『幻想芸術の世界 シュールレアリスムを中心に』坂崎乙郎(講談社現代新書、1969年)
幻想とは、根拠のない空想。とりとめのない想像。
幻想芸術とは、実態、実景とは異なる画家の空想、妄想と言って良いだろう。
そういう空想癖、妄想癖のある人が画家になりやすかったと言える。
空想癖、妄想癖を最もシンプルに人に伝えるために絵画はふさわしい表現方法である。
文学、音楽、あるいは彫刻と比べてみてもその自由さと具体性は、圧倒的に有利な表現手段である。
著者は幻想芸術を紐解きながら、20世紀に花開いたシュールレアリスムに焦点を当てていく。
19世紀末、写真が発明されて、それまでの実景を記録するという絵画の大きな役割からの無力を強いられて、対写真からの新たなる価値の創出にシュールレアリスムが誕生したとも言える。
写真の能力を超えた機能としてのシュールレアリスムの役割が浮き彫りとなった。以降、現代まで絵画芸術にとって欠かすことのできない表現手法となっている。
美術史では、多くの表現方法、表現派がこれを知らねば美術を楽しむにあらずと言わんばかりに大手を振っている。そしてそれが煩わしくて、美術を好きになれない人も少なくないのではないかと思っている。そういう方に一つだけ、シュールレアリスムを徹底理解することをお勧めする。なぜならば、シュールレアリスムこそが近代以前の美術の宿命を解き放ち、芸術の未来を開いたのであるから。
現代における多くの絵画の「何故」に答えをくれるヒントがシュールレアリスムにある。
「あっ、そうか」という絵画のおもしろさがシュールレアリスムにある。
美術展に行って、居心地が悪かったら「シュールだなぁ」とつぶやいて納得顔の一つもしていたら、もう一目おかれることに間違いないだろう。そんな手引となってくれるのが本著である。