27. 7月 2021 · July 25, 2021* Art Book for Stay Home / no.71 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『表現の現場』田窪恭治(講談社現代新書、2003年)

パリの街には数百の美術館がある。巨大な美術館とその収蔵作品、来館者の数にはいつも圧倒される。しかし訪れる人の少ない小さな美術館もまた魅力的である。ギュスターヴ・モロー美術館、ブールデル美術館、ドラクロア美術館などは画家、彫刻家がアトリエとしていたところを美術館に改装した。また映画「ジャコメッティ 最後の肖像」では、アトリエを克明に再現し好評を得た。愛知県においても一宮市三岸節子記念美術館や、稲沢市荻須記念美術館では画家のアトリエを美術館内に再現している。

かくもアトリエという表現の現場は美術鑑賞者において興味深いものである。作家がここでどのような想いでチューブから絵の具を絞り、筆を振るい、キャンバスに描いたのか。

香川県金刀比羅宮奥書院には、若冲がここに来て描いた《百花図》がある。作品が傷むことをおそれ非公開とされている。私はそのことを本著『表現の現場』で知った。若冲ファンである私は観たくてたまらず金刀比羅宮宛に鑑賞依頼の手紙を書いた。美術館の館長であることが幸いしたのか、ぜひご来場をという許可を得て、2013年3月6日《百花図》を拝見することができた。

田窪恭治は本著で、表現の現場に立ち会うことを美術の追体験としている。追体験は、アンリ・マチスのロザリオの礼拝堂、北斎の岩松院天井画《鳳凰図》、ル・コルビジェの《ロンシャンの礼拝堂》へと続く。表現の現場に立ち会い創作を追体験する鑑賞は、極めて贅沢である。また表現の現場(それは時代、ときには社会情勢、風土)を想像して鑑賞することは「あっ」という発見の出会いともなる可能性を秘めている。

金刀比羅宮奥書院を出て休憩所の傍、田窪恭治が描いた椿のタイル壁画を追体験した。まだまだ寒い3月はじめであったが、その日はあたたかな一日で、境内の藪椿も2つ3つ咲き始めていた。

13. 7月 2021 · July 13, 2021* Art Book for Stay Home / no.70 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『デザインの場所』河北秀也(東京藝術大学出版会、2014年)

著名なグラフィックデザイナーが書いた『デザインの場所』という書名の本は、「デザインとは何か」「優れたデザインをするために」といったような直接的な指南書ではない。美しい装丁を開くと、右ページにエッセイ、左ページには気分のいい写真で構成されている。写真はナショナルジオグラフィック、サライなどの雑誌に毎月連載、東京メトロ車内ポスターの「いいちこパーソン」広告に使われているもの。「いいちこ」は、河北がその全広告のアートディレクションを務める焼酎の銘柄。

さてエッセイであるが、河北のグラフィックデザイナー、アートディレクター、また東北芸術工科大学教授(執筆当時)としての日常を題材に書かれている。デザインについて特にあれこれ語っているわけではないが、そこにはデザインにとって大切なこと、魅力的なデザインが生まれていく過程、デザイン思考が加わっている。したがってデザインのことを全く意中にない人が読んでも楽しいエッセイだ。たとえば、毎月第一月曜日の夜、いっしょにお酒を飲む会「月一会」のこと。地域の本当の魅力を考え探す「宝さがし」のこと。毎日欠かさない「ウォーキング」のことなど。

エッセイも終わりに近づいたあたりで河北の意見の爆発がある。「小泉首相の頃、(東京)藝大へ数人の官僚が来た。各省から人材を出し、省をまたいで『人がうらやむ日本を作る』ためのチームがつくられたのだそうだ。そして開口一番こう言った。『私達は経済のことだったらよく分かります。一時間でも二時間でも話せます。ところが文化のことはさっぱり分かりません。』産業重点国家を作ってきた日本は大切なものをたくさん失った。こんなことで本当にいいのだろうか。こんなことを、堂々と高級官僚が公に言っていいのだろうか、と思った。」全く同感である、いっしょになって感情が爆発する私がいた。

01. 7月 2021 · July 1, 2021* Art Book for Stay Home / no.69 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『堀文子の言葉 ひとりで生きる』堀文子(求龍堂、2010年)

本著は、堀文子の語り下ろしを中心に、これまでに刊行された書籍『堀文子画文集 命といふもの』 (小学館)、『ホルトの木の下で』(幻戯書房)、『堀文子画文集 命の軌跡』(ウインズ出版)、『堀文子画文集』 シリーズ(JTBパブリッシング)ほか、新聞、雑誌に掲載されたインタビュー記事などの資料をもとに、 著者監修のもと再編纂したものと記されている。発行当時92歳という長寿、しかも日本画家として大いなる活躍を続けている人の言葉を集めると、それはそれは説得力があり、味わい深い言葉、後進の我々にとって人生の素晴らしい道標となる言葉が並ぶ。刊行の依頼に対して堀は「自分は宗教家でも思想家でもないし、お説教じみたような本はたまらない」と固辞した。編集部はなんとか拝み倒して取材を進めていくと、ますます魅力的な言葉が集まって「こんなに自分のことをべらべらと語りあげているような本は恥ずかしい」と再び固辞している。「読みたい」という圧倒的な読者を味方に編集部はゴリ推して出版にこぎつけた一冊であるが、絞り出すように語った堀の気持ちにしてみれば恥じらいのほうが大きかったのだろうと思われる。まして画家である、言葉が輝けば輝くほど画家としての自分に責めて返ってくる言葉でもある。読者の救いは堀の厳しい言葉に添うように堀の絵があることである。

「息の絶えるまで感動していたい。」
「私は岐路に立たされたときは必ず、未知で困難な方を選ぶようにしています。」
「私はいつも己と一騎打ちをしています。自分で自分を批判し、蹴り倒しながら生きる。」
そういう言葉を全身で納得して読み進めていると、それは堀が読者に伝えたかったのではなく、なかなかそうではない自分に対して激しく命じているのがわかる。