16. 5月 2020 · May 14, 2020* Art Book for Stay Home / no.4 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『日本の色のルーツを探して』城一夫(パイインターナショナル、2017年)

色彩に関する本は多く出版されている。

少し大きい本屋ならコーナーがあるくらいである。

私も職業柄20冊ほど色彩に関する本を所蔵している。

その中で最も興味深く、かつ秀逸なのがこの本である。

色に関して多くの人が根拠としているのは、中学生の美術の時間に習った色彩論である。ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの著書が基礎となっており、有彩色、無彩色、色相環、彩度、明度というあれである。

非常に合理的な科学色彩論であるが、この色彩論に縛られた思考は、豊かな色彩感覚を奪っていくと私は考えている。

色は知性ではなく感性というのが私の考えである。

その理由は、私たちが見る色に、そもそも有彩色、無彩色などなく、彩度、明度を測る事のできる色はないからだ。全て科学的理論上の色として、有彩色、無彩色、色相環、彩度、明度が存在しているに過ぎない。

私たちが見る色は、薔薇の赤い花弁であり、白いシャツであり、空の多様な色である。色は必ず何かの物体であり、物体のテクスチュアー(質感)と共にある。

そして必ず光が存在しており、光の量によって見え方は変わる。

さらには色にはイメージがあって、イメージは人それぞれに異なる。赤い色を見て、薔薇の花弁を思う人、リンゴ、炎、金魚、唐辛子、あるいは服やソックス、ルビーを思う人もいるだろう。それぞれのイメージが同じ色に対して影響を与える。ゲーテの色彩論を独立して見ることは不可能である。

さて本著『日本の色のルーツを探して』であるが、この本の優れているのは「日本の」にある。気候風土、歴史、文化を共通にしていなければ、色について共に語ることは困難である。私たちは色に対してどのような共通イメージを持っているのか、それは一体どこから来ているのか。

本の帯には「日本古来の神々の色、陰陽五行説の色、武将たちに愛された色、雅な平安の色、粋な大江戸の色彩から、昭和の流行色まで、ビジュアルで辿る日本の色を探る旅」と内容をズバリ紹介している。

この色彩の旅は、とても楽しい。

12. 5月 2020 · May 12, 2020* Art Book for Stay Home / no.3 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『北欧デザインを知る ムーミンとモダニズム』渡部千春(生活人新書、2006年)

日本、アメリカ、ヨーロッパという括り方がある。こんな乱暴な括り方があるものかと思う。もちろん日本的な考え方である。

日本とアメリカという一国同士の捉え方にしても、人口、人種、民族種、国土面積等違いすぎる。ましてヨーロッパと言っても47国。歴史、気候風土、民族性、文化を構成する要因が相当に異なっている。

そこで渡部千春は北欧デザインを取り上げた。

北欧デザインというのは渡部の視点ではなく、世界的な視点である。

そこに親しみとイメージを持たせるために、ムーミン(フィンランド)を書名に加えた。

北欧とはどこの国々か、広く北ヨーロッパを指す場合もあるが、北欧デザインといえば、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドである。気候風土、歴史、文化を共有するところが多く、政治的にもつながっている。それぞれ優れたデザイナーによるデザインがある。

固有のデザインが生まれる根拠は暮らしにあって、北欧の暮らしは気候風土が大きく影響している。

夜の長い秋から冬、そして春。雪で埋もれた寒気の生活、室内で過ごす圧倒的に長い時間、そして優しい光の短い夏、白夜。

そこから生まれるやさしい形態、繊細な色彩のデザイン。それは気候風土が対象的で強い太陽が作り出すイタリアデザインと比べてみたら明解だろう。

 

最後に北欧のデザインブランド(デザイナー名と同一の場合も含む)を挙げる。その先は本を開いていただきたい。

マリメッコ、アルネ・ヤコブセン(アントチェア)、フリッツ・ハンセン、ノキア、イケア、アラビア、イッタラ、ロイヤル・コペンハーゲン、イルムス、カイ・フランク、レゴ、ジョージ・ジェンセンなど。

09. 5月 2020 · May 8, 2020* 富永敏博展、オープン前レポート。 はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

2020年4月25日からオープンの予定であった「清須ゆかりの作家 富永敏博展 自分の世界、あなたの世界」は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため6月1日まで休館とさせていただいている。

誠に残念な限りで、学芸員、スタッフ共々、毎日もやもやした気分で過ごしている。勿論、展覧会の準備は完璧である。

本日富永さんに来館いただき、オープン前取材を行い、展覧会の一部をレポートすることとした。

会場に足を踏み入れると、すぐにハッピーな気分に包まれる。

一般に絵画や彫刻の展覧会では、心の準備をして作品と向き合うという間合いがある。

しかしインスタレーション(空間演出アート)による富永展では、会場全体が作品であり、向き合うというよりも包まれるという感覚に陥る。

そして美術展でよく体験する緊張感が、むしろここでは解きほぐされていく。

童話の世界に迷い込んだような物語性、絵本のページを開いたような友達気分、遊びなれた公園がとても良い天気で迎えてくれたような安心感。

そして、一点一点の作品が話しかけてくる。

近くにある作品が連作、あるいは対作品で、その先にある作品もまたつながっていて、会場全部がたった一点という群作、そんなふうにも見える。

近作はコラージュ(彼の場合、自ら描いたモチーフを再構成する技法)によるものが多くなってきており、「そのことにより自由になった」と富永さんは言う。

その感覚の延長線で絵を描くように、あるいは工作をするように会場構成を行っている。

富永さん自身がハッピーな気分で過ごした遊びの後に、来場者もまたハッピーな気分で包まれるだろう。

富永さんの活動は、個展、グループ展、プロジェクト、ワークショップと多岐に及んでいるが、個展が主でほかのこともやっているというものではなく、それぞれが重要な活動であり、一貫しているものである。

現代美術の表現は極めて多様であるが、全ての富永さんの活動がたった一点の作品として仕上がっていくのかも知れない。

来場者が、富永さんとつながってプロジェクトを拡げていく「新種の苗木」を、一本持ち帰り私のオフィスに植えた。ふふふ。

06. 5月 2020 · May 6, 2020* Art Book for Stay Home / no.2 はコメントを受け付けていません · Categories: 未分類

『絵でわかる マンダラの読み方』寺林峻(日本実業出版社、1989年)

仏教美術といえば、仏像と寺院。時代や宗派が異なって、なかなか一筋縄では行かない。

美術的視点から、密教は手が混んでいて色彩も美しくおもしろそうだ。ところが核になっているものにマンダラがある、曼荼羅と書く。

「絵画を楽しむのに理屈なんかいらない、感覚的に愉しむことだ。」というのがあるが、マンダラはどうもそういう訳にはいかなさそうだ。密教の智恵が込められ、広大な宇宙が凝縮されているという。「胎蔵界マンダラ」と「金剛界マンダラ」がある、やっぱり難解そうだ。

難解なところに出会ったら、できるだけ初心者向けのものを読むことをお勧めする。マンダラに関してはこの本だ。「絵でわかる」というキャッチフレーズが付いているようにさし絵が多い。

寺林さんに講演会でお会いした。「この本はとても良く売れていまして、生活の支えになり続けています。売れない小説家にはありがたいことです。」

やっぱり初心者向けの本は、誰もがページを開くようだ、したがってロングセラー。小説家が書くからおもしろく解りやすいのかと思いきや、実家は高野山真言宗鹿谷山薬上寺で僧侶の資格を持っておられるとのこと。

04. 5月 2020 · May 4, 2020* Art Book for Stay Home / no.1 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『謎解き アクセサリーが消えた日本史』浜本隆志(光文社新書、2004年)

アートの本というと、美術評論家や美術史家、あるいはアーティストによるものが多い。そこに「アートって難解」の要因がある。

美術の専門家が美術の専門用語を使って、読み手もまた美術関係者、あるいはコアな美術ファンだったりする。テーマもまたコアなものが多い。

浜本隆志は、ドイツ文学者、関西大学名誉教授。 専門はドイツ文化論、比較文化論。美術と無関係の分野ではないが、専門ではない。こういうスタンスで美術を捉えると、美術の専門家では気が付かない「あっ」というテーマに気づく。本書はそんな本。

指輪、耳飾り、首飾りなど日本のアクセサリー文化は、古代には勾玉など多く存在していた。古代資料館を訪れると、銅鐸、銅鏡とともに、多くの耳飾り、首飾り、冠などが展示されている。埴輪においてもそのことは確認され、アクセサリー文化が盛んであったことは否定しようがない。ところが、奈良時代以降、歴史の中で忽然と姿を消してしまう。復活するのは開国以降の明治維新からである。何故なのか。

民俗学、考古学、歴史学、宗教学社会学、図像学などさまざまな角度から解き明かしていく。

29. 4月 2020 · April 28, 2020* イラストレーター和田誠、没後半年。多才な偉業に、”illustration”誌が80ページの大特集。 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

2019年10月、イラストレーターの和田誠さんが亡くなられた。

私も何度かお目にかかっており、周りの全ての人が「和田さん」と呼ぶように、ここでは和田さんと呼ばせていただく。

奥様のシャンソン歌手・料理愛好家の平野レミさんも和田さんと呼ぶ。

“illustration”誌特集よりその活躍を拾いながら、和田さんを紹介する。

 

和田さんより先輩のイラストレーターは、挿絵画家と呼ばれることが多く、仕事も週刊誌や新聞の挿絵が多かった。

イラストレーターとして和田さんは最初の人で、挿絵以外にデザインや広告の仕事をこなす最初の人であった。

ほぼ同時に横尾忠則、宇野亞喜良、粟津潔、伊坂芳太良、山口はるみらイラストレーターが登場している。

タイトルに「多才な偉業」と述べたが、その主なものを羅列する。

多摩美術大学図案(現デザイン)科の時代から、当時デザイナーの最高峰である難関、日宣伝美術会に入選、頭角を現す。

1959年、当時トップのデザイン事務所、ライトパブリシティに入社。たばこ「ハイライト」のパッケージデザイン採用、他にキャノン、東レの広告デザインを担当する。

1968年フリーランスとなり、「週刊文春」の表紙(亡くなるまで続けて2000号を超える。今も過去の表紙から和田さんのデザインが続いている。)、星新一、村上春樹、丸谷才一、三谷幸喜らの装丁を担当する。

ジャズやシャンソンのレコード・CDジャケットも多い。

映画監督としても「麻雀放浪記」「怪盗ルビィ」などのヒット作を生み出している。

エッセイ、絵本も多く、著書は200冊を超えている。

テレビでは、「ゴールデン洋画劇場」「今夜は最高!」「サワコの朝」のタイトル画は、強く記憶に残る。なお「サワコの朝」は現在も放映中。

多分野における活躍は、多くの受賞にも現れている。

デザインでは毎日デザイン賞、日本絵本賞、日本宣伝賞山名賞、講談社出版文化賞(ブックデザイン部門)、ほか多数。著作では講談社エッセイ賞、日本ノンフィクション賞、菊池寛賞。漫画では文藝春秋漫画賞、日本漫画家協会賞。映画では毎日映画コンクール大藤信郎賞受賞、報知映画賞新人賞、ブルーリボン賞、淀川長治賞。

こうした多才多分野で活躍した作家に、先人では魯山人が上げられるが、多分野ゆえの評価が散漫になることが多い。

文化芸術においては、それぞれの活躍が足し算されて評価されるものではない。

さりとて一分野のみを取り上げて評価することは、決して頷けるものではない。

和田さんも魯山人も、それぞれの分野が決して独立しているわけではなく、互いに関係づけられた魅力を持っている。

どの分野の賞も、その専門において高く評価されたものであり、決してイラストレーターを前提に置かれているわけではない。

私がもどかしく思うのは、こういう多分野で秀でた作品を残した人は「器用な人」と称されることがあり、それが評価の引き算になってはいないだろうかということである。

和田さんは決してそのようなレベルの方ではなく、圧倒的な能力を有した作家である。

和田さんの声が聞こえる。「やれるなら、やってごらん」。

19. 4月 2020 · April 17, 2020* 「あいちトリエンナーレ2019 情の時代 開催報告書」発行される。 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

2020年3月、あいちトリエンナーレ実行委員会より、「あいちトリエンナーレ2019 情の時代 開催報告書」が「あいちトリエンナーレ2019ダイジェスト」とともに発行された。

編集は、あいちトリエンナーレ実行委員会事務局。

内容を目次より紹介する。

Ⅰ主催者挨拶

Ⅱ芸術監督報告

Ⅲ開催概要

Ⅳ企画体制

Ⅴ開催概要 1現代美術 2舞台美術 3ラーニング 4連携事業 5その他 6「あいちトリエンナーレ2019」「表現の不自由展・その後」の展示中止・再開に係る主な経緯

【会期中のイベント・プログラム】

Ⅵ来場者の状況等 1来場者数 2チケットの販売状況 3アンケート調査結果 4有識者意見 5経済波及効果 6パブリシティ効果

Ⅶ実行委員会の状況等 1実行委員会の収支状況 2実行委員会委員等 3実行委員会委員事務局組織

資料 ・あいちトリエンナーレの開催敬意 ・あいちトリエンナーレ実行委員会規約等 ・あいちトリエンナーレの推移

主催者の発行するものであり、事務的な記録をきちんと残すという姿勢で編集されている。

「『表現の不自由展・その後』の展示中止・再開に係る主な経緯」が敢えて取り上げられていることが意義深い。

 

「Ⅵ来場者の状況等 4有識者意見」のヒアリング対象者に清須市はるひ美術館館長として私も関わっている。

私の主な意見は、特に「表現の不自由展・その後」に関係して、表現の自由とは何か、そもそもアートとは何か、トリエンナーレとは何か、から遡り、今回のスキャンダルも含めてこそアートであり、トリエンナーレである、ということ。

それは世界で開催されている多くのトリエンナーレ、ビエンナーレで証されて来たことである。

「あいちトリエンナーレ2019はアートにおける起爆剤となることができたか」

しかし、起爆剤は目的とされるものではなく、成果として含まれるものである。

 

14. 4月 2020 · April 10, 2020* 映画「プラド美術館〜驚異のコレクション〜」始まる。 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

4月10日より、映画「プラド美術館〜驚異のコレクション〜」が始まった。

スペインのプラド美術館は、世界三大美術館のひとつ。

世界三大美術館には、ルーヴル美術館(フランス・パリ)、メトロポリタン美術館(アメリカ・ニューヨーク)、エルミタージュ美術館(ロシア・サンクトペテルブルク)、プラド美術館(スペイン・マドリード)の4館が挙げられ、ルーヴルとメトロポリタンが確定で、あとはエルミタージュかプラドのどちらかが加えられる。

なぜ世界四大美術館にしないのか、そんなことはどうでもよく、とにかくプラド美術館は凄いということだけ認識しておこう。

 

プラド美術館は、歴代のスペイン王家のコレクションを展示する美術館で、スペイン王家の繁栄を見るものでもある。

コレクションの基礎はフェリペ2世とフェリペ4世が築き、1819年に「王立美術館」として開館した。

1868年、革命後には「プラド美術館」と改称され、現在は文化省所管の国立美術館となっている。

ベラスケス、ゴヤなどのスペイン絵画に加え、フランドルやイタリアなどの外国絵画も多く所蔵している。

プラド美術館には約7,600枚の油彩画、約1,000の彫刻、約4,800枚の版画、約8,200枚の素描、多くの美術史に関する書類が収められている。

 

映画は、徹底して「プラド美術館とは何か」を紹介する。

それは鑑賞者の立場は勿論のこと、美術館の内側、研究施設であることにも強く迫っている。

また鑑賞者を超えて広く社会に大きな役割を担っていることも丁寧に見せている。

代表的なベラスケス、ゴヤ、ボス、グレコらの作品も多く紹介されるが、映画を通じて絵画鑑賞をするという形にはなっていない。

1点あたり、かなりの短時間であるばかりでなく、部分であったり、斜めからであったりしている。

これは映画側の獲得した著作権のギリギリのところであろうことが予想される。

「諸君、この先はぜひ美術館に足を運んでいただこうではないか」といったところか。美術好きには納得せざるを得ない。

05. 4月 2020 · April 5, 2020* “illustration FILE 2020”誌発刊、イラストとは、イラストレーションとは、イラストレーターとは何か。 はコメントを受け付けていません · Categories: 未分類

“illustration FILE 2020”誌が発刊された。玄光社が発売している日本で活躍するイラストレーターを紹介したイラストレーション年鑑。1990年に第1号が発行され、日本で最も歴史のあるイラストレーター年鑑である。
2020年版の収録作家は上下巻あわせて830名に達し、現在日本で活躍中のイラストレーターをほぼもれなく網羅しており、イラストレーターを探すための必携の一冊となっている。掲載作家数が多いが、これまでにある程度の実績があり、その当該年に評価に値する仕事を残したイラストレーターのみを編集部がセレクトしているので「ファイルに載る」ことがイラストレーターとしてのステイタスとされ、若手イラストレーターの憧れとなっている。20代の若い作家から70代の大ベテランまで1人1ページという編集方針は、年鑑という視点、またファイルというデータ性を鑑みると大いに納得できるものである。

秋山孝のように個人美術館を持つイラストレーターや、安西水丸、原田治のような本館で個展を開催する美術館作家も、生前には”illustration FILE”に紹介されていたことを思うと、この年鑑の魅力がどれほどのものか理解されるであろう。

また、2011年からはweb版である“illustration FILE Web”を立ち上げ、印刷版・Web版を両輪として運用している。

 

 

ところで、一般的に使用されているイラストと言う言葉はイラストレーションの略語のように扱われているが、実は和製英語であり、英語としては通用しない。つまり日本においては、イラストとイラストレーションは異なる意味を持つようになっている。

日本におけるイラストは、日本画や洋画のような絵画に対して、カジュアルな絵を示している。Googleでイラストを画像検索かけてみるとその概要が解る。一方イラストレーションは基本的にカジュアルな絵という意味がない。イラストレーションとは図像によって物語、小説、詩などを描写もしくは装飾し、また科学・報道などの文字情報を補助する、理解を深めるための図形もしくは絵画的表現である。中でも医学、天文学、地学、化学などに重要な役割を担うイラストレーションのことをサイエンスイラストレーションと呼ぶようになっている。

イラストレーションを描くことを職業にしている人をイラストレーターと呼び、イラストを描く人のことではない。英語文法的に言えば、イラスト(illust)を描く人はイラスター(illuster)であり、イラストレーション(illustration)を描く人がイラストレーター(illustrator)である。

“illustration FILE 2020”誌はそういうプロフェッショナルな年鑑であり、イラストとも日本画や洋画とも異なるものである。

31. 3月 2020 · March 31, 2020* ドイツ政府「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ」 はコメントを受け付けていません · Categories: 未分類

ニューズウイーク日本版によるとドイツ政府は、「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ」として大規模支援を打ち出した。

先に「アメリカは芸術を必要としている」として、米国芸術基金が約80億円の支援を決定したことに続いて、「芸術とは何か、芸術は人類にとってどういった存在なのか」の強いメッセージを受け止めた。
以下、ニューズウイーク日本版3月30日からの抜粋

25日、新型コロナウイルスによる経済への打撃を緩和するための総額7500億ユーロの財政パッケージがドイツ連邦議会で承認された。

<略>ドイツの救済パッケージでとくに注目を集めているのが、フリーランサーや芸術家、個人業者への支援だ。モニカ・グリュッタース文化相は「アーティストは今、生命維持に必要不可欠な存在」と断言。大幅なサポートを約束した。ドイツには約300万人の個人または自営の小規模起業家がおり、その半分近くが文化セクターで働いている。

昨今続くイベントのキャンセルは8万件以上にのぼり、引き起こされた損害は12.5億ユーロと推定されている。フリーランスやアーティストへの経済的支援を求める嘆願書への署名運動が今月から始まっていたが、このほど発表された財政パッケージには個人・自営業者向けの支援として最大500億ユーロが含まれている。<略>
予断を許さない異常な状況と先の見えない不安感のなかを生き抜くには、体の健康だけではなく、精神面での健康を保つことも大変重要だ。
「非常に多くの人が今や文化の重要性を理解している」とする。

グリュッタース文化相は「私たちの民主主義社会は、少し前までは想像も及ばなかったこの歴史的な状況の中で、独特で多様な文化的およびメディア媒体を必要としている。クリエイティブな人々のクリエイティブな勇気は危機を克服するのに役立つ。私たちは未来のために良いものを創造するあらゆる機会をつかむべきだ。そのため、次のことが言える。アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ。特に今は」と述べ、文化機関や文化施設を維持し、芸術や文化から生計を立てる人々の存在を確保することは、現在ドイツ政府の文化的政治的最優先事項であるとした。<略>https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/03/post-92928.php

日本における芸術の位置は、概して「豊かな暮らしのために必要欠くべからずのもの」とされている。

したがって、こういう今のような「非常時には不要のものである」といった意見も多く見受けられる。いわゆる贅沢なものとして考えられているわけである。

私は以前より「芸術とは心を豊かにするものではなく、心を豊かにすることもあるが、そうではなく、生きていく上で必要欠くべからずのものであり、生きる力である。」と述べてきた。

こういう社会状況にあって、今こそ芸術、こういうときに力を発揮できなくて何が芸術か、と考えている。
特に、「芸術は心の癒やし」であるといった脆弱な捉え方は、芸術を理解する上で大きく誤解を招くものである。