28. 9月 2023 · September 28, 2023* Art Book for Stay Home / no.128 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『エゴン・シーレ ―二重の自画像―』坂崎乙郎(岩波書店、1984年)

本著は、1983年3月から12月まで「エゴン・シーレの閃光の生涯」という表題で、雑誌『世界』に連載されたものである。編集部より「誰か画家の伝記を書くように」とすすめられたとき、著者坂崎乙郎が「ここ十年来どうしても書いておきたいと考えた」のがエゴン・シーレであったとのことである。当時、シーレの評価は現代と比べれば格段に低く、図版や資料など極めて手に入りにくかったと思われる。

そのような中、著者のシーレに対する思いは極めて強く、本著では圧倒的な高い評価で書いている。それ故に著者の独断に陥らぬようシーレを突き放し、客観的に捉えるべく努力がなされている。そのために徹底して論証されているのが、他作家との比較検証である。師であったクリムト、共に弟子であったココシュカはもちろんのこと、憧れの対象であったゴッホ、ほかにクールベ、セザンヌ、ピカソ、ロダン、ゴーギャン、ジャコメッティ、ルノワール、ドラクロア、ターナーなど。何がどのようにシーレが魅力的なのか、個性的なのか、著者の豊富な見識が納得させてくれる。

またシーレという人間性についても、極めて繊細なアプローチを行い、読み進めるにしたがって、目の前にシーレが浮かび上がってくる。世紀末、第一次世界大戦という不安定な時代にあって、極めてアブノーマルな画風、テーマをひたすら追い続けたシーレの精神状況に、寄り添いきることはできない。しかし、生み出された作品に深く心酔することは可能である。

画業たったの10年、最後の4年は戦争の中で兵士としても駆り出され、油彩334点、水彩・素描2503点が確認されている。時代や境遇を考えると、さらに相当数の作品があると思われる。水彩・素描は油彩のための下書きやトレーニングのデッサンではなく、一点一点に丁寧なサインが施され、シーレの高い意識の元に存在している。28歳、息を引き取る寸前に母マリーに語った。「戦いは終わった。ぼくは行かなくてはならない。ぼくの絵は世界中の美術館に並べられるだろう」

それから100年が過ぎて、シーレの予言は適中してしたことが証明されている。また著者坂崎乙郎は、今から40年前にその確信を持って本著を手がけたのである。

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