24. 7月 2022 · July 24, 2022* Art Book for Stay Home / no.96 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『岡本太郎の友情』岡本敏子(青春出版社、2011年)

本著は岡本太郎とその友人のプライベートな交流を綴ったものである。プライベートな交流を本人以外が書き下ろすというのは一般にはありえない。公私べったり行動し、秘書であり、事実上の妻であり、のち養女となった岡本敏子(養女前は平野)だからこそ著せたものである。

岡本太郎と友人であらんとするならば、彼の発する本音のバリアを突破しなければならない。いわゆる空気を読んでとか、お上手というのは全く通じない太郎である。優しい人ではなく、怖い人である。敏子は太郎のことを「デリケートで熱い心を持った優しい人」と称するが、それは太郎が心を許すほど親しくなった人に限られる。

本著で取り上げられる友人は、石原慎太郎、石原裕次郎、丹下健三、瀬戸内寂聴、川端康成、北大路魯山人、勅使河原宏、梅原猛、パブロ・ピカソ、ジョルジュ・バタイユ、花田清輝、海藤日出男、岡本かの子、カラスのガア公。錚々たる顔ぶれで、太郎が「どうだ俺はこんなにすごい奴らと友人なんだぜ」ということではない。岡本太郎はそんな無粋な人ではなく、むしろこういう友人を見せびらかすようなことは「はしたない」と考える人である。これは太郎をこよなく愛し尊敬した敏子だから、恥じらいもなく「太郎さんて、こんなにすごい人よ知って」というメッセージを出せたのである。

因みに、パブロ・ピカソのみ岡本太郎の執筆で、さすがにピカソに関しては太郎も文章を残したかったようだ。

とにかく岡本太郎礼賛本であるが、そこは受け入れるとして、読み進めば太郎の人間的魅力あふれる著書である。もちろん、太郎の友人はさらに多くいて、文学者、哲学者、デザイナー等、本著にも多数登場してくる。おもしろいのは画家や彫刻家に友人が少なかったであろうということで、同業と群れないいわゆる一匹狼と言われる人の特色である。

「カラスのガア公」については、読むときの楽しみとします。

10. 7月 2022 · July 10, 2022* Art Book for Stay Home / no.95 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『写楽 閉じた国の幻』島田荘司(新潮社、2010年)

長編推理小説である。私がArt Bookとして取り上げるのは、小説の中にアートにとって極めて大切な精神がそこに組み込まれているからである。そして浮世絵が描かれた鎖国中の江戸という時代、木版画が制作される絶対的工程、絵師、彫師、摺師、そして場合によっては絵師と彫師の間に第4番目の「しきうつし」の者が入る。この4人に、絶対的責任と権力を持つ版元蔦屋重三郎が存在する。写楽とは誰か、写楽本人と蔦屋重三郎の2人しか知らなかったという可能性、つまり知られてはならない絶対的理由とは何か、本著はそこに迫る。

写楽とは誰か、最もシンプルで最大疑問を解くミステリー、次々と浮かぶ仮説を片っ端から潰していく、潰しては再考し、浮上させ潰していく。

ミステリー小説であるが、浮世絵評論、いや美術評論として大変興味深いものになっている。それも線がどうのこうの、捉え方がどうのというレベル(そういったところもきちんと押さえられているが)にとどまらず、美術史的思考に新たな楔を打ち込んでいる。さすが武蔵野美術大学出身作家といったところである。

小説の構成は現代編と江戸編からなっている。現代編では写楽とは誰か、なぜ写楽に関わる資料がまったくないのかを北斎研究家の佐藤貞三の人生を核として描いている。現代編に挟み込まれる江戸編は、その追求で明らかになっていく写楽の存在を写楽出版元で資料も豊富な蔦屋重三郎を中心に描いている。

小説上での架空の人物と、歴史上の人物、現代では池田満寿夫を登場させ、かなり重要なキーワードを語っている。

原画がない、極めて個性的、人物が特定できない、その人物像が全くわからない、かなりの技量の絵師、短期間に大量の作品、有名歌舞伎役者に留まらず無名役者も取り上げられていること。それまで全く無名の絵師に対して雲母刷りなど高級木版画でデビューさせている。謎ではなく隠蔽、なぜ隠蔽しなくてはならなかったのか。