27. 10月 2021 · October 27, 2021* Art Book for Stay Home / no.78 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『虚を注ぐ 土の仕事と手の思索』山本幸一(石風社、2021年)

 陶芸家 山本幸一の残した文、言葉、陶芸作品を集めたものである。ヤマコー(山本幸一の通称、知人は皆そう呼んでいて、略称でもあり、自身の山幸窯のことでもある)さんを私は知らない。作品も観たことがない。
福岡に生まれ、熊本大学工学部に入ったが、そこで学生運動のリーダーとなる。1947年生まれなので、学生運動真っ只中で私より3歳上、なんとなく共通の時代の空気を感じて読んだ。いわゆる地方に根をはやし、いい仕事をし、人間的に魅力的な陶芸家の人生が詰まっている。本著との出会いは、10年以上お付き合いいただいている熊本出身の方が、ヤマコーさんと私に共通のインスピレーションを感じてプレゼントしてくださったことによる。

石風社(出版元)代表の福元満治は、ヤマコーの親友で学生運動の同士である。半世紀に及ぶ濃い付き合いがあって、2020年に亡くなったヤマコーの記念碑本を出したかったのだろう。A5版245ページ、ハードカバー製本の立派さにその思いが伝わってくる。陶芸家なので作品集をという思いからスタートしているが、残念ながら殆どの作品は手を離れ、その写真もリストも残っていない。多くの陶芸家というものは、そういうものである。作品という強い思いのあるものもあるが、多くはそういう意識もなく。展覧会で求めてくださる人があれば、喜んで手元から離していく。プロの写真家によって記録を残すなど基本的にはない。最終的には10ページほどの作品写真は添えられているものの、作品名、制作年、寸法も殆どない。本人が機会あるごとにしたためた文章が主となるヤマコーの人生の碑である。

特別有名でもなく、よく知らない陶芸家の人生を覗き見することはとても楽しかった。文章は上手い、手元にかなりの本が積まれていたものと伺える。著名人が登場する、多くの出会いはヤマコーの陶芸作品が導いている。陶芸は皿、碗、急須、カップなど普段使いの器、花器や茶器、骨壷も作る。またかなり早い時期からオブジェ制作にも手を染めてきた。こう述べると、なんでも屋のように聞こえるかも知れないがそうではない。何を作るにもその動機があって、その動機に向かい合っていることが伝わってくる。その上でのオブジェ。オブジェについては自問自答が多く、どこまで行っても悔いと恥じらいを残している。ハマコーのオブジェの魅力はそんな恥じらいとともにあるように思える。

読後感、ハマコーさんに会いたかったな、いや本で会えて良かったな。

14. 10月 2021 · October 12, 2021* Art Book for Stay Home / no.77 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『キュレーション 知と感性を揺さぶる力』長谷川祐子(集英社新書、2013年)

著者長谷川祐子は、京都大学法学部卒業後、東京藝術大学美術学部芸術学科へ進学、東京藝術大学大学院美術研究科西洋美術史専攻修士課程修了。その後、水戸芸術館学芸員、ホイットニー美術館研修(ACC奨学金)、世田谷美術館学芸員、金沢21世紀美術館学芸課長のち美術館芸術監督、東京都現代美術館チーフキュレーターを務め、併せて多摩美術大学美術学部芸術学科教授、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科教授を務める。一方で国内外のビエンナーレ、芸術祭をキュレーションするという華々しい活躍で知られる。正に長谷川自身が知と感性を揺さぶってきた存在である。

キュレーションとは何か、同じ作品がキュレーションによってどういう意味を持つのか、これまで行われてきたキュレーションに対して異なる新たな価値観を提示することの興味、意味を指摘している。長谷川は「作品はそのままで存在するのではなく、鑑賞するという体験を通して初めて芸術作品として存在する。どのような空間、文脈、関係性で見せられるかによって、体験は異なる」としている。つまり、芸術作品と鑑賞者の間にキュレーターの副次的クリエーションが大きな意味を持つとしている。

長谷川が多く関わってきた現代美術においては、作家に対してキュレーターは、常に応援団ではなく批評的プロデューサーとして、批判と称賛を交互にくりだすことで、作家の気分と動機を高める。そのやり取りの中で、最後は作家が勝利するというシナリオを演じる。しかし鑑賞者は、そのキュレーションの具体的なワーキングを意識することなく作品の鑑賞に没頭する。キュレーターとはそういう存在である。

『キュレーション 知と感性を揺さぶる力』は、キュレーションは何かという問いを、豊富な体験をもとに具体的に示して答えている。結果、キュレーションもまた重要なクリエーションであることを知る。