『美術の力 表現の原点を辿る』宮下規久朗(光文社新書、2018年)
「美術の力・・・」大胆な著名である。新書版の267ページでどれほど美術の力を語れるものか。しかし、こうした手がかりを求める美術愛好者は多いに違いない。そうした方たちに大きなきっかけとなる著書である。本著を、「美術の魅力」「美術鑑賞の手引」「美術の表現力」などといった著名ではなく、「美術の力・・・」とした点になるほどと思わせるものが読後感にあった。
著者の代表的著書が『カラヴァッジョー聖性とヴィジョン』(名古屋大学出版会)であるように、キリスト教絵画を中心とした西洋美術に重きがおかれ、そこから宗教絵画への広がりを持たせている。日本の美術にも充分なページを裂き、現代美術にも踏み込んで「美術の力」を説いている。強い文体表現から感じさせる主張は、美術鑑賞という鑑賞者の自由な視点からは違和感を覚えるかもしれない。しかし、美術鑑賞という曖昧性をもったものであるがゆえに、著者の主張が生きてくると言えるだろう。
「あとがき 美術の力」で著者は、「私は四年前に一人娘を亡くしてから、神や美術を含む、この世に対する情熱の大半を失ってしまった。本書は、その虚無的で荒廃した心境で、 かろうじて興味を引いた美術について綴ったものである。 畢竟、宗教的なものに偏ってしまったかもしれない。」 とある。本著を読み進める中で、何か私の心に引っかかっていたものが、穏やかに消えていくのを感じた。そして「いったい、美術にどれほどの力があるのだろうか。」とも。著者の力強い論考とは逆に、その繊細なやさしさに救われる。