23. 3月 2021 · March 23, 2021* Art Book for Stay Home / no.59 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

ストリート・ファニチュア』西沢健著(鹿島出版会、1983年)

サブ著名は「屋外環境エレメントの考え方と設計指針」とある。設計指針とあるからには設計者のために書かれたものである。つまり専門書である。専門書であるが、ストリート・ファニチュアは専門家のためのものではない。

ストリート・ファニチュアとは何か。文字通り訳せば「道の家具」であるが、この場合の道は公園、駅、イベント会場など広く公共空間を指している。1970年頃からヨーロッパで使われるようになり、欧米では小冊子が発行され、フランスではルーブル美術館において展示会やセミナーが開かれている。家具と言えば家に所属するプライベートなものであるが、ストリート・ファニチュアはパブリック(公共)なものである。具体的には、ベンチ、車止め、郵便ポスト、電話ボックス、街灯、信号機、道路標識、バス停、路面電車の停留所、タクシー乗り場、公衆トイレ、噴水、水飲み場、フラワーポット、記念碑、公共彫刻、ゴミ箱など様々なものがある。

ストリート・ファニチュアにおけるデザインの難しさは、ファニチュアを利用する人が不特定多数なことによる。家のソファであれば、家族が使い、家族の意見の一致を考えることはさほど難しいことではない。また気に入らなくてソファを交換することも可能である。どこにどのように置くかも全く自由である。ところがベンチに至っては、あらゆる人があらゆる状況で利用する。設置は固定であり、取り替えるには大きな費用、公的判断が求められる。ヨーロッパでは、歴史的な流れと文化の中で広場のあるべき姿の共通認識があるのでデザイン、設置場所が設計されやすい。一方、日本においては明治以降の僅かな歴史の中で、ヨーロッパのデザインを受け入れていったので多様な意見が持ち込まれ、判断が非常に難しい。日本庭園の美しさに比較して公園の美意識の低さはそういうところにある。

ストリート・ファニチュアのデザインは、個々のデザインと通りや公園のデザインとの高い一致点が求められるのである。その上で日本人における公共空間の考え方の未成熟度にまだまだ迷走しているのが現在の状況である。

本著は発行後37年になるが、ストリート・ファニチュアを知り、学ぶ数少ないバイブル的存在である。

10. 3月 2021 · February 9, 2021* Art Book for Stay Home / no.58 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『名画の値段―もう一つの日本美術史―』瀬木慎一(新潮選書、1998年)

 アートブックは私が読んだ本の中から美術が好きで、もっと美術のことを知りたいと思う人にお勧めする本である。美術への疑問に対して答える本もあるが、美術がもっともっと好きになって、もっともっと知りたいと思うようになるそんな本を紹介している。したがって、その領域やテーマはバラバラである。可能な限り紹介したいと考えているので選び方や順番はかなり主観的である。もし10冊を選べと言われればたいへん困るのであるが、間違いなく10冊に入れるというのが本著『名画の値段・・・』である。

名画の値段について述べた本は、極めて少ない。ただ美術流通品として値段を語るなら、それはカタログである。瀬木慎一は日本を代表する美術評論家として知られる。しかし、瀬木は美術社会学研究者としても知られる。つまり経済の視点で美術を論じることを重要視している。そういう背景を持って本著が書かれている。

美術と美術品は異なるものである、美術価値と値段のつく流通品価値とは異なる。その上で美術の値段が美術の価値に影響を与え、ひいては美術史に大きな影響を与えてきた。表紙に書かれているように「美術を評価するに際して価格を与えなければならない」という矛盾を抱えているのである。

「芸術が純粋で清いものであって欲しい、あるべきだ」という考えは、値段を示さず鑑賞するだけという美術館、経済社会と深く関わって来ている美術史に値段が語られていないこと。そういった矛盾に真っ向から突っ込んで論じる本著は、美術大好き人間の中にあるモヤモヤとした霧を晴らしてくれるだろう。