『西行花伝』辻邦生(新潮社、1995年)
美術館では、『辻邦生と辻佐保子』展が始まった。この機会に辻邦生の著作を何点か紹介したいと思う。まずは何と言っても『西行花伝』、私が辻邦生に大いにリスペクトを抱くことになった作品である。小説であるが作品と呼びたくなる著作である。
おおよそ文学に限らず、多様な文化のいたるところで西行は登場してくる。西行とはいったい何者なのか。人名辞典やウィキペディアで説明されているようなことではない。自分の言葉で、西行とはこういう人物であると語れることで、私の中に一人の人間として存在することである。
そんなおり、新聞の書籍紹介で『西行花伝』が紹介されているのを見つけた。著者辻邦生のことはよく知らなかったが、紹介文を読んでこれだと即注文した。
A5版525ページ、ハードケース付きが送られてきた。それは本ではなく、書籍と呼ばれるものだった。心して読み始めた、俳句は嗜むが和歌も決して私の得意な領域ではない。内容はやさしくないが、文章は読みやすく、辻邦生の高い文章力がどんどんページを進めてくれるようだった。次第次第に西行が私の中に立ち上がってくる。
読み終えたとき、西行とはこういう人物であったと確信を持って私の中に存在した。読後の興奮のせいか、西行のように行きたい、死にたいと思った。
西行の歌「願わくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ」、著作を読むうち西行に自分が同化し、この歌が自分の声を通して出るようだった。
文学を読む力というものがあって、それを体得していくことが極めて重要だと思うが、辻邦生には文学を読ませる力があるということを知った。

