『モチーフで読む美術史』宮下規久朗(ちくま文庫、2013年)
絵画を鑑賞するときに「何が描かれているか」は、誰もが気になる大きな要素である。
北斎の『富嶽三十六景』を観て、「ああ、富士山。かっこいいな」なんて、日本人なら素直な感想で、共感できるものである。
日本を訪れたことのない外国人ならどう観るだろう。あるいは南の小さな島で、丘はあっても山のないところではどうだろう。
抽象画に至っては「何が描かれているか」の何は具象ではないので、「何も描かれていない」という判断も間違っているとは言えないだろう。だから抽象画は人気がないし、現代美術を考える上で重要な分野となるのである。
つまり絵画の鑑賞において「何が描かれているか」のモチーフは極めて重要であるが、観る人の知識、経験、思想、宗教、生活環境等によって大きく異なる。17世紀ローマの絵画であれば、そのことを踏まえなければ鑑賞の根本がズレてしまうだろう。
本書は、そのモチーフについて具体的に詳細に教えてくれる。
犬、豚、猿、鶏・・・動物から始まって、パン、チーズ、ジャガイモなどの食物、花、天体、道具、乗り物、家、身体の一部、性愛、慈愛、夢に至るまで。
例えば、高橋由一《鮭》。その迫真の描写に感動はするものの、何故鮭を描いたのか。何故、鮭の身が切り取られているのか。高橋は10点以上鮭を描いている。
日本には歳暮に新巻鮭を贈る習慣がある、それにのっとり鮭の絵を贈るという理由。西洋の静物画も贈答用の食材を描いたクセニアという絵画から始まったものである。東北、北海道地方では定期的に捕獲ができ保存に適したため、鮭を神の魚と呼んだアイヌをはじめ、東北各地に神社に奉納するなど鮭伝説が残っているなど信仰と禁忌の対象となった。
そうした「鮭を吊るす、祀る」ことの風俗・文化を知ることで、高橋由一の《鮭》をさらに深い共感をもって鑑賞することができる。
西洋画は、神話、キリスト教など我々の充分知ることのない逸話が多く絵画に描かれている。
美術をもっと楽しむための優れた一冊。