『ルナティックス 月を遊学する』松岡正剛(作品社、1995年)
著者松岡正剛は、編集者であり著述家であるが、出版社に在籍の編集者でもなければ出版社を退社してフリーの編集者というわけでもない。正しくは自身が経営する編集工学研究所における編集工学者である。
松岡正剛の言う編集工学とは、人間の思考や社会のコミュニケーション・システムや創造性にかかわる総合的な方法論のことである。
現代においては、様々なモノ、コト、情報が膨大にチョイスすることが可能であるが、求めようとしている目的に可能な情報整理、組立ができない。
情報の洪水に溺れないようにするためには、取捨、構築、つまり編集が必要であると説いている。
さて本著『ルナティックス 月を遊学する』は、大変ロマンチックな著名である。
その上、帯には「月がぼくにつきまとう。なにかよい薬はないものか。」。
いやはや大変な病である。
この病は恋の病に似ていて、もちろん治療薬もなければ専門医にかかることもできない。この嘆きは他人から見ればのろけに近い。恋とは言わないまでも、骨董やグルメ、コレクション、ギャンブル、果てはヨットや山登りなど夢中になっている人は珍しくはないだろう。しかし「月」である。この月をどのように編集するのか、松岡正剛のお手並みが見事である。
では、どこがアートブックなのか。
美術史、美術評論、美術作家論、真正面から切り込んでなるほどというアートブックはこれまでも、これからも紹介し続けるだろう。
本著では月がテーマである。この月を解剖、再構成するために、天文学はもちろん、歌謡曲、ロック、オペラ、西洋絵画、日本画、浮世絵、書、写真、詩、童謡、哲学、心理学、マンガ、アニメーション、花鳥風月の日本文学、月着陸宇宙開発、あらゆる古今東西駆け巡る。
これがアートの究極として、おもしろくないわけないだろう。読み終えた私は、もはや月につきまとわれて、よい薬を探していた。