01. 9月 2023 · September 1 2023* Art Book for Stay Home / no.126 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『ビ』大竹伸朗(新潮社、2013年)

著名「ビ」は、「本の内容を大まかに括れば、『日常に感じる美』といったことになるだろうが、現実には移動が多く、特定のアトリエに日々通いじっくり制作を進めながら『美』について試行錯誤を繰り返すといったことからは大分かけ離れている。」(あとがきより)とあって、いわゆる創作を生業とする画家の暮らしは書かれてはいない。一般には画家の暮らしといったものも日常的なものとは呼び難いが、大竹の場合はかなり特殊な画家生活である。

本著は、月刊文芸誌『新潮』に2004年から連載した「見えない音、聞こえない絵」より、2008年から2013年にかけての4年半のエッセイである。この間に香川県直島で《直島銭湯「I♥湯」》の長期制作、韓国光州ビエンナーレ、ドイツカッセルのドキュメンタ、ソウルでの個展、ヴェネツィア・ビエンナーレ参加と殆ど宇和島のアトリエにはいない。

画家やアーティストという肩書を名乗る作家は多いが、実質は小中学校、高等学校、専門学校、大学の美術の先生であったり、画塾を開いていたり、またサラリーマンであったりする。画家やアーティストは生活を支える収入が他にあっても、職業は画家やアーティストを名乗る人が多い。本人のアイデンティティの問題である。ついでだがデザイナーの場合、生活を支える収入がデザインでなければデザイナーとは呼ばない。大竹はそうした職業を大学卒業してから持ったことがない。それでは生活はどうなのかというと、若いときはアルバイトをしていた時期もあるが、殆ど個展の売上げやビエンナーレなどの招待作家としての収入である。本人も貧乏作家と自らを呼ぶが、その通りであろうと思う。画家として美術館等の評価は高いが画商がついてどんどん絵が売れるという画家ではない。そういうノマド的な暮らしの中から「美」についての本著であるが、それは一般にいう「美」ではなく、大竹の思う「ビ」である。

例えば、絵のモチーフとなる美しい風景、花、女性、静物などでは全くなく、むしろその対局にある。壊れかけた使用済みの道具、壁の汚れ、倒産した商店の看板、パッケージ、郵送されてきた封筒など捨てられるべき多くのものである。しかし捨てられるべき多くのものが大竹にとって「ビ」であるわけではない。わずかなものが大竹の「ビ」である。それの多くは大竹自身も言葉にできないものである。であるがゆえに本著272ページで延々と「ビ」について語っているのである。

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