26. 6月 2024 · June 26, 2024* Art Book for Stay Home / no.144 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『中川一政画文集 独り行く道』中川一政(求龍堂、2011年)

本著表紙の題字「獨行道」は、中川一政の書である。一見、「下手くそな字だなぁ」という感想を持つ人もいるだろう。私もそう思った。中川一政自身も自らそのように認識しており、字を見た多くの人の感想は「尋常小学校三年生の字だなぁ」と言われたそうである。そんな中、ある著名な書家が「この字は凄い、他では書けない字である。気合を入れれば、書家として名をなす」と明言した。中川一政の書は修行して鍛錬を繰り返した上で崩したものではなく、天然なのである。大切なことはそこに「生」があるかどうかということである、と言う。

NHKの日曜美術館で、時々中川一政のインタビューが紹介され、その切れ味と、言いっぱなしのテンポを記憶していたせいか。本著から中川の声が聞こえてくるようである。そう、話し言葉で書かれているということも魅力である。第五章の「九十五歳の日に」は、誕生会に開かれたスピーチを収録したもので、さすがに少しの寂しさを感じさせながらも、気丈なメッセージは「とにかく生きなっくちゃ」とまだまだパワフルでユーモアたっぷりなのである。

本著で首尾一貫として語られているのは、とにかく芸術論である。その芸術論は評論家や大学教授が語るものではなく、画家中川一政が画をはじめとして詩、短歌、エッセイ、書、陶、篆刻の経験を通して体得したもので、中川が常に芸術とは何かを自らに問いかけていたと思わせる。

後になったが、本著は書名にもあるように、画(陶、書を含む)文集である。贅沢にカラーで織り込まれる画は文と小気味良いセッションを繰り広げ、中川フアンにはたまらない魅力的な一冊である。

10. 6月 2024 · June 10, 2024* Art Book for Stay Home / no.143 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『ブランクーシ』中原佑介(美術出版社、1986年)

近現代美術作品をコレクションしている美術館を訪れると、かなりの確率でブランクーシの作品がおかれている。その多くが金と見間違えるピカピカに磨いたブロンズ作品である。ブランクーシという発音しづらい名前のせいか、作品の印象の割に覚えにくい作家名である。知っているけれど良くは知らないという作家というのは珍しくないが、ブランクーシもその一人だ。

ブランクーシは、1876年ルーマニアに生まれ、彫刻家を志し美術学校に進む、1904年ルーマニアを去り、徒歩でパリに向かう。貧しい生まれ育ちであったが、才能を見出す者が多く、パトロン、協力者が早くから現れる。当時パリで最も著名であったロダンにも認められ、工房に入るが2ヶ月でロダンの元を去る。「大樹の陰では何も育たない」の言葉は、後のブランクーシを語る大きなエピソードである。

さて本著では、その後のブランクーシの人生も語り続けるが、本旨はそこではない。代表作品『接吻』シリーズ、『眠る人』シリーズ、『空間の鳥』シリーズ、『無限柱』など、全作品を網羅して分析を行っている。ブランクーシは一見、異なる彫刻作品、具象と抽象、素朴な石彫と徹底して磨いたブロンズ、小さな彫刻と巨大なモニュメントを並行して制作し続けたが、著者はその関連性を述べ紐解き、徹底した評論を展開している。パリやニューヨークで出版されたブランクーシの詳細も引用紹介され、その上でブランクーシに関する著書では圧倒的に優れた一冊であると言えるだろう。

著者中原佑介は2011年に既に亡くなっているが、本著「あとがき」で「日本では未だ本格的なブランクーシ展の開催を見ないのがなんとも残念である」とある。現在、日本における初めての「ブランクーシ展」が石橋財団アーティゾン美術館において、7月7日まで開催中。