『ゲルニカ ピカソが描いた不安と予感』宮下誠(光文社新書、2008年)
中学校の教科書に必ず掲載されていると言って良いピカソの《ゲルニカ》、つまりピカソの代表作。
30〜40年前までは、ピカソの代表作といえば《アビニヨンの娘たち》《泣く女》であった。つまり代表作が変わったということである。
ピカソといえば、いろいろな角度から見た物の形を一つの画面に収めて見せるというキュビスム。
《アビニヨンの娘たち》《泣く女》はそのキュビスムが強く出ている代表作品である。《ゲルニカ》もまたキュビスムを屈しして描かれた作品である。
評価は何によって分かれるのだろうか。
《アビニヨンの娘たち》《泣く女》はキュビスムの追求のためにキュビスムが効果的に表現された作品である。
一方《ゲルニカ》は、ピカソの激しい怒りのもとにキュビスムが表現手段として描かれたものである。
つまりキュビスムの位置づけが異なるのである。キュビスムが造形表現としていかに優れていようとも、その表現が芸術制作のためになければ評価はこれほど高いものにはならなかっただろう。
少し難しくなったが、ピカソの絶対的代表作《ゲルニカ》が何故、どのような制作過程で制作されたのか。
《ゲルニカ》は、スペイン内戦中にドイツ空軍のコンドル軍団によってバスク地方の町ゲルニカが受けた都市無差別爆撃を主題としている。ピカソの不条理に対する怒り、哀しさによって内戦中の1937年に描かれた。
また《ゲルニカ》の美術史における意味もまた語られている。
芸術とは何か《ゲルニカ》を通して学ぶことは多い。
25年前、私は《ゲルニカ》を観たくてスペイン・マドリッドを訪れた。《ゲルニカ》はかつてアメリカ・ニューヨークにあったが、スペインに返還されて、プラド美術館に収蔵された。1992年、マドリード市内に国立ソフィア王妃芸術センターが開館されると同時に移され展示された。
プラド美術館で多くの名作を鑑賞して、その興奮も醒めやらぬまま国立ソフィア王妃芸術センターの《ゲルニカ》に対面した。
これまで何度も画集で観ていた《ゲルニカ》は私の中で勝手に小さく作品化されていたが、実物(349.3✕776.6cm)は遥かに大きく圧倒的な存在感で迎えてくれた。立ちすくむ私の目から涙が止まらなかった。それは恐怖で悲鳴をあげているゲルニカの村の人々に思いを重ねるものであり、ピカソによる絵画の表現というものがここまで凄いものなのかという感動の両方であったと思う。
本書『ゲルニカ ピカソが描いた不安と予感』は、その1点を徹底的に解明、論及している。
ピカソファンには欠かせない1冊であるが、「芸術とは何か」を考える重要な一冊と言える。