10. 7月 2022 · July 10, 2022* Art Book for Stay Home / no.95 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『写楽 閉じた国の幻』島田荘司(新潮社、2010年)

長編推理小説である。私がArt Bookとして取り上げるのは、小説の中にアートにとって極めて大切な精神がそこに組み込まれているからである。そして浮世絵が描かれた鎖国中の江戸という時代、木版画が制作される絶対的工程、絵師、彫師、摺師、そして場合によっては絵師と彫師の間に第4番目の「しきうつし」の者が入る。この4人に、絶対的責任と権力を持つ版元蔦屋重三郎が存在する。写楽とは誰か、写楽本人と蔦屋重三郎の2人しか知らなかったという可能性、つまり知られてはならない絶対的理由とは何か、本著はそこに迫る。

写楽とは誰か、最もシンプルで最大疑問を解くミステリー、次々と浮かぶ仮説を片っ端から潰していく、潰しては再考し、浮上させ潰していく。

ミステリー小説であるが、浮世絵評論、いや美術評論として大変興味深いものになっている。それも線がどうのこうの、捉え方がどうのというレベル(そういったところもきちんと押さえられているが)にとどまらず、美術史的思考に新たな楔を打ち込んでいる。さすが武蔵野美術大学出身作家といったところである。

小説の構成は現代編と江戸編からなっている。現代編では写楽とは誰か、なぜ写楽に関わる資料がまったくないのかを北斎研究家の佐藤貞三の人生を核として描いている。現代編に挟み込まれる江戸編は、その追求で明らかになっていく写楽の存在を写楽出版元で資料も豊富な蔦屋重三郎を中心に描いている。

小説上での架空の人物と、歴史上の人物、現代では池田満寿夫を登場させ、かなり重要なキーワードを語っている。

原画がない、極めて個性的、人物が特定できない、その人物像が全くわからない、かなりの技量の絵師、短期間に大量の作品、有名歌舞伎役者に留まらず無名役者も取り上げられていること。それまで全く無名の絵師に対して雲母刷りなど高級木版画でデビューさせている。謎ではなく隠蔽、なぜ隠蔽しなくてはならなかったのか。

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