『ゴッホの復活』小林英樹(情報センター出版局、2007年)
ゴッホ研究で極めて著名な小林英樹の『ゴッホの遺言』『ゴッホの証明』に続く3冊目。この著書の主要はゴッホの3作「芦屋のひまわり」(1945年戦災により焼失)、「ジヌー夫人」(オルセー美術館蔵)、「東京のひまわり」(SOMPO美術館蔵)が贋作であるという証明にある。「芦屋のひまわり」「東京のひまわり」は本著における便宜上の俗称。
美術作品観賞に関しての論考については、大きく3つの立場があると思う。一つ目は美術史の立場(美術史家)から、2つ目は美術評論(美術評論家)の立場から、そして3つ目は美術作家としての立場から。それぞれ明確な区別はないが論考の主たる根拠をどこにおいているかということにある。
小林英樹は、東京藝術大学美術学部油画専攻の画家である。一般に作家というものは自らの創作に関わることでは著述があり、特に現代美術の分野では著述もまた創作の一環であるという考えがある。しかし、小林のように自作と関わらないところで多くの著述を展開している作家は極めて珍しい。それは作家として沈黙することができない、沈黙することは自らの創作をも否定することになるといった哲学のようなところから発しているのではないかと思われる。
『ゴッホの復活』で取り上げられた3作の贋作論考は画家ならではのもので、描く者が心身で獲得してきている絶対的自信に満ちている。例えば本文中の「種子や花瓶や背景などが、必ず最後には刺激的な油絵の具の物質的表情に行き着く」「頭で捻出したお堅い理論や方法論に沿って出したのではなく、直感的に、瞬時に画面上で表すことができるほど冴えわたった集中力と過敏な完成、そして的確に描き分けられる技術」「絵画には画家の魂の深さが出るものだ」「絵画は、その前に立って制作した画家と鑑賞者の位置を重ねられる特殊な表現」「画面上に置いた厚い油絵具が乾燥するまでの時間を考えれば」など。
また、真贋を明らかにするために「一、出所、来歴の検証」「二、科学的検証」「三、造形的見地からの検証」としている。一や二はそれを偽造することは可能でありそれの真贋もまた問われなければならない。三については最も優先される方法であると思うが、人間の判断能力に負うものが大きく、客観性に乏しいと思われる。したがって一や二がまかり通ってしまう。小林は三の造形的見地から出来得る限りの客観性をもって3点の贋作を証明している。
そして本著を読み終えた私もまた小林の指摘に100パーセント共感するものである。私もまた作家としての立場から。