30. 8月 2021 · 鑑賞の場をつくる② はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

鑑賞の場をつくる①からつづく)

移動空間のシンボル

 

――フィールドワークを経てからの空間づくりについて、具体的に教えてください。

ポスターが掲示されている状況を再現するやり方として、移動空間におけるシンボルのようなものを入れたいなと思いました。

駅の広告って、真正面からまじまじと見ることってほとんどないと思うんですね。移動しているときにちらっと視界に入ってきたりする。はるひ美術館の細長く曲面で構成された展示室をプラットホームに見立てて、歩くところと立ち止まるところをつくる、歩きながら見るという状況をつくることを考えました。

そこで出てきたのが、柱と壁、ブリッジです。柱とブリッジによって人の動きを誘導し、空間をひとつなぎにしながら腰壁で緩やかに領域を分ける、高さのあるブリッジによって歩いている人と止まっている人の視界を変えることを目指しました。

 

――まさに、みるための「場所をつくる」ってことですね。では展示室1のほうはどうでしょう?

大きな展示ケースを中心にボトル、季刊誌、車内広告、CMをエリアで分けて配置しました。

とくにボトルを展示した展示ケースは、こちらも単調にならないように可動パネルを規則的に配置して変化をつけましたが、展示ケースを隠すために使われていたパネルの新しい使い方だったと思います。

 

――全体の構成が決まり、模型や図面での細かい検討が繰り返されましたが、次のステップとしてはどんなことを進めていったんでしょう?

ブリッジから何がどう見えたらよいのか、ということを学芸員さんと考えていきました。作品を何点、どこに、どのように配置するか。学芸員さんの考えた8つの章立てに沿った動線上で、どこでどのように作品が現れて、見切れるか、全体が見えるか、というようなことも含めて場面、風景を考えていったという感じですね。

あとは予算と工期の制限があるなかで、できるだけ無駄のないようにサイズを調整したり素材や作り方を検討したり。安全性の問題もあったので、手すりやブリッジの高さなども配慮が必要でした。

キャプションや会場ハンドアウトなどグラフィック関係もデザイナーを介さないということだったので、今回はすべて僕と学芸員さんでデザインしています。

 

展示室におさまらないフィールドで

 

――低予算・短期間でのハードワーク、大変ご苦労をおかけしました・・・では最後に、全体を通してこの仕事、やってみてどうでしたか

広告という展示物に対して、都市や社会など展示室におさまらないフィールドで考察ができて、参加しがいのあるプロジェクトでした。いいちこのポスターを通して、みる、という感覚について体験してほしいと思います。

また、今後は展覧会という形式にとらわれない会場づくりができればとも思います。

 

――美術館では、作品をたんにお見せするだけでなく、どのように見せるか、ということも大きな課題の一つです。学芸員としてはどうしても展示室の中だけで考えてしまいますが、建築、都市空間など広い視野での解釈は新鮮でした。

今回の会場構成を通して私自身も学ばせていただきましたし、今後の展覧会づくりにおいても「鑑賞の場づくり」は丁寧に取り組んでいきたいところです。本日はありがとうございました!

 

O

ミスマッチストーリィ 河北秀也のiichiko DESIGN

※緊急事態宣言の発令に伴い、2021年8月27日(金)から9月12日(日)まで臨時休館いたします。(9月13日(月)は通常の休館日)。開館後のお越しをお待ちしております。

 

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30. 8月 2021 · 鑑賞の場をつくる① はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

さて、前回の記事でもお伝えした通り、河北秀也のiichiko design展では、作品の見せ方・空間のつくり方にこだわっています。

会場構成を担当してくださったのは建築家の桂川大さん。

従来は学芸員が作品の選定~展示構成~会場構成を担うことが一般的ですが、今回は客観的かつ新鮮に空間を扱う視点を求めて、お力をお借りしました。

そもそも「会場構成」という言葉自体、聞きなれないものかもしれません。展示空間をつくることについて、学芸員Oが桂川さんにお聞きしました。

 


桂川 大(かつらがわ・だい)

1990年岐阜県生まれ。建築家。alt_design studio主宰。名古屋工業大学大学院博士前期課程を修了後、一級建築士事務所Eurekaに勤務。名古屋工業大学大学院博士後期課程在籍。岐阜、愛知を拠点に建築設計をはじめ、都市や風景の観察・採集・再現をするフィールドワーク、会場構成、場づくりをおこなっている。主な会場構成・デザインに「ナゴヤオリンピックリサーチコレクティブ(assembridge nagoya2019)」、「物語としての建築ー若山滋と弟子たち展ー(清須市はるひ美術館)」、「都市のみる夢(東京都美術館)」など。

https://aadk.cargo.site/


 

建物だけでなく、「場」をつくりたい

—―まずは自己紹介からお願いします。

岐阜県に生まれて、名古屋の大学で建築を学びました。東京の設計事務所で何年か修行したのち独立して、現在は愛知と岐阜を中心に仕事をしています。また大学の博士課程にも在籍していて、論文もコツコツ書いています。

 

――具体的にはどんな仕事を?

いろいろですが、もともと「建築物をつくる」というよりは人が集う場所をつくることに興味があって、愛知に戻ってからはあいちトリエンナーレに関わったり、築地口にあるMAT(Minatomachi Art Table, Nagoya)のプロジェクトに参加したり、アートセンターのようなコミュニティスペースを新たにつくったりしてきました。もちろんいわゆる建築物の設計などの仕事もしています。

 

――iichiko design展に関わることになった経緯について、改めて教えてください。

まずは昨年2020年にここで開催された「物語としての建築ー若山滋と弟子たち展ー」がきっかけです。はるひ美術館の建物を設計した若山滋さんは、今僕が在籍している名古屋工業大学で長く教えられていた先生だったこともあり、大学と美術館が協同で企画する形になりました。僕は大学チームのまとめ役のようなポジションで関わりました。

それと同時期に、個人の活動として「都市のみる夢」(都美セレクション・東京都美術館)という展覧会に携わっていて、学芸員のOさんに自身の会場構成づくりを知ってもらう機会になったようです。

 

――ここで「会場構成」という言葉が出てきましたが、そもそもこれってどういう風にとらえたらいいでしょう?

自分が学んできたことの延長で言うと、それも場所をつくることと近しくて、どういう鑑賞の場をつくれるかということだと思います。それは美術館であってもなくても変わらないし、展覧会という形式にとらわれないと考えています。

ただ展示内容によって会場構成の仕事は大きく変わってくると思います。今回は僕が介入しやすいというか、任せられる部分が大きかったので、ある意味やることは多かったですね。

 

場をつくる根拠

――ほうほう。では今回の展覧会について、具体的にどのように取り組んだのか、振り返ってみましょうか。

まずは与件の整理からですね。美術館からは、

●河北秀也さんというアートディレクターがいいちこのプロモーションを手掛けていて、ポスター作品をメインとして展示したい。

●過去にもメーカー(三和酒類)主催で展覧会は何度か開催されているため、美術館主催の企画展として差別化を図りたい。

●同サイズ、平面のポスターを単調にならないように見せたい。かつ、ポスターをみる行為を意識できるような空間にしたい。

というようなオーダーがありました。

広告をみる/展示物をみるってどういうことなんだろう?と思って、実際にポスターが掲示されている現場のリサーチを始めました。

 

(調査協力:平山龍太郎、西村怜朗、高橋昌幹、時吉遼)

 

――いいちこB倍判ポスターが毎月掲示される地下鉄駅構内がどういう環境か、ということを調べたわけですね。

基本的には計測と観察です。掲出される駅のうち20か所くらいをあたって、どこに何があるかとか、大きさ、長さ、あとは人の動き・視線・ふるまいなどを記録しました。このフィールドワークは到底1人でできるものではなく、公募でメンバーを募って実施しました。

「こんなんだったっけ?」というか、駅というあまりにも身近な空間において僕たちがいかにものを見ていないか、無意識的であるかということが一番衝撃的で、たくさんの気付きがありました。

ちなみに余談ですが、駅の構内っていうのは建築物ではないんですね。測定してみると、通路の幅や照明の明るさは駅によってバラバラだし、使いやすいとはいえないところもある。地下空間は地形的な制約や周囲の施設との兼ね合い、電車の運行状況などによって条件が決まってくるので、物理的に人の使いやすさを優先できないんです。

 

――確かに、毎日使っていても必要な場所しか通らないし、どこに何がどんな風にあるかなんて意識したことないかもしれませんね。それでこの調査は会場構成にどのように役立ったのでしょう?

場所をつくるうえでの根拠を得られましたね。環境の調査から設計につながることも実際にあって、今回も自分で思っていた以上に手ごたえがありました。

ただポスターを並べるだけにはしたくない、という美術館からの希望をもとに、現実のポスターのリアルな在り方を再現するという方針で検討を重ねました。

 

鑑賞の場をつくる②へつづく・・・

ミスマッチストーリィ 河北秀也のiichiko DESIGN

O

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13. 8月 2021 · ミスマッチストーリィ 河北秀也のiichiko design はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

7月22日から始まった本展は早いものでもう3週間が経過。

お客さまの反応が気になる今日この頃ですが、こっそりエゴサをしながらおおむね好評いただいてると認識しております!ありがとうございます!

(どこの美術館でも、感想をSNSやアンケートでいただけると大変喜びます。)

 

さて本展は、三和酒類株式会社の麦焼酎「いいちこ」のプロモーションを約40年にわたって手掛けてきた、アートディレクター・河北秀也さんについてご紹介するものです。

作品についての詳しい内容は実際に美術館でごらんいただくとして、ここでは展覧会の意図やキーポイントをお伝えしたいと思います

 

①なぜ、「いいちこ」?

なぜこの展覧会を開催することになったかというと、学芸員(私)がいいちこポスターのファンだから。

個人的な趣味を仕事に持ち込んで大変申し訳ないですが・・・しかし企画も研究も、はじまりは個人の関心から。

自分が良いと思ったものを客観的に分析して、美術館という公的施設で不特定多数のお客さまに説得力をもってお伝えすること、それが学芸員の仕事とも言えます。

 

通勤途中にいいちこポスターを見かけるようになって(ちなみに地元ではたぶん見たことないです。全国どこにでも掲出されているわけではないそうです。)、ほかのポスターとは明らかに違うそのオーラに引き寄せられ、徐々に「なんだか気になる存在」に(恋?)。

デザインやポスターにもともと関心があったこと、アートを身近な存在として扱うことの多い当館の方向性とも合うことから、展覧会企画に至りました。

これらがすべて河北秀也という一人のデザイナーによって生み出されていることを知ったのは少し後のことです。

 

②デザインって、何?

造形的に凝ったファッションや家具など、「なんとなくオシャレ」なものとしてのイメージがある「デザイン」という言葉。

それは間違いではありませんが、広い意味では「問題解決のための手段」ととらえられます。

目を引くためのデザイン、売り上げを伸ばすためのデザイン、自己表現のためのデザイン、使いやすくするためのデザイン、、、すべて何か課題があって、それらを解決することを目的にした行為です。

河北さんはデザインに対しまさにそのような包括的な考え方をもっていて、私たちにとって大切なことは何か、ということをデザインを通して伝えようとしています。

目まぐるしく移り変わる世界、コロナ禍でますます加速する「余裕のなさ」みたいなものに対して少し立ち止まり、いつも目にするポスターと河北秀也のデザイン思考から何かヒントを得ていただければと思います。

 

③みる、ということ

今回特筆すべき点は、モノの配置や見せ方を総合的に考えた空間づくりです。

美術館で芸術作品を見る環境と、街中でポスターを見る環境はまったく異なりますよね。一方は見る(あるいは感じる)行為に集中できるよう特化した環境、もう一方はさまざまな雑多な要素が含まれる環境。

芸術作品もポスターも同様に見られることを前提として作られていますが、「どのように見られるか」という文脈から離れてしまうと、その在り方が大きく変わってしまいます。

本展では、広告をみる環境を、美術館という鑑賞の場において解釈することを試みています。

小難しい書き方をしてしまいましたが、とにかく複雑な空間になっています。(説明しづらい)

「みる」ってどういうことだろう?と考えるきっかけになれば幸いです。

 

③については後日、詳しく記事にできればと思います。

そんなこんなで、展覧会を見た後にはいいちこが飲みたくなるはず~

※白状すると担当者でありながらまったくお酒が飲めません。

※あと残念ながら館内で酒類は販売しておりません。

写真©Fumio Kohama

 

O

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09. 7月 2021 · 清須アートサポーター アートスポットめぐり「あいち朝日遺跡ミュージアム」 はコメントを受け付けていません · Categories: 教育普及

いつも当館の活動を支えてくださる清須アートサポーターのみなさん。
サポーター活動として年に1回、近隣の美術館やアートスポットへおでかけしています。
今回は清須市内に昨年11月オープンした「あいち朝日遺跡ミュージアム」へ行ってきました。

朝日遺跡は清須市から名古屋市西区にまたがる弥生時代の環濠集落遺跡。
その範囲は東西1.4km、南北0.8km、面積は80~100万㎡と推定され、全国的に見ても大規模な集落だったようです。
朝日遺跡ミュージアムでは、朝日遺跡の出土品や貝塚などの遺構、復元竪穴住居などを見ることができます。

この日は特別にミュージアムスタッフの方がガイドをしてくださいました!

映像やジオラマで当時の集落の様子を知り、土器、農具、神事に使われたと思われる品などの出土品を鑑賞。
朝日遺跡の出土品で重要文化財に指定されたものは、なんと2000点以上もあるそうです。
充実した展示とスタッフさんの解説にサポーター一同興味津々!
じっくり時間をかけて鑑賞を楽しみました。

同行した筆者が特に気になった展示品はこちら↑
この土器、大きな穴があいています。
「円窓付土器(まるまどつきどき)」とよばれ、朝日遺跡で数多く出土しているそうです。
でも、穴があいていたら中身がこぼれてしまいますよね???
なぜ穴があいているのか、その理由は具体的には分かっていないそうです。
理由が分からないからこそ、用途を想像して楽しめるちょっと不思議な展示品でした。

この日は開催中の企画展「パレス・スタイル-赤の土器-」も観ることができました。
パレス・スタイル土器は赤い顔料が塗られた土器で、朝日遺跡や愛知県一宮市の遺跡からもまとまって出土しているそうです。
赤彩土器は見た目にも鮮やかで、形や彩色、施された模様の多様さに思わず見入りました。

※企画展「パレス・スタイル-赤の土器-」は2021年6月27日で終了しています。次は特別企画展「弥生人といきもの2021 貝を知ろう!」が2021年7月22日から始まるとのこと。

見所は建物の外にも続きます。
体験水田ではちょうど数日前に古代米の田植えがされたそうです。
他にも環濠や貝塚の遺構、復元竪穴住居など、屋外も見所が多く、みんなでワイワイお話ししながら時間いっぱい楽しみました。

地元の方がほとんどの清須アートサポーターのみなさん。
あいち朝日遺跡ミュージアムも「もう行ったことがあるよ」という方が多かったのですが、みんなでじっくり施設内をまわって充実したアートスポットめぐりとなりました。

あいち朝日遺跡ミュージアムの皆様、ありがとうございました!

 

あいち朝日遺跡ミュージアムのウェブサイトでは「オンライン博物館」や「出土品・遺構ギャラリー」でも朝日遺跡について紹介しています。ぜひご覧ください。

あいち朝日遺跡ミュージアム 公式サイト

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25. 5月 2021 · 清須市 第10回はるひ絵画トリエンナーレ 開催中! はコメントを受け付けていません · Categories: はるひ絵画トリエンナーレ, 展覧会

現在、当館では「清須市 第10回はるひ絵画トリエンナーレ」を開催しています。
1999年に「夢広場はるひ絵画展」として始まり、新進作家の発掘と顕彰をめざし続いてきたこの公募展。めでたく10回目を迎えました!

今回は全国から554点の作品が集まりました。
応募してくださった皆様、本当にありがとうございました。
これからも作品制作をされる皆様のご活躍ご発展を願っております。

展覧会では応募作品の中から審査で選ばれた28点を展示しています。
入賞・入選された皆様、おめでとうございます。

 

 

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清須市が行っている生涯学習講座「清須アートラボ」、「清須キッズアートラボ」や、「清須アートサポーター」でも本展覧会を鑑賞するプログラムを行いました。
今回はその様子をご紹介します。

 

〇清須アートラボ

清須市在住・在勤・在学の方を対象とした年間プログラム。
今回は10名の方が参加し、みんなで展覧会を鑑賞しました。
多種多様な作品がそろう本展覧会。1人だと「どう観ていいのか分からない…」と思うような作品でも、他の人とお話ししながら観ることで新しい見方や解釈につながります。

 

 

〇清須キッズアートラボ

小学生を対象とした年間プログラム。
今回は「みる・きく・つたえる 気になる作品を紹介しよう!」と題し、展覧会を観て気になる作品を見つけて紹介し合いました。

まずは展示室をまわってじっくり作品を鑑賞。その後グループに分かれて気になった作品の注目したところを話し合いました。
選ぶ作品もそれぞれですが、同じ作品でも見え方や注目するところは様々。子どもたちは自分だけでなく他の人の見方にもふれながら作品鑑賞を楽しみました。

 
最後に、気になった作品について紹介カードを書きました。
紹介カードは展覧会の会期中、当館ロビーにて展示しています。
これからご来場される方はこちらもぜひご覧ください♪

 

〇清須アートサポーター

いつも当館の活動を支えてくださるサポーターのみなさんと鑑賞会を行いました。
みんなでワイワイお話ししながら、ところどころ学芸員が話を織り交ぜて、それぞれのペースで作品を観てまわりました。
最後にみんなで「美術館賞」の投票に参加しました。(「美術館賞」の詳細は後述)

 

※清須市生涯学習講座「清須アートラボ」、「清須キッズアートラボ」の本年度申込受付は終了しています。また、清須アートサポーターは現在メンバーの募集は行っておりません。ご了承ください。

 

――美術館賞について――

「清須市 第10回はるひ絵画トリエンナーレ」では「美術館賞」を設けています。
展覧会を観に来てくださった皆様にお気に入りの作品1点を投票していただいております。
ご来場の際はぜひご参加ください。

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「清須市 第10回はるひ絵画トリエンナーレ」、会期は6/20までです。
皆様ぜひお出かけください♪

清須市第10回はるひ絵画トリエンナーレ

24. 1月 2021 · アーティストシリーズVol.94 干場月花展「一人ひとりの世界の中で。」 はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

はるひ絵画トリエンナーレで評価された作家から選抜して個展形式でご紹介するアーティストシリーズ。

美術館に足を運びづらい状況ということもあり、ごく一部ではありますが、ブログでその内容を綴りたいと思います。

2018年の第9回はるひ絵画トリエンナーレで入選/きよす賞/美術館賞 のトリプル受賞を果たした干場さん。

画面全体を支配する青緑色が印象的な《青になるまで。》が選ばれました。

《青になるまで。》

実は干場さん、2015年の第8回展でも入選に選ばれていました。

そのときの受賞作がこちら、

《cardigan》

※今回は展示されていません。

粗い筆致で捉えられたアノニマスな人物(細かなパーツや表情は読み取れない)、幾何学的に切り取られた鮮やかな色面が共通しています。

 

干場さんは一貫して人を描いていますが、特定の「誰か」を描きたいわけではなさそうです。

関心があるのは、同じ人間であってもそれぞれが持つ価値観や思いは異なること、そしてその多様性と表裏一体の、孤独や不安です。

 《ここにない、気持ち。》

《ある日のガードレール。》

《出会いのたび。》

どこにでもあるような日常のふとした一瞬を、スナップショット的に捉え(実際に、まずは写真を撮るそうです)、人物にフォーカスするために背景を色面にそぎ落とす。

現実の世界ではおそらく周りにも人がいたり、雑踏や道路などの生活音が聞こえているのでしょうが、ここではヘッドフォンを付けたときのように、それらのノイズから切り離されて、痛いほどの静けさを感じます。

と同時に、描かれた人々から発せられるとてもプライベートな空気感が、カラフルな色塊によって可視化されています。

 

具体的な特徴が描かれているわけではないのに、その人の年代や性格がなんとなく想像できてしまうのは、干場さんの表現力の高さが成せる技と言えるでしょう。

そこに自分自身を見る方もいるのではないでしょうか。

普遍的でありながら個性的であり、「こういうシチュエーション共感できるな」とか、「この人が考えてることなんかわかる」とか、

これまでの人生で経験してきたことと照らし合わせたときに、琴線に触れる何かがあるように思います。

《2人の夕暮れ。》

 《いつも通る道。》

《見つめる先にあるもの。》

 

「みんなちがってみんないい」を理想とする、現代日本社会のお題目のひとつ、「多様性」。

「個」を生きることは、「孤」を引き受けることでもあります。

とどのつまり、私たちは皆ひとり。干場さんの描きだす絵画には、その事実のもとに、淡々と、そして誠実に生きる人々の姿があります。

一人ひとりの小さな営みがモザイクのように寄り集まって形作られる世界は、個の多様さが際立つほどに色彩の深みを帯びていくでしょう。

 

O

 

清須市はるひ絵画トリエンナーレ

アーティストシリーズVol.94 干場月花展

「一人ひとりの世界の中で。」

2021年1月9日(土)ー1月31日(日)

http://www.museum-kiyosu.jp/exhibition_info/2020/artistseries_hoshiba/index.html

 

 

 

 

 

 

22. 12月 2020 · アーティストシリーズVol.93 幸山ひかり展「Go To Trip!最果ての景色へ」 はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

はるひ絵画トリエンナーレで評価された作家から選抜して個展形式でご紹介するアーティストシリーズ。

美術館に足を運びづらい状況ということもあり、ごく一部ではありますが、ブログでその内容を綴りたいと思います。

 

2018年の第9回展で入選に選ばれた幸山ひかりさんは、鶏頭(ケイトウ)の花をモチーフに、人の生と死を日本画で描き続けています。

今回の展覧会は、「胎内めぐり」をテーマに構成されました。

タイトルの‟Go To Trip”は、話題の「Go To Travel」をもじって、地獄やあの世への小旅行をイメージしています。

入口が可動壁でちょっと狭くなっています。地獄への入口、あるいは胎内へと遡る産道のごとく・・・

   

小さな作品たちが奥へと誘います。

土の山や宇宙空間をあらわした作品のなかに、「九相図(くそうず:外に打ち捨てられた死骸が朽ちていく様子を描いた仏教絵画の画題)」に寄せた鶏頭の花が。

埋葬され、肉体は滅び、魂や精神と分離していく。枯れゆく鶏頭が人の死に重なります。

《温蓄》

《九相に寄せて》

鶏頭の花って、ちょっとグロテスクですよね。とくに久留米鶏頭と言われる種類は、その色も相まって、人間の脳みそや内臓を思い起こさせます。

1点だけ強くスポットの当たる作品《hito》。

幸山さんは、鶏頭を花としてというより、人に近いものとして(わかりやすく言えば、擬人化して)描き出しています。

産道を抜け視界が拓けると、もうそこは彼岸の世界。

 

3つのケースの中には写生画が収まっています。日本画の基礎であり、作品が生まれる前の大切な修練でもある写生。

実物を観察しながらその輪郭を丁寧になぞり、生命の本質をとらえる作業です。

それぞれのケースには「遺物」「餞(はなむけ)」「イメージへの昇華」というテーマがあります。

視線を上に移すと、新作《まんまんちゃんあん》が吊り下がっています。

こちらは実物を前にした写生ではなく、幸山さんの記憶に刷り込まれたいわば「想像上の鶏頭」。朱の線描で、さまざまな形の鶏頭が描かれています。それはまるで祈りのような作業。

仏画のような神聖さを醸す10点の連作は、ゆらゆらと宙に浮き迷路のように空間を分断して私たちを惑わせます。

《まんまんちゃんあん》部分

 

「鶏頭」はその名の通り鶏のトサカに似ていることからつけられた名前ですが、学名は「燃え盛る炎」という意味だそう。

幸山さんの描く鶏頭も、しばしば炎や蝋燭の灯のイメージに重ねられています。

《灯燭の輝くところ》

《点在する光》

《私とタネと花と土》

壁面には大作が並びます。

暗く不毛な大地に咲く幾種類かの鶏頭の花。強い存在感は人間の情念のようなものまで感じさせます。

《火焔光》

《まんまんちゃんあん》の迷路を抜けて行き着いた最深部(展示室の入口付近からは奥が見えないように配置しています)には、不動明王の迦楼羅炎のごとく激しく燃え盛る炎のなかで凛と発光する白い鶏頭。

最果ての世界の景色です。

 

 

《秋霊》

さらにその奥の壁面に亡霊のごとく浮かび上がる、その名も《秋霊》。

普段はあまり作品を展示しない場所ですが、あえてここにしてみました。鑑賞者は少し離れた場所からしか見ることができません。

《灯燭鶏頭図》

《なだる心体》

《とあるそこらへんの、》

《此岸より》

ぐるりと一周りして、最後は《此岸より》。

旅を終え、彼岸の世界をあとにして、此岸の世界へ再び戻っていきます。

 

 

瞑想空間のような展示室で、‟Trip”をお楽しみください。

 

O

 

清須市はるひ絵画トリエンナーレ

アーティストシリーズVol.93 幸山ひかり展

「Go To Trip!最果ての景色へ」

2020年12月5日(土)ー12月27日(日)

http://www.museum-kiyosu.jp/exhibition_info/2020/artistseries_koyama/index.html

 

 

 

 

29. 9月 2020 · SNSと美術館のカンケイ。 はコメントを受け付けていません · Categories: その他, 展覧会

 

とても久しぶりのブログです。

臨時休館が3か月続いた後、「清須ゆかりの作家 富永敏博展 自分の世界、あなたの世界」「原田治 展『かわいい』の発見」 と駆け抜けてきました。

ありがたいことに開館後は例年よりも多くのお客様にご来館いただき、とくに原田治展ではハード面でもソフト面でもキャパオーバーとなる状況で、お客様には大変ご迷惑をおかけしました…

老若男女の方々にお楽しみいただけたことは主催者として何よりの喜びです。

 

さて、コロナ禍を通してますます実感しているのが、オンラインの世界の力です。自粛期間はもちろんのこと、経済活動が再開された今も私たちには欠かせないインフラの一つになりました。

とくにSNSはミュージアムにとっても今や当たり前の広報ツールですし、SNSでの効果が展覧会の入場者数を左右するまでになっていると言っても過言ではないでしょう。

当館の原田治展に関しても、「オサムグッズ」世代でもなく、「ミスタードーナツのノベルティ」世代でもない10~20代の若者が多く来館してくださったのはおそらくSNSの発信力・拡散力の影響なんだろうなあと想像しています。

普段はあまり表に出ない我々学芸員も、この夏はお客様誘導のヘルプなどに当たることが多かったので、展示室でスマホのカメラ(だけでなく一眼レフのような高性能カメラも!)をかまえるお客様を毎日お見かけしました。

昨今、日本の美術館では情報公開の公益性から急速に「撮影可」化が進んでいて、以前よりも写真撮影に対するハードルが下がったことで作品情報に触れられる機会が多くなっていると思います。私自身も、気になる作品が撮影許可されていれば嬉々としてカメラアプリを起動しますし、またSNSで流れてきた画像から素敵な作品に出会うこともあります。美術館や美術作品へアクセスするきっかけとしてはとても大きい役割を果たしているのは間違いない!みんな上手に撮るな~と感心しています。

 

しかし良い面だけでもないのが難しいところ。

個人的に少し複雑な思いを抱いたのは、カメラ越しでしか作品を見ていただけないとき、そして作品がセルフィーのための道具や背景になっている場面に遭遇したときです。

美術館は「作品の実物」があることが強みであり、存在意義でもあります。そして鑑賞とは作品(あるいはそれを作った作者)との対話であり思考することでもあると考えています。

せっかく美術館に足を運んでくださったのならば、まずは自分の眼で!作品と向き合ってほしいなと思います。「面白い」「よくわからん」「キレイ」「色が好き」「嫌い」「かわいい」「なんかここが気になる」「気持ち悪い」などなど、どう感じるかは人それぞれ。気になった作品やもっと知りたいことがあれば解説文を読んでみるもよし、友人や家族と来たならば、それぞれの思いを話し合ってみるもよし。理解するよりも、自分の頭で考えたり、よーく観察したりすると意外な発見があったりもします。

なんだか小姑の小言みたいですが、もちろん、映えるアートを撮りたい気持ちはとてもよくわかるし否定もしません!

ただ(これは私も覚えがあるのですが)、かっこいい写真を撮りたいがゆえに画角選びに奔走したり、近づいて作品を見たい方がカメラの前を「すみません…」と通り過ぎる光景はなんだかな?と思ってしまったりするのです。

 

現在開催中の「物語としての建築-若山滋と弟子たち展-」は、タイトルの通り建築の展覧会です。

当館を設計した若山滋さんが先日のトークで興味深いお話をされていました。

建築というのは当然のことながらその場所に行かなければ見ることができないので、展覧会ではどうしても模型や写真、図面といった二次的な資料が展示されることがほとんどです。

であれば、その場でしか体感できない建築の情報を逆に抽象化して、建築がまとう「物語」、つまり言葉で表現することで想像力を喚起する展示にしたかった、という内容で、

実際に本展では情報を削いだ真っ白の模型とともに言葉を「読む」展示構成となっています(館長ブログも参照!)。

これは美術館で美術作品を展示することと真逆のあり方なんですね。

実物はここにはないけれど、ある方向から照らすことでその陰影を浮かび上がらせる、とでも言いましょうか。その陰影は実物を見てもわからないがゆえに、独自の価値を持ちます。

 

SNSもそんな使い方ができないかしらと思う次第です。

 

★今回唯一の「実物」は美術館の建物そのものです!若山氏が手がけた建築空間をぜひ五感で体感してください。

O

20. 4月 2020 · 臨時休館に入って1か月以上が経ちました。 はコメントを受け付けていません · Categories: 未分類

臨時休館に入って1か月以上が経ちました。

目まぐるしく変化する状況のなかで、まだ展覧会を開催していた3月初めの頃が遠い過去のように思えます。

真っ先に「自粛」を余儀なくされた劇場やミュージアムは今どうなっているのか?

おそらく中の人たちは、今なにをすべきか、何ができるのかということに悩みながら日々を過ごしているのではなかろうかと思います。

私もその一人です。

 

とはいいつつ、実は開館中も閉館中も学芸員の仕事としてやっていることはそんなに変わりません。

展覧会の準備、収蔵作品の管理など、表からは見えないところでおこなっている日常業務を今も粛々と続けています。

この機会に、美術館を休館することで生じる様々な問題を、一般化して整理しつつ考えてみたいと思います。

(もちろん、すべての館の状況を把握しているわけではないので、あくまでも学芸員O個人の見解であることをご理解ください。)

 

休館中の美術館でおこなわれていること

例えば、近年ラッシュの施設改修中であっても、学芸員の仕事がなくなるわけではありません。

所蔵品のコンディションチェック(作品の状態をチェックして記録していくこと。人の健康診断のようなものです。)やアーカイブ整理(作品の写真を撮影したり、データベースを充実させたり)、普段手を付けにくい資料の調査・研究などに力を注いでいます。

つい最近も、桑名市博物館のうれしいニュースがありました。

中日新聞「臨時休館利用し、調査研究で新発見 桑名市博物館」

オンラインではすでに様々な取り組みがなされていて、SNSでは#エア博物館#エア美術館#おうちでミュージアムなどのハッシュタグで作品や展覧会が紹介されていたり、Youtubeでは国立西洋美術館国立科学博物館がギャラリートークをアップしていたりと、各館ができることを模索している様子がうかがえます。

WEB版美術手帖では連日このような国内外のオンラインコンテンツが取り上げられていて、とくに海外の先進的な試みには感嘆するばかり。

 

こうして見てみると、ミュージアムの新しい可能性を見出すことができそうな一方で、じゃあ美術館にわざわざ行かなくても楽しめるんじゃない?という意見も出てきそうです。

美術館に親しんでいる方にとっては、特別な空間で本物の作品に出会う価値をよくご存知でしょうし、私たち学芸員もその体験を提供することに尽力しています。

しかし確かに、混雑するし、空調は効きすぎているし、照明は暗いし、ガラスケースや結界で距離があってよく見えない美術館よりも、家の中にいながらどこまでも拡大できる高精細デジタル画像のほうが作品をよく見ることができる場合もあるでしょう。

モノがあること、実物を見てもらうことを前提に成り立っているミュージアムの根幹を揺るがしかねない事態になったとき、私たちはどうしたらいいのか?

私はまだその答えを持ち合わせていません。

 

展覧会が開かないということ

・スケジュール調整

次に、現在実際に起こっている事態として、「展覧会が開催できない」という問題があります。

美術館では一般的に、展覧会一本につき1年~数年をかけて準備されていて、その間に多くの人の協力を要します。

そのためスケジュール管理はかなり厳密で、予算立て、内容の検討、広報、作品借用がある場合はその交渉、集荷、運搬、そして展示作業と、会期から逆算して無理なく予定を組み立てています。

現在多くの館が、会期途中・会期前に休館になることが急に決まり、その期間が何度か延長していて、いつ再開できるかが明確にわからない、という状況です(少し前までは「〇月〇日まで休館」だった表記が「当面の間休館」と変わる館が増えています)。

中には一度も日の目を見ることなく会期を終えることになる展示もあるでしょう。

再開できたとしても、それぞれの美術館が厳密なスケジュールで動いているので、そのままスケジュールをスライドできるとは限りません。

わかりやすい例では、森美術館で2020年4月8日~6月14日に開催予定だった「ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築」が2023年1月~3月(予定)に延期するというニュースがありました。

なんと、3年後です。びっくりしてしまいますが、国外の組織やアーティストが関わるとなるとさらに調整は困難になるでしょう。

また、美術館が「開館する」=お客様に入館していただく、ということです。つまり作品を鑑賞できる状態にしておく必要があります。

したがって、いつ再開するかわからないけれども、いつ再開してもいいように、再開の判断がなされる前の段階で展覧会を完成させておかなくてはいけません。

当館を含め、今現在休館している館でも、先が見えない中でスケジュール調整に奔走しながら展覧会の準備を続けているところが多いと思います。

 

・予算の問題

運営母体にもよりますが、公立の美術館は基本的に予算を年度単位で組んでいます。

そのため、年度内で事業収支をある程度完結させる必要があり、事業計画を柔軟に変更することが難しいという面があります。

(しかし前述したように、展覧会の準備は年度をまたいで進められており、かつ、学芸員は年度更新などの不安定な短期雇用が少なくない現状と矛盾するところです。。。)

金額が大きい案件であれば入札(決まった条件を提示して、請負者を募集→最も安価な見積額を出した業者に決定するプロセス)をかけることもあるので、その手続きには時間がかかり、素早い動きがとれません。

企業が運営する美術館であれば、単純に収入がなくなるので、ただでさえ採算の取れない美術館の経営が危ぶまれるところもあるかもしれません。

 

・広報のタイミング

デジタル媒体が隆盛を極める昨今ですが、美術館ではいまだアナログにポスターやチラシなどの紙モノを印刷していて、その文化はなかなか廃れません。

かくいう私も展覧会のチラシ(かっこよく言うとフライヤーですかね)を集めるのが好きで、自館の広報物を作るときの参考にしていたりします。

当館の場合は開会の約1か月前には広報物を完成させて、デジタル媒体も併用しながら各種広報を展開します。

そこから逆算すると、開会の3~2か月前くらいからデザインの検討を始めます。

デザイナーや印刷会社と打ち合わせしながらデザインの細部まで詰め、微妙な色味の調整(作品画像を印刷物に使うことが多い美術館の広報物。できるだけ本物の印象を損なわないよう、インクの乗り方や紙の質感などにも気を使います。)を重ねながらようやく納品される、何万枚もの紙の束。というか山。

展覧会が開けられないとなると、それらが無駄になってしまいます。

すでに全国に配布された後に中止や延期が決まった展覧会も多く、今は各館から「中止のお知らせ」「延期のお知らせ」「チラシの回収」といった書面が届いています。作成の手間や追加の郵送料もかかります。

名古屋市美術館で4月25日から開催予定だった「みんなのミュシャ」展のポスターが名古屋駅に掲示されていましたが、会期の日付の上から「開幕が延期となります」というシール?が貼られていました。すべてのポスターに貼りに回っているんでしょうか…大変です。

 

・美術品輸送、ディスプレイ

作品を展示するにあたり、学芸員だけではできないこと、プロの協力が不可欠な場面がたくさんあります。

その最たる例が美術品の輸送と展示です。

ここでお世話になるのが、美術品の扱いと輸送に習熟した専門のスタッフです。

細心の注意を払った梱包技術、適切に温湿度管理され、安全面とセキュリティに特化した輸送技術、そして多様な作品の形態に合わせた展示技術によって、私たちは国内外の作品を、適切な環境で鑑賞することができます。

海外と比べて、日本の美術専門業者の技術はとくにすぐれていると言われていますが、特殊性ゆえその数は限られていて、複数の美術館が同じ会社に委託することもしばしば。

展覧会が開催されないことで、彼らの仕事にも影響が出ています。

 

また、展覧会の会場で目にするキャプション(作品情報が書かれた名札のようなもの)や解説のパネル、セクションごとに色が変えられた壁、展示台などなど、展示をよりよく演出するための設えを形にしてくれるのは、空間デザイナーやディスプレイ業者です。

展覧会によっては床から天井まで、部屋丸ごとを限られた期間のためだけに作る(ちょっとした建築工事です)こともあり、ときに本来の展示室の状態がわからないほどに作りこまれた会場もありますね。

展覧会に合わせてその環境・空間まで設えるのは、来館される方々が鑑賞に埋没できるように、そして作品の良さをより引き立てるためです。

そしてお気づきかと思いますが、ここまでのことをするにはかなり費用がかかる場合もあります。

一つの展覧会の中止で数百万の案件が飛ぶことにもなります。業者の損失は大きいでしょう。

 

・館内のスタッフ

これも館によりけりですが、展示室の要所要所にいる看視スタッフや警備員は、非正規職員や派遣アルバイトの枠で雇用されていることが多く、彼らの収入保障も考慮しなければなりません。

(看視スタッフの視点で美術館の中を描いた漫画『ミュージアムの女』は電子書籍でも読める!おすすめです。)

ミュージアムショップ、カフェやレストランは外部委託のところもあるでしょうね。お客様が来なければ収入はありません。

ネット通販は可能かもしれませんが、展覧会に関連したグッズや図録などは、展覧会が開催されていない状態では売ることもままならないのではないでしょうか。

このほかにも、たくさんの人々の協力によって、美術館の運営は支えられています。

 

・アーティストの負担

言わずもがな、です。

とくに現存アーティストの場合ですが、数年前に決定された個展ともなると、アーティストは会期に照準を合わせて集中して作品を制作し、準備し、構成を練ります。

オリンピックという特別な場で最高のパフォーマンスができるように鍛錬を重ねるアスリートと同じですね。

不測の事態とはいえ、突然表現の機会を失ってしまった芸術家たちの思い、そして経済的な側面も含めた損失というのは、私たちが想像する以上に過酷なものだと思います。

モチベーションを維持するのも大変でしょう(アーティストじゃなくても大変ですよね)。

 

しかし、この状況で私たちの心を救ってくれているのは彼らの創造力に依るところが大きいはずです。

こんな状況だからこそ、芸術がますます必要とされているように感じます。

文学、音楽、美術、演劇、映画、ダンス…などなど、stay homeしながら楽しめるこれらの術が、この世にあってよかったと心底思いますし、ネットのあちこちで、日夜表現活動を私たちに提供してくれているアーティストたちに感謝の意を表したいです(しかし無償の提供が当たり前ではないことも強調しておきたいです)。

優先順位はいつも低く、軽んじられ、消費され、利用されてきた芸術が、今、私たちの人間らしさを保つ力になっていることを、忘れないでほしい。

 

***

今はどんな職種も(もちろん仕事をもっていない方も)未曽有の危機のなかで苦労を強いられています。

恨み節にならないように、休館という状況を受け入れたうえで、いまだブラックボックス視されている美術館の仕事を知っていただけたらと、できるだけ客観的に記述したつもりです。

こんな長い文章をここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

命を守ることを最優先に、ともにこの危機を乗り越えましょう。

そして、開館の折には、また当館にお越しいただければうれしいです。

 

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29. 3月 2020 · 美術館で「よくみて、考える」ということ はコメントを受け付けていません · Categories: 未分類

こんにちは。

 

前回のブログ(http://museum-kiyosu.jp/blog/curator/)の通り、学芸員のFさんがご卒業されました。

そしてこのブログを書いている学芸員IがFさんの後任として、今後みなさまに美術館のいろいろを発信していきます。

 

3月のはじめ、この美術館にやってきましたが、

残念なことに、コロナウイルスの影響で臨時休館することになってしまいました。

そして臨時休館は4月末まで延長になりました。

 

今日は寒いですが、だんだんと春が近づいてきています。美術館近くでは菜の花が咲いています。

 

さて、今回は新たにやってきたIの今後の抱負を綴っていきたいと思います。

わたしの抱負は、

 

美術館での活動を通じて「よくみて、考える」経験を多くの方々と共有すること

 

です。

 

突然の質問ですが、日常のなかで、なにかを「よくみる」ことはありますか。

 

忙しない日々を過ごしていると、ふぅと気持ちを落ち着けて、なにかをじっとみてじっくり考える機会は少ないように思えます。

 

わたしは、作品をよく知るためには、「よくみて、考える」ことがとても大切だと考えています。

作品のキャプションに記載された「情報」も重要ですが、

まず自分の目で作品をよくみて、なにがどんなふうに描かれているのか確認し、

そこから疑問や気づきをみつけることが、作品の深い理解につながると思います。

 

作品は必ずしも誰がみても明らかな表現をしているとは限りません。

そのため、作品をみたときに、人によって異なることを感じ、考えることは不思議なことではないのです。

 

作品はみる人に多様な解釈をもたらすという前提で、他人と共に作品をみると、

自分とは異なるみかたや意見が現れたとき、

「こんなみかたもあるのか!」とわくわくすると思います。

多様な意見を共有し、尊重し、楽しむことは、

自分とは異なる意見を排除する傾向にある現代において、とても大切だと思います。

 

来館された方が、美術館で「よくみて、考える」経験をし、

その経験を普段の暮らしにまでつなげ、

日常がわくわくすることに包まれるような展覧会やイベントを企画していきたいと思います。

 

美術館でわくわくしましょう。

 

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