10. 2月 2023 · February 10, 2023* Art Book for Stay Home / no.112 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『エーゴン・シーレ 日記と手紙』大久保寛二編・訳(白水社、1991年)

本訳書は『エーゴン・シーレの手紙と散文』(アルトゥル・レスラー編、1921年、ウィーン、リヒャルト・ラー二イ書店発行)に掲載されたシーレの文章の全訳である。シーレの散文、詩、日記、さらにスケッチブックに記された妻へのメッセージから構成されている。訳に徹して行われており、一般には「エゴン・シーレ」と表されるが、原語発音に忠実に「エーゴン・シーレ」と表記されている。

28歳の短命の中で、多くの文を残したことは、シーレ研究における貴重な資料となっており、評論を一切加えない本訳書は、その意味で脚色のないシーレ自身に出会う貴重なものになっている。私自身が本訳書から得た印象は、極めて几帳面であり、こういう友人がいたら大変面倒くさいであろうというのが本音である。中でも殆どの手紙における筆跡は、印刷書体に極めて忠実で、読む側に立ってみれば、シーレがどれほど切実にこの手紙を書いたかと感ぜざるを得ないのである。そして最も多く出したアルトゥル・レスラーへの手紙(71通)の内容は、絵の具やキャンバスを購入するための金銭の欲求、更には作品を販売するための便宜である。アルトゥル・レスラーは美術批評家であり、画商も行う当時ウィーンの実力者で、シーレを物心両面で支えた人物である。シーレはフィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホを尊敬し、ときに自らをゴッホに同化させることもあるが、レスラーはゴッホにおける最大の支援者弟テオに値する。しかしシーレが短命の中で2000点以上もの作品を残せたことは、レスラーの能力に負うところが大きいことが本訳書から読み取ることができる。

他に特筆すべきことは、第一次世界大戦の勃発で、25歳から兵役に服したことである。画家という職業が考慮され戦場に向かうことはなく、几帳面な能力にも配慮され殆ど事務的な仕事に終止したものの、描かなければならない特別な自分にとって、悲鳴を叫び続ける任務であった。28歳の短命を振り返ってみると惜しまれてならないのである。