『コブナ少年 十代の物語』横尾忠則(文藝春秋、2001年)
画家横尾忠則が生まれてからの最初の記憶から、トップイラストレーターになる寸前までの回顧録である。著名にあるように主に十代のことが克明に書かれている。大の横尾ファンである私には、どのようにしてイラストレーターになっていったのか、極めて興味深い。特に高校、大学、あるいは専門学校という美術やデザインの専門教育を全く受けることなくトップイラストレーターになったのである。「とにかく絵を描くことが好きであったが故に」では納得など出来はしない。才能があったから、なるほどそうだろう。しかし、才能というのは、自分で客観視できるものではないし、極めて心もとないものである。「絵がうまい」では決してイラストレーターにはなれない。業界を50年見てきた私の意見である。
その詳細は本を読んで頂くとして、本著の面白さはほかに横尾少年の性への目覚めである。性に対して極めて奥手の横尾少年が、青年時代も含めてモテモテであった。それを自慢気にひけらかしているわけではない。むしろ奥手で引っ込み思案の横尾少年が戸惑うほどなぜそんなにモテたのか。一つは母性本能をくすぐる内向的性格、年上の人に憧れ、年上の人から愛を迫られるという基本が繰り返される。もう一つは、容貌のチャーミングさだろう。さすがに86歳の現在からは想像しにくいところがあるが、十代の頃はジャニーズ系の甘い容貌をしていたと思われる。
1969年に横尾忠則主演で公開された大島渚監督映画『新宿泥棒日記』(ATG配給)を見た。当時私は19歳で、しかも性的なシーンがあるとのことである。そこにヒーロー横尾忠則が延々と映し出された。前衛映画でストーリーも映画のおもしろさも、さっぱりわからなかった。大島渚監督のことも全く知らなかった。40年過ぎて再び同映画を観る機会があった。この映画は新宿紀伊國屋書店という実在の書店が舞台で、フィクションとノンフィクションが交じるというとてもおもしろいものであった。横尾の一見ぶっきらぼうな演技も、その意味で極めて秀逸な演出であった。ということを懐古しながら本著を読んだ。