『エロスの解剖』澁澤龍彦(河出書房新社、1990年)
『エロスの解剖』、なんて魅力的な書名だろう。ことさら画家や彫刻家、文学者にとっては思わず手に取りたくなるテーマである。まして著者が澁澤龍彦である。私は本著を25年ほど前に読んだ、40代という充実の年齢であった。
創造に関わる者にとってエロスは魅力的なテーマである。発想において大きな鍵になるが鑑賞者にとっても間違いなく鍵になる。そして著者はこの魅力的な素材を曖昧にはしない。目次は「女神の帯」「オルガスムス」「性」「コンプレックス」「近親相姦」「愛」「屍体」「サド=マゾ」「ホモ」「乳房」「エロティック図書館」「玩具」の文字が躍る。私はこの本(文庫本)を主に電車の中で読んだ。もちろん書店カバーなど掛けない。本文にも取り上げられている《ガブリエル・デストレと公妃ヴィラール(部分)》のエロティックで美しい表紙を隠すことは、美術に携わる者として許されないことだ。それは一人自室で読むことと同じエロスに惑わされることになるからだ。
さすが澁澤龍彦、美術と文学におけるエロスの解剖が見事である。ちなみに音楽におけるエロスは登場しない。音楽におけるエロスというものは存在しないのか。そうではないだろう。ただ美術と文学(特に詩)においては、圧倒的な解剖材料が多いことによるに違いない。著者がそこに生息しているからとも言えるだろう。
本文を詳しく紹介したいが、そこは意図するところではない。一つだけ、世界各地のエロチック書籍を集めた書庫、図書館の名前が記載されているので紹介したい。「地獄」「秘密」「桃色ケース」「桜んぼの戸棚」「地獄の穴」「デルタ」「宝物庫」「檻」、これが国会図書館や病院などにある、もちろん鍵付きの書庫である。エロスがいかに創造性を刺激するものか、この名前だけでも判るだろう。