05. 5月 2022 · May 5, 2022* Art Book for Stay Home / no.92 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『マチスの肖像』ハイデン・ヘレーラ著、天野知香訳(青土社、1997年)

巨匠マチス。マチスほど巨匠と呼ぶにふさわしい画家はいないだろう。ピカソには天才が呼称とされ、ゴッホには人生の悲哀がつきまとい多くの尊敬を集めるに至っていない。ターナー、セザンヌ、マネ、モネ、ドガ、ルノワール・・・それぞれマチスに比べると物足りないところがある。フランス人であり、その活躍が近年であること、今なお画家を志す者から多くの尊敬を集めつづけていること。

しかしながら、マチスの人生が語られることはあまりに少ない。ピカソのようなスキャンダルと謳歌に満ちてはおらず、ゴッホのように悲劇でもない。本著はそんなマチスの人生を、多くのエピソードとともに彫り上げている。マチスの活躍は遅い、しかし遅すぎるということはない。自意識は極めて高く、真面目で努力家であった。神経はいつも研ぎ澄まされており、絵に対する思いは果てしなく続いた。心身症で心を痛め、慢性肝臓病から胆嚢炎を発症、両肺の手術を受け、更には十二指腸の手術を行っている。二度の世界大戦は憂鬱な神経を追い込み、そこから生まれる名画は、マチスの知名度を上げ、パトロンに恵まれ、存命画家として最も高額な画家ともなる。大戦のイデオロギーに屈せず、自らの創作に忠実に行きたマチスは、戦後フランスの誉れとなる。

この悲劇と歓喜を繰り返す人生は、ときにゴッホであり、ピカソであった。フランス北部の寒く憂鬱な町に生まれたマチスは、パリに暮らしつつも何度も南仏を目指し、名画を生む。ゴッホをなぞるような精神構造は、画家の宿命のようでもある。マチスに愛と人生を捧げた3人の女性、家族、画家の仲間、パトロン、あらゆることを犠牲にして絵に向かう画家の芸術至上主義に対して、残された多くの絵画が応えているだろう。巨匠マチスの生きた人生を辿るとき、それらの絵画は、激しい振幅を持って私達に感動を与えてくれる。