『李禹煥 他者との出会い 作品に見る対峙と共存』ジルケ・フォン・ベルスヴォルト=ヴァルラーベ、水沢勉訳(みすず書房、2016年)
本著は、著者ジルケ・フォン・ベルスヴォルト=ヴァルラーベが2006年にフライブルク・アルベルト・ルートヴィヒ大学美術史学科博士課程を修了したときの博士論文である。2007年に同大学哲学部ヴェツシュタイン賞を受賞している。
冒頭で著者は「本書で述べる考察は、否が応でもヨーロッパの女性の著者という特定の視点にもとづいて展開せざるをえない。著者のまなざしも議論のやり方も本質的にヨーロッパ美術によって訓練されたものなのである。このことをしっかりと意識して、本研究は目に見えるひとつひとつのものからまずは出発して議論し、それぞれの作品によって体験できる現象を言葉で追体験しようと努力することにする。」と極めて客観的な立場を自覚している。というのは李禹煥の「ぼくは東アジア出身ではあるが、長い間東アジアとヨーロッパを絶えず往来しながら活動してきた。ぼくの表現は東アジア的な発想やヨーロッパ的な方法や個人的な性格やその他いろいろな要素が絡み合っているに違いない。ヨーロッパの作家がそうであるようにぼくは、東アジアを代表しない。重要なのは、その人の遠い背景ではなく、今自他が共有する具体的な現実なのだ。目の前に提示される作品や文章が現代の産業都市社会の課題を担っているかどうか、そして民族や地域や宗教やイデオロギーを越えて同時代の発言であるか否かである。」という東アジア的作品という評価にて強い反論を行っていることに対して、極めて謙虚な姿勢によっていることが伺える。
著者は、李禹煥の作品を徹底鑑賞し、「関係項1968-2003年」「関係項1969年」「点より1973年 線より1973年」「関係項1979年」「照応1997年」に分けて論考を進めている。2023年の現在においても2022年に国立新美術館ほかで開催された「李禹煥展」で観られるように李の作品は繰り返し発表展示されることが決して過去ではなく、現在を共有していることがわかる。その点、本著が今の論説として生々しく読むことができる。
李の著述は勿論のこと、日本で書かれた他の研究者の李に関する著述も殆ど目を通している著者の姿勢は、感服するほかない。そして李の周辺と考えられる現代美術の多くの作家の作品を紹介し、その比較から李の作品の個性、魅力を浮かび上がらせている。「李禹煥という芸術家の本質を、現代美術の文脈のなかに的確に位置づけ、冷静に比較分析し、鮮やかに浮かび上がらせている」と訳者もそのあとがきで述べている。
著書からの引用の多い紹介となったが、的確な引用であると確信している。