19. 9月 2020 · September 19, 2020* Art Book for Stay Home / no.36 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『寡黙なる饒舌』若山滋(現代書館、2020年)

清須市はるひ美術館では現在「物語としての建築―若山滋と弟子たち展ー」を開催中。その若山滋の最新著である。若山には『建築へ向かう旅』(冬樹社)、『「家」と「やど」―建築からの文化論』(朝日新聞社)『ローマと長安―古代世界帝国の都』(講談社現代新書)ほか何冊も名著があるが、7月に私のところに本著が贈られてきて「多くの人にお薦めを」とのことであった。おっしゃる通り薦めたくなる一冊であった。

建築に関する本は、建築家自身の著作も含めて多く読んでいる、建築が好きだからである。建築家が本を著すとなると当然自らの建築心情に関するものになり、それはそれでおもしろいのだが、若山の著作は異なる。ほとんどの著作が建築家としての自分から距離をおいている、距離を置いて書く力があるということだ。若山についてよく言われることだが「建築ともう一本の柱として文学がある」、建築を文学の思想で語る、建築を文学の味わいで語ることができる作家であるということだ。もちろん膨大な文学書を読破して作り上げられた建築観というものは間違いなくあるだろう。若山自身も「夏目漱石と小林秀雄と司馬遼太郎をよく読んできたので、文体の影響を受けている」と末尾の謝辞に書いている。

さて本著であるが、帯に建築家の隈研吾氏が「建築は、物だと思われることが多い。しかし、建築は物である以上に物語であるということを、著者は東京を例にして、証明した。」とある。内容はそのとおりの著である。東京の名建築の歴史を紐解いたかに見えるが、そうではない。建築の歴史を紐解くことは建築家であれば珍しいことではない。本著は建築史に留まらず、著者の優れた歴史観で貫かれている。さらに文学によって磨かれた名文が豊かな読み物として成立させている。

Ⅰ章「天皇の街」の「戦争は人を生む」は、著者の生い立ちに及んでいるが、優れた文学を読むようである。書き出しは「欧米では台湾のことを別名『Formosa』と呼ぶ。最初にポルトガルの船乗りがそう呼んだからで『美しい島』という意味だ。僕はその美しい島で生まれた。」そして後半の「戦争は人を殺すものだが、生みもする。」に続く。

建築に関する深い知識を核に優れた歴史観と文学の味わいを堪能する『寡黙なる饒舌』である。