔦屋重三郎の出版、編集に関する史実を丁寧に追い、明らかに蔦屋重三郎がプロデュースした喜多川歌麿と東洲斎写楽についての丁寧な考察を栄華として紹介、最後に蔦屋重三郎の仕事、成果を俯瞰している。
蔦屋重三郎をヒーローとして知るのではなく、江戸出版文化の要を築いた重要な人物として認識することのできる一冊である。