22. 11月 2025 · アーティストシリーズ+ 対話する風景 リレートーク[植田陽貴] はコメントを受け付けていません · Categories: はるひ絵画トリエンナーレ, 展覧会

開催中の企画展「アーティストシリーズ+ 対話する風景」では、過去の「清須市はるひ絵画トリエンナーレ」入選者から植田陽貴さん、阪本結さん、谷内春子さんをグループ展形式でご紹介しています。
前回、前々回に引き続き、今回も関連イベント「アーティストリレートーク」より、植田陽貴さんのトークをご紹介します。

植田陽貴(撮影:谷澤撮影)

アーティストリレートーク
日時:2025年10月11日(土) 13:30~(1時間ほど)
出演:植田陽貴、阪本結、谷内春子(いずれも出品作家)
聞き手:加藤恵(清須市はるひ美術館学芸員)

展示風景・作品写真|撮影:麥生田兵吾


加藤:私は「第10回はるひ絵画トリエンナーレ」で初めて植田さんの作品を拝見して、どこか不思議な印象の絵だなと思いました。今回は入選作のプロトタイプとなる作品も出品していただいています。一貫して神聖、神秘的な風景を描き出しているところが特徴と言えるように思いますが、一方で、やはり筆の動きが見えてくる。絵具をキャンバスの目に引っ掛けるような描き方だったり、絵筆を動かす時の物質感も受け取れます。
まずは、描いているモチーフや風景について教えていただけますでしょうか。

《注釈のない国》油彩、キャンバス 45.5×38cm 2021 年(第10回はるひ絵画トリエンナーレ入選作のプロトタイプとなる作品)

植田:寒い場所が好きなので、とにかく北へ北へ取材に行くことが多いです。その場に自分が行って取材して、そこで感じた肌感覚、風が強くて森がザワザワしていたとか、光が眩しかったとか、その感覚を絵画表現に落とし込みたくて描いています。

《世界の合言葉は、》油彩、キャンバス 227.3×181.8cm(2点) 2024 年

加藤:《世界の合言葉は、》も、取材を元に描いたものですか。

植田:複合的ではあるのですが、今、奈良と三重の県境にある森で週1日仕事をしていて、同じ森を定点観測していると1週間で森の色が変わっていたり、天気によっても見え方が変化するので、(この作品は)その森の集合体のようなイメージです。実際に森の中の“ここ”という場所は決まっていないのですが、 森を歩いている最中によく見る木とか、印象的な場所は何回歩いても同じだったりします。

加藤:人物も描かれていることが多いですね。

植田:人型のものを描く時と、後ろ姿の人間として描いている時があります。人型のものは人間というより自分とは違うもの、境界線の向こう側にいるものたちとして描いています。山深い森の奥へ入っていくと、これ以上先に進むと人間の領域じゃないと肌感覚で感じる場所がある。その境界線の向こう側にいる存在や、彼らの領域のようなイメージです。

加藤:そういうものを描くきっかけは何かありましたか?

植田:ずっと境界線が気になっていて、生きているものとそうではないものとか、人間と動物、国籍や言語の違う人たちとか。境界線のこちら側と向こう側は、自分がいる場所を少しずらすと向こう側の景色や見えるかたちも変わる、といったことが気になっています。

《母語》油彩、キャンバス 162×130.3cm 2025 年

加藤:《母語》のように、焚き火や火のある風景もこれまで長く描かれていると思います。火の風景についても教えてください。

植田:火は、私が今考えている境界線のこちら側と向こう側の存在全てに共通する言語であると考えています。祝う時にも弔う時にも使われるし、明るさだったり、何かを食べる時にも使う。そこから火を言語として扱っています。《森の翻訳機》で描いている彼らが持っているものは、小さい声、小さい言葉としてランタンを持たせています。

《森の翻訳機》油彩、キャンバス 50×60.6cm 2025 年

植田:《母語》は大きな火で、人型のものと、抱いているのはよく猫と言われるのですが子鹿です。奈良に住んでいるので鹿が身近なのですが、 私は鹿のことを隣人と定義していて、外のものだけど一番近い他者。その鹿の子どもを抱いています。

加藤:奈良だと鹿は神の使いと言われていたりもしますね。

植田:森にもいて、道で遭遇したりします。

加藤:《世界の合言葉は、》では、右端の後ろ姿の人物は割と私たち鑑賞者に近い存在のようですが、《母語》では向こう側の存在がこちらを見つめていて作品を観ている私たちと対面しているようですね。

植田:(《母語》の人型は)目は合うけど通じるような通じないような。《whispering》でも、言葉(ランタン)を持ってはいるけれど目が怖い。これは青森を取材した作品です。

《whispering》油彩、キャンバス 145.5×112cm 2024 年

加藤:《whispering》では、向こう側の人が動きながらこちらを見ているのも特徴的ですね。
《光について》は、火ではなく光を描いていますが、これは実際に光が乱反射している風景に遭遇したのでしょうか?

《光について》油彩、キャンバス 162×130.3cm 2024 年

植田:もとはエノコログサ(猫じゃらし)のような植物がたくさん咲いている様子を写真に撮ったら(エノコログサが)反射して写ったものを描いています。私はとても目が悪くド近視で、ずっとそれが自分の弱点だと思っているのですが、ぼやけた視界で一番はっきり分かるのは光と色なので、光は気になるものなのだと思います。

加藤:確かにピントのあっていないぼやけた風景のように見えます。描き方についても聞いてみたいです。筆跡を残しながら薄めの絵具を重ねて描いているように見えますが、描き方について普段意識していることはありますか?

植田:私はなるべく短い時間で絵を完成させたくて。長く取り組むと視野の狭さも相まって絵具がねちゃねちゃになるので、なるべく一発で決めたいという考えが強くあります。《光について》もドローイングを描いた後にF3号サイズの作品で一度発表しているのですが、 それをもとに(今回出品している作品は)F100号サイズで描きました。この作品もほとんど一晩で描いています。絵具が乾かない間に一番明るい部分をぬぐい取ったりするので、とにかく迷わずザッと描けるようにと思っています。絵具が薄いのはそのためでもあります。

加藤:一気に描くのは、自分の中に溜めていたものを一気に吐き出すようなイメージでしょうか?

植田:できれば居合切りのように描きたい。そのために小さい絵やプロットをたくさん描いてなるべく迷わないようにと思っているのですが、やっぱり大きな絵は小さい絵を拡大するだけでは描けないので迷いはします。

ドローイング(筆者撮影)

加藤:植田さんはドローイングもたくさん描かれていて、しかも紙ではなくキャンバスをA4サイズに切ってそれに油絵具でドローイングをされている。今回は特別に資料コーナーでファイリングしたものを出品していただきました。ドローイングは自分の中のイメージ出しでもあり、描きの訓練でもあるのでしょうか?

植田:はい、筆運びや絵具選びを迷わないように、ドローイングは筋トレだと思っていて、深く潜る訓練と呼んでいます。

手前《みなも》油彩、キャンバス 116.7×116.7cm 2024 年
奥:《願いを言え》油彩、キャンバス 46.5×42.5cm 2025 年

加藤:今回は奥のスペースにも作品を展示しています。植田さんがこの展覧会のために下見に来てくださった時、このスペースも使ってみたいと提案されて。面白い展示になったと思います。《みなも》は水面を描いた作品ですね。

植田:これは琵琶湖ですね。琵琶湖は家から通えるのでたびたび行っていて。《あわいに舟》も琵琶湖でカヤックに乗った経験をもとに描いています。

《あわいに舟》油彩、キャンバス 45.5×38cm 2023 年

加藤:ありがとうございます。また他の作家さんお2人からもご質問ありますでしょうか?

谷内:資料コーナーのドローイングを拝見して一発で描きたいという感じがとても伝わってきて、 今お話を聞いてやっぱりと納得したのですが、一方で《世界の合言葉は、》は少し違う印象を受けました。 割とじっくり描かれたのかなと。

植田:トータルで1週間かかっていないくらいですが、サイズが大きいのでどうやって整理するかは考えていました。森のザワザワした感じを筆致で表現できないかとか、なるべく色数も絞って、 細かい描写を重ねましたが、時間はそれほどかかっていないです。

谷内:そうなんですね。他の作品は目が合うとか、印象が一瞬で決まるのですが、《世界の合言葉は、》は時間を感じるというか、じっくり観て、観る側も考える、そういう時間も含めて表現されてるように思いました。

植田:自分の中で最大サイズの作品だったので試行錯誤はあったと思います。

加藤:確かに私もこの作品はちょっと違う印象を受けました。他の作品は真正面の印象が強いですが、《世界の合言葉は、》は斜めの視線誘導があるというか、先に左手の人型に視線が行って、その後右手の人間に目が行く。(時間を感じるのは)観る側の視線の動きもあるのかなと思います。このような斜めの構図の作品は今までもありますか?

植田:2枚組、3枚組で間隔を空ける展示はよくやるのですが、この作品は描く前に展示する場所が決まっていて、作品の前にベンチがある場所だったのでじっくり観れる絵にしようと考えていました。場所ありきで描くことはよくあります。

阪本:私は色の使い方が気になって、作品によって色が果たしている役割が違うように思いました。例えば《あわいに舟》のカヤックは鮮やかな色が使われていて一気に目を引く。あるいは全体がモノトーン調で一部だけ濃い色が使われいたり、絵のポイントとして彩度を変化させているのかと思いきや、《5月の風》などはまた違った色の使い方をしている。それが作品のテーマなのか、制作過程の中で決まってくることなのか気になりました。

植田:取材した時の風景の温度ですかね。特に《5月の風》は5月、しかも島を取材したものだったので、その違いもあると思います。

《5月の風》油彩、キャンバス 22×27.3cm 2024 年


こちら側と向こう側、その境界線など、植田さんが描く神秘的な風景に入り込んでいくような興味深いお話をお聴きすることができました。植田さん、ありがとうございました。

企画展「清須市はるひ絵画トリエンナーレ アーティストシリーズ+ 対話する風景」は12月4日(木)まで開催しています。
3人の作品による展示空間をぜひお楽しみください!

清須市はるひ絵画トリエンナーレ アーティストシリーズ+ 対話する風景

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16. 11月 2025 · アーティストシリーズ+ 対話する風景 リレートーク[阪本 結] はコメントを受け付けていません · Categories: はるひ絵画トリエンナーレ, 展覧会

開催中の企画展「アーティストシリーズ+ 対話する風景」では、過去の「清須市はるひ絵画トリエンナーレ」入選者から植田陽貴さん、阪本結さん、谷内春子さんをグループ展形式でご紹介しています。
今回のブログも関連イベント「アーティストリレートーク」より、阪本結さんのトークをご紹介します。

阪本 結(撮影:谷澤撮影)

アーティストリレートーク
日時:2025年10月11日(土) 13:30~(1時間ほど)
出演:植田陽貴、阪本結、谷内春子(いずれも出品作家)
聞き手:加藤恵(清須市はるひ美術館学芸員)

展示風景・作品写真|撮影:麥生田兵吾


《Landsccapes》油彩、キャンバス 194×157cm(6 点) 2023 ~ 2024 年

加藤:《Landsccapes》を最初に観た時は、ひとつの風景をパノラマ的に描いているのかと思いました。しかしよく観たら異なる複数の風景がうねるように繋がっていることに気づいて、それが一つの画面の中で面白い表現になっていると感じました。あと、やはり線の描き方に特徴があることも今回展示していただきたいと思った理由です。
まず、風景を描くことについて何か考えていることはありますか?

阪本:モチーフで言うと、私は自分の住居とアトリエの2拠点があり、その周辺の風景を描くことが作品全体で共通しています。普段何度も通る道で写真を撮るのですが、初めて旅行に行った場所で綺麗とか感動とかで写真撮るのではなく、昨日これぐらい(の高さ)だった草がこれぐらい伸びていたとか、昨日ここに停まっていた車がないとか、いつも可愛いと思っている犬が今日も散歩していて嬉しいとか、 初めて見るタイプの犬だとか(笑)。そういった毎日歩いてて気づくものを撮り溜めています。作品をつくろうと思った時に自分の写真アルバムを見返すと、ずっと工事現場を撮っていたり、工事の時に誰かが地面に書いた目印がかっこよくて撮り溜めていたり、その時々で私のトレンドがなんとなくあって、その変化も面白いなと思っています。《Landsccapes》は2016年頃から描いているので、10年弱同じようなフォーマットで描き溜めているのですが、 こうして同じ空間に並べると、私のトレンドも違うし、住んでいる場所も変わっているので、ある時は山だったのに急に街になったり。私の生活に基づいて周りの環境も変化しているから勝手にモチーフが変わっていく。そういうところを楽しんで描いています。

加藤:《Landsccapes》でいうと、向かって右から左へかけて制作年が新しくなっていますが、最初の頃は建物など見えているものが割とはっきり描かれていて、それが道路だったり空白の部分でつながっています。だんだん線が増えて何を描いているのかはっきりしない作品になっていく。この変化について、ご自分の中で何かきっかけがあったのでしょうか?

《Landsccapes》展示された6点の内5点

阪本:山の近くに住んでいた頃は草をたくさん描いていたので(草をモチーフにして)画面をつくることは慣れていたのですが、 街中に引っ越してから《Landsccapes》を描いて景色が変わったという実感が最初にありました。それをどうしたら草を描いていた頃と同じように描けるのだろうと思い始めて。 特に地面は場所によって全然違う。タイルの時もあるし、アスファルトの時もある。正解も見つからないままひたすら描いていたのですが、次第に地面をくっつけて描く方法に少し慣れてきたんですよ。そうしたら、線をたくさん使って街も描けるようになって、 もう一度草をたくさん描いてみようと。それで左側の(近年の)描き方に移っていきました。

加藤:今、線のお話が出ましたが、左側へ行くにつれて線による表現の幅がどんどん広がっていく。あと、例えば左から3番目の作品などは描いているものではなくて線自体が強調されて見えてくるところもあります。線を描くことについて何か考えていることはありますか?

《Landsccapes》展示された6点の内、左から3点目

阪本:線を線として描くということでは、先ほど話した工事の時に地面に引かれている白線や印がきっかけだったりします。もともと、風景を線の集積、積み重なりで絵にしたいという考えがこの制作スタイルでは最初にありました。それを思いついた一つの理由に、アメリカ合衆国って(地図で見ると)州が直線で区切られているじゃないですか。 あれは地形に合わせて区切っているのではなく、誰かが定規で引いたような線です。目の前にあるものを何かの都合で区切って線を引いていくところが、人がいる世界の一つのかたち、一つの表象なのかなと。人がいる場所を描きたいと思った時に、その象徴の一つとして勝手に引かれた線というものが自分の中にモチーフとして出てきて、 線の集積を描いていったら、時間の表現もできるし、場所の表現もできる、人の痕跡の表現にも繋がるんじゃないかというところから、線を重ねていく発想になりました。なので、地面に引かれている線は自分の発想の根源的な部分でモチーフとしてあります。

加藤:線を重ねていく「描き方」と同時に、風景や描く対象を自分自身が「見ている」ことも、阪本さんの制作において重要なのではないかと思います。 見ることと、 実際に線を引いて描くことについて、自分の中で何か繋がりはありますか?

阪本:見ることはとても大事な気がしていて、最初にいつも何気ない道で写真を撮るという話をしたのですが、その時には気づいていなかったけど、後から(作品制作のための)コラージュをつくる時にもう一度写真を見て「あ、こんなところに鳥がいる」みたいな。写真に写り込んでいるものに気づくことって意外とありますよね。同じものを何度も見返すことが理解することに繋がるという実感が制作の中にあって。そして、つくったコラージュを描く時に「あ、ここ繋がってる。」とか。本当に小さい気づきの積み重ねなのですが、見るを重ねることによって、やっとそのものを理解するところがあるのかなと。それが描く行為の中にもあって、この線、この形ってどうなっているんだろうと思った時に指でなぞってやっと気づくとか。《植木鉢の絵》などは色鉛筆も使っていて、色を乗せる時に画面との距離が近いのですが、描きながらこうなっていたのかと気づくとか。それを(描く)方法を変えてずっと繰り返しています。

《植木鉢の絵》油彩、キャンバス 91×116cm(2 点)2025 年

 

《植木鉢の絵》のもととなるコラージュ (阪本さんのアトリエにて筆者撮影)

加藤:スピード感のある線が多いように思うのですが、描く時のスピードについて意識していることはありますか?

阪本:線が一発で決まるとは思っていなくて、何度もやり直して描くから一回の判断が早いのだと思います。形を探ってる線も(作品に)残っているのですが、その線が“たくさん見た”ことの痕跡というか、物を見ることのリアリティとして線がたくさんある状態が 、私の思う「風景を見て描く絵」の形かなと思っています。それがブレてアニメーションのように見えてよりスピード感が出るのかもしれないです。

加藤:最初に当たりをつけるような線も消さずに描き進めるんですね。一方で《泥団子》は少し描き方が違うように思います。これは近所の子どもたちがつくった泥団子を並べて、それを見て描いたものでしたね。

《泥団子》油彩、キャンバス 15×21cm 2023 年

阪本:ずっと大きなサイズの絵を描く研究をしてきたので、小さい絵を描こうとした時、大きな作品のミニチュアを描いても意味がない、何か象徴的なイメージがないかなと思い、直感的に泥団子がいいんじゃないかと。最小限の風景のようなイメージです。

加藤:サイズによって描き方の違いは何か意識されましたか?

阪本:色をたくさん入れると情報があふれてしまうので、まずはモノクロにしました。線の手数もたくさん入れると何を描いているか分からなくなるので、シンプルに情報がそぎ落とされています。泥団子は割と抽象的、幾何学的な形態なのでスケール感もあまり分からない。

加藤:ありがとうございます。また、他のお2人からのご質問もお聞きしてよいでしょうか?

谷内:額装されている作品《背割堤》などは、事前にエスキース(下絵)のようなものとして描いているのでしょうか?

《背割堤》ペン、紙 41×52cm 2024 年

阪本:エスキースではなく作品として描いています。これも小さい作品を描く練習のひとつなのですが、このサイズを筆で描くとすぐに終わってしまうので、悩んだ結果ミリペンを使っています。筆先がミリなら線をいっぱい引いても同じ密度になるんじゃないかという発想で(笑)。去年、一昨年ぐらいから始めている実験的なシリーズです。

谷内:色がない(モノクロな)ので、他の作品と少し違う感じがして。大きな作品は動きがありますが、額装作品になると動きよりも集中して迫ってくる感じがあると思いました。

植田:制作過程について、コラージュをされるとおっしゃっていましたが、実際に紙を使ってコラージュをつくるのか、デジタル上でおこなうのか。また、コラージュしてイメージを重ねる時のルールのようなものがあるのか気になりました。

阪本:撮った写真は全部モノクロで印刷したものをハサミで切ってノリで貼ってコラージュしています。1メートル四方のものを一塊として1個のコラージュをつくります。好きなだけコラージュをつくった上で、キャンバスにあわせて必要な部分をつくり足したり、合体させたり、切り取ったりします。そのコラージュを見ながら、この風景が目の前に広がっていると想像して描き進めていく。《Landsccapes》では半端に残ったコラージュをどんどん足していけば永久に描けるという設定で制作していて、全体では9点作品があるのですが、今回は壁に収まる点数として6点を展示しました。

作品制作のためのコラージュ(阪本さんのアトリエにて筆者撮影)


物を見ることのリアリティ、そして作品に線がたくさんある状態が 私の思う「風景を見て描く絵」の形、という言葉がとても印象的でした。阪本さん、ありがとうございました。

リレートーク、次回のブログでは植田陽貴さんを取り上げます。
どうぞお楽しみに!

清須市はるひ絵画トリエンナーレ アーティストシリーズプラス 対話する風景

12. 11月 2025 · アーティストシリーズ+ 対話する風景 リレートーク[谷内春子] はコメントを受け付けていません · Categories: はるひ絵画トリエンナーレ, 展覧会

公募展「清須市はるひ絵画トリエンナーレ」の受賞者・入選者による展覧会「アーティストシリーズ」。開館当初からこれまで100名以上のアーティストを紹介してきたこの展覧会は、新進作家たちの挑戦の場という役割も担ってきました。

今年度は「アーティストシリーズ+(プラス)」として、過去の入選者から植田陽貴さん、阪本結さん、谷内春子さんをグループ展形式でご紹介しています。各々の特徴的な絵筆の動き、そして3人の作品に共通するテーマ「風景」をもとに、それぞれの作品がひとつの展示室の中で繋がっていく心地のよい展示空間となりました。

今回は10月11日に開催した関連イベント「アーティストリレートーク」より、谷内春子さんのトークをご紹介します。

谷内春子(撮影:谷澤撮影)

アーティストリレートーク
日時:2025年10月11日(土) 13:30~(1時間ほど)
出演:植田陽貴、阪本結、谷内春子(いずれも出品作家)
聞き手:加藤恵(清須市はるひ美術館学芸員)

展示風景・作品写真|撮影:麥生田兵吾


谷内:これまでの制作から「風景」を自分の中で捉え直していた時に、庭(日本庭園)における見立てや、空間の伸び縮みが気になることだったと感じて。色と形によって絵はできているという割り切りの中で、風景をつくり替えていく時にどのような見立てが成り立つのか。絵があることで、観ている人に作用する、そんなやり取りができる場を提案できるのではないかと思って制作しています。

加藤:「空間の伸び縮み」はとても面白い言葉ですね。具体的にもう少しお聞きしてもよいですか?

谷内:例えば《Lie on #1》《Lie on #2》の青い横軸の帯や、緑の濃い色、薄い色は、一見すると絵具のストロークですが、それが田園や湖など見る側がイメージを寄せていくことで急に広い風景に見えてきたりする。観ている人の想像によって絵が伸びたり縮んだりするとも言えると思います。

展示風景
中央:右《Lie on #1》、左《Lie on #2》 膠彩、麻紙 2025年

加藤:抽象的な色と形の配置という点では、ヨゼフ・アルバースの色彩構成などが思い浮かびますが、そういった考え方と谷内さんの作品はまた違うようにも思います。その理由はやはり風景を描いているということなのかなと。「風景を描く」ことについて考えていることはありますか?

谷内:さっきも庭の話が出ましたが、枯山水などを見ることが好きで、岩が山だったり、砂利が海だったり、風景に置き換えて見立てる感覚に寄り添える面白さがあります。いつもさりげなく見ている風景の記憶が積み重なって自分の中でイメージとして生まれてくる。風景って誰しもが持っている共通の記憶という感覚があるのかなと思います。

加藤:谷内さんは自分が見た風景を描いているのかもしれないけれど、 作品を観る人はそれぞれの記憶の風景と繋げることができる。 さっきの「伸び縮み」の話にも繋がっていくように思いました。谷内さんはプリズムの光をテーマにされているとのことですが、「Lie on」シリーズなどもそうですか?

谷内:はい、黄色の形は光の動きのようなイメージが最初にあります。 プリズムから分光した虹の光そのものを描いているのではなく、プリズムの光を使って部屋の中で遊んだ時に光がチラチラ動く感じを記憶していて、 その動きだったり、光がたどる空間の感覚だったりを絵の中で置き換えて成立できないかと考えています。また、画面の奥にある帯状(グリーンとブルーの部分)をグラデーションにしているのは若干その時の記憶から来ています。

展示風景
手前:《四角形の空想・5つの対話》 奥:《四角形の空想・器》 膠彩、白金泥、銀箔、紗 2025年

加藤:「四角形の空想」シリーズは、なかなか観たことのないタイプの作品だなと思いました。とても薄い布に描かれていて、描かれている形と後ろの影が一体になって浮かんでいるように見えます。

谷内:最初はもう少し半透明の絹本に描いていてそれが透明に対する答えだったのですが、 白い膜が邪魔になってきて。 本当に透明になったらどうだろうと思い紗の素材にたどり着きました。 実像と虚像、絵具と影、そういうものがつくり出す世界、頭の中で重なって見えてくる不思議を、 実際の影と絵具で描かれたイリュージョンによって見えてきたら面白いかなと思い描き始めました。

《四角形の空想・5つの対話》部分

谷内:実は、四角形にたどり着いたきっかけもプリズムです。 四角形の形を絵に写していると、平面だけど奥行きを感じるなど不思議な感覚が四角という形態にはあり、そして(複数の)四角形を重ねると最初は見えていなかった奥行きが見えてくる。そういったドローイングの中で起こっていることは、 描いている人は(途中の過程や変化を通して)知っているけれど、 出来上がったものからはあまり感じられない。そのような経験から、この作品では観る人が動くと影と絵の角度も変わり、見え方が変化する、影も含めることで(そういった経験が)生まれないかなという考えもありました。

加藤:今回、谷内さんが執筆された博士論文などを資料コーナーで展示していて実際に読む事がことができます。谷内さんの文章の中に「知覚する」という言葉が度々出てくるのですが、まさにこの作品でも大事なキーワードではないかと思います。作品と鑑賞者の間にある「知覚する」ということについてお聞きしてよいでしょうか。

谷内:それは庭を見る時の感覚ともつながっています。人間だからこそ感じられる奥行き感がとても面白いなと思っていて、それを作品化しようとした時の試みが(作品には)全部入っています。 人間の頭の中でつくり出されるイリュージョンと、 物質との間に起こる不思議な関係を見えるようにすることが、知覚している感覚を見せるということなのかなと自分では考えています。

加藤:谷内さんが「四角形の空想」シリーズを描いている時、図像と同時にその影も現れてくる。 そういった制作過程で起こる知覚を、鑑賞者と作品との関係にも共有していると言えるかもしれませんね。

《Nature -Whispers of sea and mountain#1》膠彩、麻紙 2025年

加藤:《Nature -Whispers of sea and mountain#1》は、この夏に谷内さんが高知県で滞在制作をされた時に、現地でウニを収集してそのトゲをすりつぶして顔料にして使用していると伺っています。

谷内:(現地では)ウニが海の中で大量発生して漁師さんたちが困っていました。ウニは岩を食べてしまい餌がなくなって魚にとっては悪い存在という厄介者なのですが、(トゲの)色はすごく綺麗で。紫ウニという種を使っていて、 濃い黄色い紙に描いているのでちょっと茶色に発色していますが、紫色の絵具になるんですね。日本画では(鉱物や貝などを)つぶして細かくした顔料を膠という接着剤でつけることで絵具として使用できるので、この作品では(滞在制作先の)地元の素材を絵具にして描きました。

加藤:今回の展覧会へ向けた打合せの中で、今度高知へ行ってウニを顔料にしてみようと思っているというお話を聞いた時はびっくりしましたが、 実際に作品を観たらとても綺麗な色ですね。高知の滞在制作ではウニの他にも、水晶などの鉱物も収集されていて、そういった自然物も資料コーナーで展示しています。

資料コーナー(部分) 高知県で滞在制作した際に収集した自然物

加藤:最後に、リレートークということで他のお2人の作家さんから谷内さんの作品についてご質問などあればお願いします。

植田:「四角形の空想」シリーズは、制作時に影まで想定して(壁から)浮かせて描いているのでしょうか?

谷内:実際に描いている時は(作品のフレームを)直接壁に引っ掛けて描いているので、(この展示のように)ここまで壁から離して描けてはいないです。 なので影と絵の関係のブレは少ないのですが、ただ、展示する時の照明によっても結構見え方が変わるので、ライティングの調整でも見え方の操作はできるなと思います。今回は少し斜めから照明をあててもらいました。

《四角形の空想・5つの対話》部分

阪本:出品作品の中で《Nature -Whispers of sea and mountain#1》だけ直線で構成されているように思いました。描く時の気持ちの違いなどあったのでしょうか?

谷内:プリズムの光は平らな場所だと直線の光が走るのでモチーフは同じです。自分の中で感覚的なところを作品に出すと直線になるという傾向があって、今回は直線を素直に使って、メインは海だったり、素材の見え方がささやいているようにしたいというところがありました。素材自体をより敏感に出すには形があまり主張しないほうがいいということもあり、この作品は直線にしました。

展示風景


制作にまつわる貴重なお話をしてくださった谷内さん、ありがとうございました。

リレートークはまだまだ続きます。
次回のブログでは阪本結さんを取り上げます。
どうぞお楽しみに!

清須市はるひ絵画トリエンナーレ アーティストシリーズプラス 対話する風景

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27. 2月 2025 · 原田章生 ギャラリートーク はコメントを受け付けていません · Categories: はるひ絵画トリエンナーレ, 展覧会

企画展「はるひ絵画公募展アーカイブ1999―2021 絵描きとともに」関連イベント第二弾は、第1回夢広場はるひ絵画展(1999年)の大賞受賞作家・原田章生さんをお招きしてギャラリートークを開催しました。

大賞受賞時からその後の活動を通して感じたこと、考え方・意識の変化についてお話をうかがいました。聞き手は本展担当学芸員の加藤恵です。

このブログではトークの様子を一部ご紹介します。


原田章生(はらだ あきお)
1974年愛知県生まれ、1997年名古屋造形芸術大学芸術学部美術学科卒業。
第1回夢広場はるひ絵画展(1999年)大賞受賞。
長年、シンガーソングライターとして音楽活動にも携わり、美術と音楽の両方で活動を展開している。


原田章生《犬の力》1999年 油彩、テンペラ 清須市はるひ美術館蔵

加藤:受賞作《犬の力》をご覧になるのは久しぶりではないかと思いますが、いかがですか?

原田:制作していた24歳の頃の生活感や聴いてた音楽が蘇りますね。当時は赤い線を輪郭に入れるのが自分の中で流行っていて、この時なりにいろいろ考えてやっていたなと思い出しました。

《犬の力》(部分)

加藤:制作時は大学に在籍されていた?

原田:名古屋造形芸術大学(現:名古屋造形大学)の嘱託職員として助手をしていました。3年契約のちょうど3年目の時で、自分の現在地を知りたいという気持ちもあって初めて公募展に挑戦しました。学生たちにも「こんな公募あるよ」と薦めたりして、そしたら自分が大賞を取ってしまった(笑)。

加藤:当時は全国的にもいろいろな公募展があったと思いますが、公募に出品することについてどのように考えていましたか?

原田:何かになったらいいなという感覚ですね。やっぱり美術の道に進み始めて不安はあったので、認められるものがあったらいいなという気持ちは常にありました。でも実際に出品したのは、はるひ絵画展と熊谷守一大賞展(中津川市)の2つだけですね。

加藤:その2つのうち一方のはるひ絵画展で大賞を取られたわけですが、受賞の報せを受けた時はいかがでしたか?

原田:この時は、何月何日の何時に受賞の報せが来る事になっていて、自宅で待っていたのを覚えています。変に自信はあったというか、なぜかいけるんじゃないかと勝手に思っていて、でも予定の時間に電話が来なくて。もうダメかなと思っていたら「審査が難航して遅くなりました。おめでとうございます。」と当時の学芸員さんから電話でご連絡をいただきました。

加藤:はるひ絵画展は1人2点まで出品できたのですが、原田さんも2点出品されていました。もう1点の作品《上(かみ)のチカラ》も、実は当館に収蔵されています。審査では2点セットで物語が感じられるところも評価されたようです。

原田章生《上のチカラ》1999年 油彩、テンペラ 清須市はるひ美術館蔵

原田:それは全然考えていなかったです。もちろん同時期に並べて描いていたのでその時の気持ちや作品の方向性は同じだったと思いますが。制作の順番は《犬の力》が先だったと思います。《犬の力》の方がやりたい作品のイメージだったので。

加藤:はるひ絵画公募展の記念すべき第1回の大賞作品ということで、私もはるひ美術館に勤める前から色々な場面で《犬の力》の画像を目にすることがありました。実は今回のトークへ向けて事前に原田さんへインタビューをさせていただいたのですが、受賞後、制作を思い悩んだ時期があったとお聞きしました。その辺りのことをうかがってもよいでしょうか?

原田:受賞時はまだ24歳で吐き出したい思いがいろいろな方向にあって、やりたいことの一つがたまたま賞を取った。いざ認められると、そこから動いてはいけないという考えにもなったし、この表現で認められたのなら、このままやっていけばいいんじゃないかという気持ちにもなっていました。なので、しばらくは首のない犬がしゃがんでいる図をアイコン的に描いていたのですが、それで(自分の活動が)発展するわけでもなく、自分も飽きてしまった。でも「あの絵の人ですよね」と多くの方に言われて、この作品だけが独り歩きしたような感じでした。自分であって自分でないような感じになり絵が描けなくなってしまった時期がありましたね。

加藤:《犬の力》について、審査員の山脇一夫さんはこのようにコメントされています。

斬新な構図と非凡な構成から生まれる緊張感が新鮮な衝撃を与える作品である。
大胆なトリミング。犬の踏ん張る力。青い板に落下した小さな桜の花弁。遠くで弾けるエロスと暴力。絵画の力。新浪漫派の誕生か。

「第1回夢広場はるひ絵画展」図録より

原田:「エロスと暴力」「新浪漫派」は自分では思いつかなかった言葉のチョイスだし、(自分の作品について)説明してもらえたという感じはありました。犬の首を描かないというのも、大学で学んだことをやってみたくて、日本の「幽玄の美」のような隠すことで(観る人がよりリアルに)想像するといったことを考えていました。それこそ審査員のお一人の中村英樹先生が(名古屋造形芸術大学の)授業でそういったお話をされていたと思います。犬の顔を切り取ることで、観た人それぞれが画面の外に強烈なイメージを描き出せるのではないかと。見た目の面白さもあったと思いますが。それを山脇先生は「エロスと暴力」と位置づけてくれたのかなと思います。

加藤:作品のモチーフは当時から犬などの動物を描くことが多かったですか?

原田:当時は裸婦が多かったですね。画家と言えば裸婦だろうと。ピカソやディエゴ・リベラの描く人物に影響を受けたり。本当にやりたいことがいっぱいあったので、動物は(《犬の力》で)始めて描いたくらいかもしれません。当時はインターネットが普及していなかったのでフィルムカメラを持ち歩いて、いつもモチーフを探していました。この頃は資料集めも大変で、自分で写真を撮ったり、図書館で資料をコピーしたりしていました。ある時、家の近所のホームセンターの前に(《犬の力》のモデルとなった)この犬がいたんです。繋がれていたのですがなぜか暴れまわってて、その犬を撮った写真の中から一枚を採用しました。犬のポーズや模様は写真のまま描いていますが、実際には雑種犬だった記憶があります。

ギャラリートークの様子

加藤:受賞後の描けなかった時期に音楽活動をされていたとお聞きしました。

原田:25歳の時に「録れコン2000」というオーディションでグランプリをいただいて。宅録したデモテープの審査なのですが、これも運試しで送ってみたものの一つです。その受賞をきっかけにプロモーターが付いて、ある意味(美術から)逃げるように音楽活動をしていました。
でも、実はちょこちょこ絵は描いていて、グループ展に誘われて出品したりしていました。一応、プロモーション会社的には「絵が描けるシンガーソングライター」を売りにしていて、「印象派ポップ」のようなキャッチフレーズをマキシシングルの帯に書かれたりしました(笑)。ライブ後のサイン会で1分似顔絵などもやっていましたね。ただし、ライブなどの活動だけで生活できたわけではなかったので、他のアーティストの楽曲アレンジやゲーム音楽の制作の仕事、その一方で美術講師でデッサンを教える仕事もして、両方をやって繋いでいたような感じです。

加藤:今日は特別に新作《パラレルワールドの味/Taste of parallel world》を持って来ていただきました。現在は再び絵画制作に力を入れられているようですが、何かきっかけはあったのでしょうか?

原田:やっぱり子どもが生まれたことが大きかったですね。18年前に長男が生まれて、子どもを育て上げないといけないとなった時に、絵を描いて収入を得るにはどんな作品を描いてどんな場所で展示したらいいかを考えました。ちょうどそのタイミングで豊橋のインテリアショップの空間を使ってほしいというお話が来て、それまではいわゆるホワイトキューブの生活感のない空間で展示することが多かったのですが、インテリアショップで展示をすることで、自分の作品がビジネス的に繋がっていくのではないか、作品自体も変わっていくチャンスなのではないかと感じました。それがうまくいって、作家業と講師業と並行しながら子どもも育てられたという感じです。
また、子どもが大きくなってくると子どものために絵を描くような意識も生まれました。やっぱり子どもは動物が好きなので、子どもが喜ぶか、絵を観た人が喜ぶかに標準をあわせていったところもありました。よく、現代アーティストが(周りの人や社会に)媚びないことが格好良いみたいな考え方ってあると思うのですが、僕はその方向ではないなと。誰かのために絵を描いていきたいなと思うようになりましたね。

原田章生《パラレルワールドの味/Taste of parallel world》2025年 アクリル絵具、キャンバス

加藤:《犬の力》は色々な表現を試している過程で、ある意味自分のために描いているところもあったのかなと思います。それがお子さんや作品の鑑賞者に向かっていくのは大きな意識の違いですね。
美術作品の制作と音楽活動を通して、原田さんの中でここは繋がっているなと感じることはありますか?

原田:正直、音楽活動を始めた頃はプロモーション会社が強引に結びつけようとしたところがあって、音楽はCDを作れば多くの人に聴いてもらえる、大衆性、普及性のあるものだと思うのですが、美術では(大衆に)うけてはいけないとか、自分の中で現代美術をやらなくてはいけないという考えもあった。自分にとって作り方の住みわけが違うものを同じものとしてプロモーションされる苦しさはありました。でも、音楽はポップで人のために詩を書くような世界観があって、最終的に自分は美術の活動が音楽に歩み寄っていったように思います。最近では(画家として運営している)インスタグラムのリールに投稿するショート動画も音楽的なカット割りやリズム感で編集したりしますね。今だったらプロモーターが付いても美術と音楽を同じ感覚でできるかもしれません。

加藤:今の美術のお話で、20代の頃に作品や表現を俗的なものから切り離そうとしていたというのは、美大や周りの環境の影響もあったのでしょうか?

原田:それはあると思います。僕が美大で違和感を覚えたのは、みんな何かを背負っているんですよね。今回の展覧会に出品されている作品からも、みんな重たいものを背負っていて大きなメッセージがあるように感じました。自分も学生の頃はそうならなくてはいけないと思っていたのですが、どこかで自分は普通の人間なんだと、絵が描ける普通の感覚の人なんだと分かって、等身大で描けるようになってからはだいぶ楽になりました。今はそんな大きなメッセージを作品の中で言いたくないし、誰かが幸せになってくれればいいと思って描いています。
今日持ってきた作品《パラレルワールドの味/Taste of parallel world》は(動物が)宇宙の外の神様のようなイメージで(神様が)世界を壊しているんだけど、壊している1cmがその世界の時間では1億年くらいだったりするのかなとか。コーラを飲んでいる時に泡1粒の中に世界が入っているんじゃないかとか、空想遊びから発展して自分で物語を見つけています。

加藤:そういった発想は日常生活のいろいろな場面で思いつくのですか?

原田:今は思いつこうとしていますね。いつもネタ帳感覚でipadを持ち歩いています。

原田章生さん

原田:大賞をとった当時、はるひ美術館に在籍していた学芸員の阿野文香さんから「原田君は下手なのが良いよね」と言われたことがあって…(笑)。自分では全然下手だと思っていなくて、大学でも割と優等生な方だったので、井の中の蛙ということも感じました。また、「次の(作品の)展開が見えない」と言われたこともあって、それでとても苦しみました。《犬の力》の次をどうするか。作品はどんどん変化していかないといけないことをその時に知りました。それから何十年もかかりましたが、今は自分が展開しやすい絵を描けていると思います。なので、その時の阿野さんの言葉には、今の活動のヒントがあったように思います。

加藤:アーティストによっては、審査員や学芸員の言葉をあまり気にしない方や、深く受け止めない方もいると思うのですが、原田さんは色々な人の言葉をとても真剣に受け止めて深く考えて来られたのだなと、今日のお話からも感じました。今の作品制作も受賞時の作品と繋がっている部分もあり、原田さんの自然な考え方の中で現在の表現にたどり着いたのではないかと思います。
最近は海外でも展示をされる機会があり、アーティスト活動を広く展開されていますが、次にやってみたいことは何かありますか?

原田:あえて今音楽をやりたいという考えは前々からあって、画家の立ち位置で音楽をつくってみたらどうなるかなという構想はあります。美術の方はもっと世界に出て活動したいですが、そこは流れに任せています。

ギャラリートークの様子


<来場者からのご質問>

___ビジネス的に絵を描いているとおっしゃっていたのですが、今、制作の芯にあるものは何ですか?また、ビジネス度外視で描きたい作品はありますか?

原田:制作の芯は、やっぱり子どもを育てることが大きかったですね。子どもが生まれた時は本当に不安でしたが、大学を選ばせてあげられるくらいに育てることはできました。子どもの手が離れたらまた変わってくるかもしれませんね。
描きたい作品は、自分はシルエットがはっきりした描き方をしているので、ふわっとした感情的な描写に憧れはあります。

___作品をつくる上でアイデアのために何かされていることはありますか?
原田:(毎日制作だけしていると)朝起きてアトリエへ行って制作して、毎日同じことの繰り返しになるので、あえて違う道を通ってみるとか、外からの刺激を期待しているところがあります。インターネットで動画を観る時も、観たことのないもの、観ないようなものをあえて選ぶと新しい刺激が来るので、そういう刺激を起こしやすい環境をつくることは意識しています。結局、自分だけのアイデアでは同じものしか出て来ないので、外の刺激を受けて、自分の思いと合致した時に作品になっていくと思います。かといって生みの苦しみはあるし、みんな苦労するところではありますよね。

___制作は没頭するタイプですか?散歩したりリラックスしながら描かれるタイプでしょうか?
原田:没頭して一気に描き上げるタイプですね。アクリル絵具を使うようになったのも(絵具の乾きが早いので)一気に思いを吐き出せるからです。油絵具は(絵具を重ねる時に)1日待ったりしてたら意識が変わってくるので。1日1点は描くようにしています。展覧会が続くと複数枚を同時進行で描く時もありますが、基本的には1点ずつ進めています。

___「自分は普通の人だ」と気付いたというお話が印象的でした。気付いた瞬間は何かきっかけがあったのでしょうか?
原田:それまでは背伸びをしていたんだと思います。若い頃は周りの人たちも普通の人ではないことを演じていたのかもしれないけど(自分にも、他人にも)ずっと違和感を持ちながら描いていて。自分の描いた絵が人に受け入れられた時ですかね。周りが喜んでくれることが嬉しいと感じた時に、自分は普通の人間だなと。普通の行為というか、それがたまたま絵を描くことだっただけなのかなと思います。


アーティストのリアルな心境をお話してくださった原田さん。評価されたことで感じた苦悩や、生活と創作活動を続けていくうえで生まれる葛藤と向き合い、それでもなお美術と音楽を続けてきた強い気持ちと、普通であることを受け入れる優しさを感じるトークとなりました。
原田さん、参加してくださったみなさま、ありがとうございました。

はるひ絵画公募展アーカイブ1999―2021 絵描きとともに

※この展覧会は2025年2月24日で終了いたしました。

k

15. 2月 2025 · 森川美紀 ギャラリートーク はコメントを受け付けていません · Categories: はるひ絵画トリエンナーレ, 展覧会

企画展「はるひ絵画公募展アーカイブ1999―2021 絵描きとともに」では、当館の開館とともにスタートし、第10回(2021年)をもって休止となったはるひ絵画公募展に関する作品や資料をご紹介しています。

1月18日(土)に開催したギャラリートークでは、第3回夢広場はるひ絵画ビエンナーレ(2003年)の大賞受賞作家・森川美紀さんをお招きしました。長年「旅」をテーマに絵画制作をされているという森川さん。トークでは受賞時のことや制作にまつわるエピソードをお聞きしました。
聞き手は当館の高北幸矢館長です。

今回のブログではトークの様子を一部ご紹介します。


森川美紀(もりかわ みき)
1963年愛知県生まれ、1988年愛知県立芸術大学卒業、1990年愛知県立芸術大学大学院修了。第3回夢広場はるひ絵画ビエンナーレ(2003年)大賞受賞。
はるひ絵画公募展では、第1回(1999年)に入選、第2回(2001年)に奨励賞も受賞した。


 

高北:そもそも「旅」をテーマにしたきかっけは?

森川:1995年にネパールを旅した時、日本から援助に行っている救急車だったと思うのですが、ふと(車体を)見たら「名古屋市消防局」の文字が見えたんです。ネパールの深い山の中にいるのに名古屋という地元を突き付けられて、自分がどこにいるのか分からなくなる不思議な感覚を受けました。逆に、名古屋の街中でスパイスの香りやエンジンオイルの香りがしてふとネパールのことを思い出すこともあり、見たことのある遠く離れた街の風景が自分の中にやってくるような、自分の中がブレるような感覚が面白いと思ったことが、旅を制作のテーマにしたきっかけでした。

森川美紀《Jiufeng》2002年 油彩、綿布 清須市はるひ美術館蔵

森川:大賞作《Jiufeng》は台湾の九份(キュウフン)を題材に描いてはいますが、観る人は「家だな」「階段だな」というところから、ふわふわっと絵の中に迷い込んでいただけるようにと思って描いていました。
また、今日は(イベントのために)新作を持ってきました。これもテーマは旅で、具体的には南インドで見た船です。昔は穀物を運ぶためだったものが今は観光に使われています。いろいろなかたちがあり、この船を見た時は不思議で幻想的な感じがかっこよくてそのまま作品に取り入れたいなと思ったのですが、あまりにも素敵で…10年くらいたって今やっと取り入れられるようになりました。

森川美紀《幽霊船》2024年 油彩、綿布

森川:大賞を受賞した当時との違いとして、最近は記憶の層について考えるようになったと思います。誰でも時間の層があると思います。10年前のことが(記憶の層の)手前に出てくることもあるし、昨日のことでも忘れてしまうこともある。そういった前後関係がおかしくなるような空間で絵の中に迷い込むような感覚を持たせるように描いています。
例えば、南インドへ行った時のことを、昨日思い出す、1カ月前に思い出す、1年前に思い出す、何度も思い出すことで記憶の層ができて、自分という人間ができている。

高北:(旅先の)現地で描いているわけでもないし、写真を撮ったりスケッチをしてそれをそのまま描いているわけでもない。時間的な距離がある状態ですね。

森川:はい。むしろ、最近のことよりも10年前のことの方が絵にしやすいです。

高北:それだけ自分の中にあるイメージが豊かになっているとも言えますね。

森川:そうですね。事実よりも自分の中に残っているイメージを重視しています。時間の前後の整合性も合わなかったりするのですが、自分が持っている印象に集約されているという感じです。
自分は子どもの頃からとても記憶力が弱いのですが、そのことで、記憶に支配されずに感覚を優先することができるのかなと思います。ずっと覚えていることは自分にとって大切なことなのかなとも思うので、それを掘り起こすような気持ちで作品をつくっていると言えるのかもしれません。
受賞作《Jiufeng》では、赤い絵具の部分は実は影を表しています。面と線をぶつかり合わせることで絵画的な空間がつくれないかとこの頃は考えていました。新作《幽霊船》では、前後関係を曖昧にさせながら、より画面作りを複雑にする方向へ向かっています。制作の中で自分の興味ややりたいことは変わっていないと思いますが、こうして比べてみるとずいぶん変わって来たなと思いました。受賞作は以前に他の展覧会でお借りしたことがあり*、観るのはその時以来になりますが印象はずいぶん変わりました。

*「クインテットー五つ星の作家たち」(損保ジャパン東郷青児美術館/2014年)に森川さんが参加した際に出品。

中央:森川美紀さん

高北:森川さんは自分の中の描きたいイメージがはっきりされているように思いますが、技法的なことが邪魔したり、逆に進化したりといったことはあまり気にしないですか?

森川:この2点を比べると大きく離れているように見えますが、この間にも作品があり、それを追っていくと自分の中では変化していない、技法的にも連続性があるように思います。ただ、(キャンバスの)下地作りは変わっていないです。綿布にドーサ液を塗って油彩で描く方法を取っています。もともと紙に描いた時の滲む感じが好きで、それをタブローでできないかと試行錯誤した方法です。
絵具は市販のチューブ絵具ではなく、瀬戸の画材屋さんで陶器用の顔料を買ってきてオイルで練って使っています。この顔料は細かい粒子と粗い粒子が交じっていて、《Jiufeng》のように滲ませると、細かい粒子は広がり、粗い粒子は手前で留まるんです。

《Jiufeng》(部分)

 

高北:気になったのが、あまり多くの人が行かない、かわったところへ旅に行っていますよね。

森川:ネパールが好きで、ヒマラヤ山脈へトレッキングに行ったり、中学生の頃から憧れていました。

高北:あの風景を描きたいからその場所へ行く、ということではないですか?

森川:一度、ヒマラヤ山脈の標高5000mくらいのところで水彩色鉛筆と水筆を使ってスケッチしようとしたことがあったのですが、水筆の水が凍って描けなかったことがありました。そのことに限らず、描くためにその場所へ行くというのは、自分には不正直なように感じてしまうんです。

高北:森川さんの風景と絵の関係は、ある意味逆転している。多くの人は描きたいものを取材して描くと思います。でも、なぜ絵を描くのかということを考えると、自分の中にある記憶の層から描きたいものを引っ張り出してくることが絵を描く素直な気持ちですよね。描く前提で取材すると、その風景との関係性や、取れ高が気になってしまうこともある。自分の生きてきた中で描きたい記憶を描く、むしろそちらの方が大事なように思います。なかなかそうはいかないですが…。

聞き手:高北幸矢

森川:つい色気が出て(制作のための取材で)面白そうな場所を訪れることもありますが、いつでも旅する事だけが主役でありたいなと思っています。

高北:例えば、(イタリアの)ヴェネツィアに住んでいる人がヴェネツィアの風景を描いてもそれは旅の風景ではない。森川さんの場合は「旅」が重要で、住んでいるところから出掛けていった距離感があるわけですね。

森川:その距離感がとても大切です。それは作品を展示する時にも考えています。例えば、今後大きな作品と小さな作品を並べて展示して(相互の)画面上での距離感についても考えてみたいと思っています。

高北:ここまで、ネパールと南インドが出ましたが、他にも訪れた場所はありますか?

森川:最近はウズベキスタンに行きました。ただ、その時は(団体行動主体の旅行で)なかなか自由に出かけられなくて…。やっぱり自分で段取りして、道に迷ったりいろいろな失敗をするのが自分の旅だなと。とても面白い場所だったので、またゆっくり行きたいなと思います。
他は、ベトナムや東南アジアが好きですね。台湾も何度も行っています。整えられた場所よりも、アジアのように混沌とした場所が好きですね。インドは学生の時に一度行って、その時は強烈な環境に疲れ果てて帰ってきましたが、それから20年後くらいに南インドに行って、自分も大人になったし土地柄もよかったので、皆さんにもお勧めしたい場所です。

森川美紀さん

高北:何かの思想や精神がなくても、絵を描くことが楽しいというのが一番のエネルギーになるわけですが、いざ描く時に、もうひとつ自分の中で高邁さを積み上げたいと思う。じゃあ何を描くかは技術の高さとは違う話になってくる。自分が教員をやっていた時に、いくら描く技術が高くても何を描いていいか分からないと苦しむ学生を多く見てきました。森川さんはその辺りで迷うことはありませんでしたか?

森川:学生の頃は色々な作家の影響を受けることもありましたが、それではダメだと思って、自分が好きなことを考えた時にやっぱり旅だなと。最初はネパールの風景を取り入れてみようと思い、でも風景を描くだけでは能が無いので、私の視点はどこにあるのだろうと考えました。ネパールの首都カトマンズでは、4階建くらいの割と背の高い古い木造建築が多いのですが、建物の間から見えた空に注目した時、建物と空に地と図が逆転する見方が生まれました。
私は写真を見て描くので、例えば《Jiufeng》で描いている家などは現実にあったものです。しかし、数年後に再び同じ場所を訪れたらその家が無かったということがあったんですね。私の作品の中にはずっとあるのに現実にはもうない、その不思議な無常感というか、あった時、なくなった時の距離感も感じて、そこにも「旅」というテーマの面白さがあるのかなと思います。
料理家の土井善晴さんが「探し味」という、食べる人が自分で味を探すということをおっしゃっているのですが、絵画や美術作品も同じだと思います。同じ作品を観ていても一人ひとり違う造形を思い浮かべながら、作品と鑑賞者の関係が繋がっていくといいなと考えています。

ギャラリートークの様子

高北:これからの制作や活動は何か考えていますか?

森川:コロナ禍以降のんびりした旅ができていないので、気持ちを新たにできるような旅をしたいですね。あと、作品の方は最近手数が多すぎるなと自分で思っているので、初心に帰って手数を減らしていく方向にできたらいいなと思っています。

高北:(《Jiufeng》は)よくここで終わらせていますよね。

森川:(この時は)思い切ってますね。

高北:この作品のように自分にとって大切な1点があるということは、制作を続けていくうえでとても重要なことだと思います。

森川:そうですね、大賞を取ったことで皆さんに知っていただけてありがたく思っていますし、その後何十年も美術の世界で生きて来れているのは幸せなことだと思っています。


<来場者からのご質問>

___森川さんの作品はこれまでも何度か拝見して、絵具の滲みがとても印象的なのですが、森川さんにとってやはり大切な表現なのでしょうか?

森川:そうですね。今はキャンバスの下地が安定して作れているのですが、それでも気候や温度・湿度に左右されやすくて、滲みがうまくいく時と、うまくいかない時があります。うまくいった時は絵具が遠くまで広がってくれた時ですね。ものごとの曖昧さ、答えの出なささといったことに対する考えを反映しているようにも思います。あと、いろいろな場面で話していることですが、作家は自分の絵を初めて観ることができないんですよね。アイデアがあって(描き出しから)ずっと付き合って完成に至るので。じゃあ自分が自分の絵を初めて観たらどう思うだろう、という疑いはずっと持っています。滲みの表現は、そういったモヤモヤした考えの反映でもあるのかもしれません。

___森川さんは(はるひ絵画公募展の)第1回で入選、第2回で奨励賞(3等)、そして第3回で大賞を受賞されていますが、それぞれ受賞時の気持ちはいかがでしたか?

森川:各回で嬉しさはありましたが、「評価していただいた」ということが自分にとっては重要だったように思います。あと、受賞をきっかけにはるひ美術館で2回個展をさせていただけたことも大きかったと思います。それで思い出しましたが、最初の個展(2000年)の時に、小さなお子さんが展示室へ入って来たのですが、その子のお母さんが「そっち行っちゃダメ!」と引き戻して帰ってしまったことがあって、でも2回目の個展(2003年)では近所の中学生がやってきて展示を見てくれたり、美術オタクのような子が遊びに来てくれたり、美術館が地域に根付いて人々の暮らしに関わっていることをとても実感しました。


森川さんの穏やかな語り口で旅のエピソードも交えつつ、制作に対する芯の強さも感じられる充実したトークとなりました。森川さん、参加してくださったみなさま、ありがとうございました。

企画展「はるひ絵画公募展アーカイブ1999―2021 絵描きとともに」は2/24(月・振休)まで開催しています。歴代の大賞作品と準大賞作品の一部を一望できる貴重な機会となっております。ぜひご覧ください。

はるひ絵画公募展アーカイブ1999―2021 絵描きとともに

k

02. 6月 2024 · 今尾拓真インタビュー《work with #10(清須市はるひ美術館 空調設備)》 はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

現在開催中の企画展「今尾拓真 work with #10(清須市はるひ美術館 空調設備)」。美術館に既存の空調設備を使い、建物全体をサウンド・インスタレーション作品として構成した今尾拓真さんに、インタビューをおこないました。

――まず「work with」シリーズを制作し始めたきっかけについて教えてください。

芸術大学で彫刻を学んでいるなかで、制作行為と、素材調達や展覧会で他者に共有する行為との断絶の具合に関心を持ったことが背景としてあります。また父が画家で自宅をアトリエにしており、制作活動が身近な環境で育ったので、制作行為が特別なものとして世間から扱われることにも違和感を覚えていました。
そういったことから、作品の輪郭というか、何をもって「作品」となるのか、「美術」や「芸術」の定義とは何なのか、「つくる」とはどういうことなのかといったことにずっと関心を持っています。
音を扱い始めたのは、生まれては消え形に残らないあり方が自分の作品という枠組みへの関心と重なると思ったからです。音を鳴らすための装置を作品として作っていくなかで、インフラである空調設備が楽器を鳴らす装置になるとともに、作品と作品の外部のつながりをもたせる機構にもなると考えました。

work with #1(大学会館ホール 空調設備) 2015年

 

――どのようなプロセスで制作していくのでしょうか。

まずは展覧会の会期と制作期間、予算、空間の規模といった条件を自分のなかに落とし込みます。そのうえでさまざまな可能性を実験し、加工のプロセスを選択していく。条件の制約と実験の結果がうまく噛み合うこともあれば、摩擦を起こすときもある。そうやって時間が経過しながら、濾しとられるように、作品の輪郭が見えてきます。
「work with」を制作していると、世の中のものづくりのプロセスや、ひいては世界の成り立ちのような遠大な事柄の一端を手元で追体験している感覚になることがあります。個人の範疇を超えたはかりしれないものについて想像し、それに触れている感覚になることがおもしろいです。今回はこれまでのシリーズと比べて企画としても空間としても大規模で、大規模であるが故に小さな誤差がどんどん広がって機能に問題が起こったりしてくるので、今まで1mm単位で認識していたスケールを0.1mm単位に切り替えたり、自身の身体スケール感を見直すことにもなりました。
あと、空間や鑑賞者が音で振動することや、作品のなかにいる人々の視線や気づきもプロセスの一部と考えているので、会期が終わってはじめてつくり終えたといえるのだと思います。

――今回は「work with」シリーズの10作目にあたりますが、清須市はるひ美術館という主題をどのようにとらえていますか?

建築としての大きな特徴は、建物全体に同じ形の空調ダクトが目に見えるところにはりめぐらされていることです。清須市はるひ美術館は作品を見せるための展示室とそれ以外の場所がはっきり分かれていますが、大きく弧を描く曲線が空間全体をつないでおり空調もそれに沿って据え付けられているので、 「work with」において空間を等価に扱いやすいと思いました。僕は空調を通して場所に介入しますが、もともとあるその場の特質を改変するのではなく、どのように対応するかという意識で考えています。最初に話したことにもつながりますが、展示室という、美術館の中でも「特別な空間」とそれ以外の空間それぞれの特質を、空調を軸に繋ぐことでより際立たせる結果になったのではないかと思います。美術館という、特定のモノに特権を与える構造を、展覧会というフォーマットを使って問い直すことができるということも展示をする前から思っていました。
それから、今回は3Dプリンタを制作に導入したこともあり形の有機性に気を遣いました。空調をはじめ工業製品は素材も生産の形態も人工的なものですが、大量生産されたそれらが時折とても有機的に見えたりもします。空調による空気の循環を人間の呼吸になぞらえるように、作品を鑑賞者の身体感覚につなげたかったんですね。リコーダーやハーモニカを使い続けているのも、多くの人が触れたことのある楽器で音を鳴らす感覚を想像しやすいからです。
建築や設備を即物的にとらえることはできるけれど、人ってもう少し文脈や比喩で世界を認識しているところがあると思うんです。機能が駆動するなかで常に人の念や想像や解釈がつきまとっているというか。そういう風に、機械的にではなく有機的に世界どうしの接続が起こっているようにも最近は感じています。
「work with」でおこなっているのは、自分と自分の外側にあるものとの関係を結ぶことです。自身にとって作品をつくるというのは、完成に向けて対象をコントロールすることではなく、自分ではどうしようもできないこととどのように付き合っていくか考えることで、そのことに繊細でいたいと思っています。

――今尾さんは「work with」シリーズだけでなく、パフォーマンスやイベントの企画・演出など多様な活動をおこなっていますが、今尾さんにとってそれらはどのような位置づけにあるのでしょうか?

人目に触れるときにたまたまそれが現代美術の姿だったり音楽や演出という姿だったりするだけで、やろうとしていることは同じです。自分は区切られた一つの領域のなかで居続けるのが苦手な人間で、出来るだけいろんな種類の場所を行き来することを心がけているので、特定のジャンルの作法を別のジャンルで応用できるなとか、気づきを得ることはたくさんあります。
いずれの活動にせよ、人々の認識の外に置かれがちな事象一つ一つが確かにそこにあることを取り扱いながら、同じ物語を共有し中心を作り出そうとする引力に抵抗し続けたいと思っています。

 

今尾拓真 work with #10(清須市はるひ美術館 空調設備)

 

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22. 2月 2024 · アーティストシリーズVol.103 内田涼「クロストーク 内田涼×鷲田めるろ」 はコメントを受け付けていません · Categories: はるひ絵画トリエンナーレ, 展覧会

公募展「清須市はるひ絵画トリエンナーレ」の受賞者を個展形式で紹介する「アーティストシリーズ」。第103回目は「清須市第10回はるひ絵画トリエンナーレ」で審査員賞[鷲田めるろ]を受賞した内田涼さんの展覧会です。今回のブログでは、2月4日に開催した内田さんと鷲田めるろさんによるクロストークの様子を一部ご紹介します。


内田 涼(うちだ りょう)
1989年 静岡県生まれ。2015年武蔵野美術大学油絵学科卒業。近年の主な活動に、2023年「ウォーター・クロス・スナップ、スナップ・クロウス・ウォーター」NEWoMan横浜、2022年個展「夜」つつじヶ丘アトリエ(東京)、グループ展「ATAMI ART GRANT」HOTEL ACAO(静岡)、信濃大町あさひAIRレジデンス成果展「おもいっきり、水」旧金物のオビ(長野)、2021年グループ展「Re: examine」YOD Gallery(大阪)、2020年より現在までアート/空家 二人(東京)でのグループ展など。2020年「シェル美術賞2020」入選、2019年「NONIO ART WAVE AWARD」準グランプリ受賞。2023年より長野県と東京都の2拠点をベースに活動している。

鷲田めるろ(わしだ めるろ)
十和田市現代美術館 館長、東京藝術大学大学院 国際芸術創造研究科 アートプロデュース専攻 准教授、清須市第10回はるひ絵画トリエンナーレ審査員。
京都府生まれ。1998年東京大学大学院美術史学専攻修士課程修了。金沢21世紀美術館キュレーターを経て2020年から十和田市現代美術館館長。専門は美術史学(現代美術)、博物館学。第57回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館キュレーター(2017年)。あいちトリエンナーレ2019キュレーター。2020年に著作『キュレーターズノート二〇〇七ー二〇二〇』(美学出版)を刊行。


展示風景(手前右《Flake》2022年)

鷲田:「清須市第10回はるひ絵画トリエンナーレ」の内田さんの受賞作がこちら《Flake》です。この公募展で審査員をさせていただき、たくさんの作品を観せていただく中で、とても不思議な作品だなと思い印象に残りました。画面の上方にチェーンのような輪っかが繋がっていますが、左の輪っかが手描きのストロークで、そのかたちと同じシルエットが繰り返されている。コンピュータのコピー&ペーストが混在しているようにも見えます。下の方も、はっきりとは分からないけれどもバイオリンのボディのような同じかたちの反復や、地と図の反転といったところに不思議な印象を受けました。

内田:この頃から筆のストロークを一つの素材として絵のパーツのように扱うことを考え、実験的に取り組んだ作品です。(左の輪っかのように)最初にきっかけとなる表情をつくって描き始めることが多いです。

《Flake》2022年

鷲田:最初にデッサンやスケッチはしないんですか?

内田:下描きは全くしないです。少しでもきっかけになりそうな絵具のたれや滲みなど、自分ではコントロールできない部分を残しながら描き進めています。

鷲田:ではこの作品だと、最初に描いた左の輪っかのかたちを型取りしている?

内田:はい。トレーシングペーパーでかたちを取って厚紙にカーボン紙を重ねて写し、カッターで切って型取りしています。できるだけアナログな手法でコピー&ペーストのような効果を試みています。

鷲田:グラデーションのような色の滲みは意図的に描いているのでしょうか?

内田:滲みの部分は水の分量と絵具の関係で自然に色が広がるようにしています。いろいろな描き方やかたちの写し取り方を試しながら(描いているものが)特定のものに見えそうになったら逃げる、緊張しそうになったら緩める、といったことを意識しています。

《オンザロータス》2022年

鷲田:《オンザロータス》は左右対称の図像にロールシャッハテストのようなイメージが浮かびました。描かれているかたちはどういったモチーフでしょうか?

内田:街中で見つけたかたちを取り入れていて、一つは古い建物のドアのシールが剥がれた跡のかたちだったと思います。最初に絵具の流れを描いて、その印象にあわせて街中へかたちを探しに行くということをしました。2022年に信濃大町で滞在制作をしたのですが、その時に木崎湖という湖を訪れ、湖面が鏡写しになっている風景を見たことが描くきっかけになりました。
あと、信濃大町はお土産物などで北アルプスの山の絵がよく登場するのでキーホルダーかピンバッジで見かけたイメージももとにしています。
実は今回、同時開催している収蔵作品展「小川武雄 冬を描く」にも木崎湖を描いた作品が展示されているという偶然がありました。

展示風景(左から《game= ゲーム》、《march= マーチ》、《athletic= アスレチック》全て2021年/手前右《ランドマーク:灰》2023年)

鷲田:《game= ゲーム》、《march= マーチ》、《athletic= アスレチック》は3点組の作品ですか?

内田:はい、いつも複数の作品を同時に制作しているのですが、この3点はそれぞれから見出したかたちを交換しながら描き進めることを試みました。信濃大町で滞在制作した時は、街中へ出掛けたり外から描くきっかけを持ってきていたのですが、それ以前は自分の絵の中からきっかけを探すというプロセスで描いていました。

鷲田:展覧会のサブタイトルが「スモークアンドミラーズ」ということで、ミラーは正確な反復ですが、スモークはぼやけて見えなくなる状況をイメージします。《ランドマーク:灰》では既製品の蝋燭立てを使っていて、真ん中には本物の蠟燭が挟まっていますね。

内田:はい、「スモーク」から火と煙を関連付けた作品になっています。

クロストークの様子(手前《ブロック:黄#1~#18》2023年)

鷲田:《ブロック:青#1~#18》、《ブロック:黄#1~#18》は、私は見ただけでは解読出来なかったのですがどういった作品でしょうか?

内田:これは日記のように毎日継続的に続けて描いたものです。N,X,Y,Zは数学で使う代数から用いています。意味よりもかたちや記号に着目していて、例えば電話している時に手が勝手に動いて意味のない落書きが生まれるような経験ってあると思うのですが、そういった手と脳の関係を吐き出すような作業と捉えています。最初に描き始めるマスを決めて、それを基準に左右対称にしたり反復させたりして塗り進めていくことで毎日違った図像が生まれていくことを試していったものです。

鷲田:今のお話を聞くと、20世紀のシュルレアリスムの作品に見られる自動筆記のような無意識の作業のようでもあり、しかし自由に描けるわけではなくマス目の制約によって機械的に現れてしまうパターンのようなものでもある。信号を入力したら別のかたちでアウトプットされるような受動性があるように思いました。

左から《サン#5》《サン#4》《サン#3》《サン#2》《サン#1》全て2023年

鷲田:こちらの5点組の作品《サン#1》~《サン#5》では、特に画面の中の前後関係が意識されているように思いました。共通する十字の直線を基点に手前と奥を操作しながら描いている。また、床置きのオブジェ《ランド#1~#3》は型紙を使ったものでしょうか。

展示風景(床置きの手前3点《ランド#1~#3》2023年)

内田:この辺りは同時進行で制作した作品です。《ランド#1~#3》は、絵画制作で使っている型紙を素材にして絵画と同じ感覚で立体作品を制作してみました。絵画制作で型紙をキャンバスに置く時、ピンを打つような感覚があり、その感覚をゆるやかに繋げて見てもらえると良いなと思っています。
長野県に拠点を移してからは窓枠の意識も持つようになり、窓の外の景色が手前に見えたり奥に見えたりということも絵画を描く上で意識しています。長野の地元の人に「この辺りは山並みが空間を区切っている」というお話を聞いて、そういった身近なものの見え方を絵画にも取り入れられないかと考えています。

鷲田:絵画の歴史でよく言われるものに窓と鏡があります。絵画は窓の向こうに見える風景を切り取ったものである、または、鏡のように現実世界を映すものであるということですね。今のお話を聞いて、長野の方は高い山並みが空を区切っていて、山の向こう側の世界に対するフレームのようになっている。そして、内田さんが使っている型紙も輪郭線が世界を切り取りかたちを作るという点で繋がっているように思いました。

《ラウンド:N、ラウンド:X、ラウンド:Y、ラウンド:Z》2023年

鷲田:《ラウンド:N、ラウンド:X、ラウンド:Y、ラウンド:Z》はまたタイプが違いますね。オセロのようにも見えるし、器はリンゴの入れ物でしょうか?

内田:長野ではある時期になるとホームセンターにこの容器がたくさん並ぶようになるんです。上の段は白、下の段は黒でN,Y,X,Zになっています。

鷲田:これはドットの要素があると思うのですが、例えばオフセット印刷を拡大していくとドットが見えてくる。あるいは印象派の画家たちが(絵筆で絵具を細かく置くように)点描で描いた絵画にも同じことが言えると思います。一方で線はどこまで拡大しても線。そういった要素の違いが、この作品と、型紙でかたちの線を写して反復させる他の作品との間にあるように感じました。

展示風景(手前《ランドマーク:黒》2023年、右《コイン・イコン・インコ#1》2023年)

鷲田:入口にあった《ランドマーク:灰》と、こちらの《ランドマーク:黒》、そして「コイン・イコン・インコ」シリーズの作品は、かたちの繋がりから「ルビンの壺」が思い浮かびました。「ルビンの壺」の面白い特徴は、壺に見える時と横顔に見える時があるのですが、それが同時には見えないんですよね。どちらかが行ったり来たりする。そういった絵画上での前後関係の操作が内田さんの作品全体で繋がっているように思いました。

内田:今言ってくださったことをこれまでは作品単体でやっていたのですが、今回の展覧会では一緒に並べることで繋げて観てもらえるのではないかと考え展示しました。例えば2つの要素があるけど片方を見るともう片方が背景になったりする。そういった見え方の不自由さの中にイメージの豊かさがあると思っていて。鑑賞者の頭の中で何が起こっているのか私には分からないのですが、なるべくそういった不自由さが起こるように制作では意識しています。

鷲田:自分が見てもらいたいイメージを描き出すというよりも、観る人それぞれの見え方で認知できるような場を設えていくという感覚でしょうか。

内田:そうですね。イメージに対して中心だけを空けておいて、広がりをもつような場所をつくるような感覚です。

展示風景(手前《ムーン》2023年)

鷲田:会場内で時々聞こえてくるこの音は?

内田:これは映像作品《ムーン》に含まれている音です。普段「何に見えるか」「どう見えるか」を考えながら制作しているのですが、この作品では「どう聞こえるか」を同時に考えてみたいと思い制作しました。尾道で滞在した際に夜の海に映る月明りを撮影した40秒ほどの短い映像なのですが、ずっと見ているとあるカタカナのかたちに見える瞬間があって、その時にこのピアノの音を加えています。
人の音の認識には「絶対音感」と「相対音感」があり、絶対音感の人にはこの音が何の音か分かると思いますが、私は相対音感なのでこの一音が聞こえても何の音か分からない。相対音感には「移動ド」という性質があって、どんな音階も「ドレミファソラシド」を基準に変換されて聞こえてしまう。そういった不自由さがあるのだと知って、私が思っている音と、人が思い浮かべる音の「聞こえ方の違い」に興味を持ったことが制作のきっかけになりました。
この作品に関しては、まだうまく説明ができないのですが、私が今ここで展覧会をしていても、普段は別の場所にいてここにはいないので、どんな人が観に来てどう思うかは分からない。けれど、もし絶対音感の人が来たらこの音が何の音か分かるんだな、といったことを考えていました。

鷲田:「移動ド」のお話から、もし二つの音があったら音同士の関係で認識される、ということを視覚的な話に繋げて考えてみると、先ほどの「ルビンの壺」のように、あるかたちが絶対的なものではなく他の何かとの関係で相対的なものとして見えることを、内田さんは絵画や作品制作の中で追究されているように思いました。


<来場者からのご質問>

___滲みの表現は内田さんにとってどういったものなのでしょうか?

内田:情報源のようなものと捉えています。滲みの中から色の並びを見つけたり、かたちを見出したり、描く上で素材となるいろいろな情報が入っている。現在の絵画制作は全部アクリル絵具で描いているのですが、もともとは油絵具を使っていて、油絵具のスピードの遅さが自分には合わなくて下地にアクリル絵具を使うようになりました。そこで下地に滲みの表現を用いるようになり、キャンバス上で起こっている滲みの現象への興味を自覚していったのだと思います。
または、少し癒しというかセラピーのような要素もあるのかなと思います。子どもの頃は海沿いに住んでいたので水のある風景に親しんでいたこともあるのかもしれません。

鷲田:滲みの部分は作家自身がコントロールできない偶然性を取り入れている部分になるかなと私は観ていました。

 

___今日のお話にもあった、窓や鏡、色とかたちによる画面上のイリュージョン、同じかたちの反復など、割とオーソドックスな絵画の要素を多用していて、そういった手法は一つひとつ分かってくるのですが、先ほどの音の話のように特定の人にしか分からない要素というか、完全な答えは示さずにどこか分からない部分を作品に加えているような感じがしました。その辺りは制作上で意識されているのでしょうか?

内田:明確な答えを示すことの暴力性はずっと気にしていて、そこを避ける、反らすような操作が描く上でも入っているように思います。絵を描いている時は強い意志というか自分で画面をコントロールしながら描き進めていくことになりますが、先ほど鷲田さんがおっしゃった(滲みの表現のような)コントロールできない部分とのやり取りの中で描き進めていきたい。画面の中に自分が把握しきれないことや余白のようなものが常にあるように、ということはいつも気を付けて描いています。


描くことと真剣に向き合い、現れる現象に対して自身と鑑賞者の認識を大切にしようとする内田さんの姿勢が感じられるお話でした。
鷲田さんのとても丁寧な作品の観かたに導かれながら充実したクロストークとなりました。
内田さん、鷲田さん、ご来場の皆様、ありがとうございました。

k

http://www.museum-kiyosu.jp/exhibition/vol103uchida/

05. 1月 2024 · 髙田裕大 アーティストトーク(12/16) はコメントを受け付けていません · Categories: はるひ絵画トリエンナーレ, 展覧会

公募展「清須市はるひ絵画トリエンナーレ」の受賞者を個展形式で紹介する「アーティストシリーズ」。第102回目は、2021年に開催した「清須市第10回はるひ絵画トリエンナーレ」で審査員賞[杉戸洋]を受賞した髙田裕大さんの展覧会です。
今回のブログでは、12/16に開催した髙田裕大アーティストトークの様子を一部ご紹介します。

髙田裕大さん

・話し手:髙田裕大(本展出品作家)
・聞き手:加藤恵(清須市はるひ美術館 学芸員)


加藤:本日はたくさんの方にお集まりいただきありがとうございます。
最初に自己紹介も兼ねて今回の展示について教えてください。

髙田:もともと絵が好きで、高校は美術科ではなかったのですが美術の先生に教えてもらい進学した美術大学で日本画という手法に出会いました。在学中から自然物を描くことが多かったのですが、現在は測量の仕事に携わっていてそこで見た景色や経験が今の制作に繋がっています。

加藤:大学で日本画を専攻されたということですが、髙田さんの作品はぱっと見ただけではどういった画材で描いているのか分かりにくいのではないかと思います。加えて、画風が漫画的と言うかキャラクターのようで、それがさらに日本画のイメージから遠いと感じられるようにも思います。こういった表現に至った経緯は?

髙田:自分では特別なことをしている意識はないんです。自分が学んだ金沢美術工芸大学では絵具を厚く盛る描き方を教えられましたが、昔の絵巻物や日本絵画*といわれる作品と比較すると全然別物のように感じていました。今回の展覧会を観に来てくれた知人から「なんで(作品に)ラメを入れたの?」と言われたのですが、岩絵具の粒子がキラキラ光ってラメのように見えたのだと思います。

加藤:岩絵具というのは、もとは天然の鉱物を砕いた細かい粒子状の顔料ですね*。それを膠液という動物性の接着剤で溶いて絵具として使用するのが日本画では一般的かと思います。

髙田:実は今の制作では「アートグルー」という樹脂膠*を使っています。
もちろん動物性の膠も使っていたのですが、膠は腐るスピードが速く普段の仕事のペースと制作のペースがあわなくなってきて…。今回出品している《キジ》と《ヨウシュヤマゴボウ》は膠を使って描いたと記憶していますが、大きなサイズの作品はアートグルーを使っています。

《キジ》2019年

《ヨウシュヤマゴボウ》2019年

加藤:今回の展覧会では「続 測量の日々」というサブタイトルが付いています。測量のお仕事で経験したことを作品にされていますが、まず「測量」の仕事について教えていただけますか?

髙田:自分が携わっている仕事では、土地の形と大きさを測る、明確にすることが主な業務です。誰かが家を買う時や、土地を親から相続する時などに関わることになります。過去の資料を遡って土地の境界を調査するのですが、その一連の業務のひとつとして山林に入ったりします。

加藤:実際に作品に描かれるものは、その場面に遭遇した時の気持ちや感情など、髙田さんの主観的な視点で描かれているように思います。結果的に測量の仕事の内容とは離れた表現になってるようにも見受けられます。

髙田:自分は調査士の補助者という立場で現場の仕事を任されているのですが、現場でしか見えない景色、自分しか知らない風景があるんです。しかし、測量の仕事で必要なのは土地の正確な図面と面積であり、自分が見た景色は誰も知らないまま埋もれていくことになる。それが勿体ないと感じて、形に留めておきたいという気持ちで描き始めました。

 

ドローイングについて

ドローイング(奥壁)

加藤:ドローイングでは髙田さんが測量の仕事を通して遭遇したできごとやその時の気持ちがよりダイレクトに伝わってきますね。

髙田:ドローイングは現地でいい石ころを拾って家に持ち帰って飾るイメージです。なので、できる限り色やかたちを変にこねくり回さず描こうと思っています。その石ころをきれいに磨いたのが絵画作品という捉え方をしています。

加藤:「測量」という言葉から浮かぶかたい印象とは相反するようなイメージが描き出されていますが、実際に現地で遭遇する風景やできごとと描くことをどのような意識で繋げているのでしょうか?

髙田:できるだけその場面から受けた印象をダイレクトに描くことは意識しています。そのため取り組み方が粗くなってしまうこともありますが、それも自分のストックになっていく。現地と帰って来た時の状況や気持ちは違うので、うまくいかない時もあります。仕事から帰ってきた時に描けず、ストックしておいたものはずっと取って置けるわけではなくて、あとで思い出したら大したものではなかったと思う時もあります。

加藤:そうした取捨選択もしながら作品化しているんですね。

髙田:はい。また、測量をもとにした作品だけではなく、違うテーマの作品も同時進行で制作しています。

 

コンピュータ上で描いた作品について

髙田:測量の仕事では、現地調査から帰って来たらコンピュータ上で図面を引きます。測量をテーマにした作品や展覧会を考えた時、こういった図面作成の技術を制作に落とし込めていないのは何か欠如しているように感じたんです。
具体的には地図上で緯度経度の代わりとなるXY座標を使って描いています。《石》は上野の森美術館で作品を出品した際に制作したものですが、上野恩賜公園をベースにしています。
(ドローイングにみられるように)自分の制作してきた絵は個人的なもの、想像を描き出したものが多かったのですが、この図面の作品では実際に存在する土地の座標を使って描いているので社会と直接関われる表現だと感じています。

《石》2021年

《ダンゴムシ》2023年

加藤:《ダンゴムシ》は今回の展覧会にあわせて、清須市はるひ美術館周辺の地図をもとに制作された作品ですね。

髙田:はい。1/100の図面になっているので100倍したら実際の土地の寸法ということになります。《石》から変化したところは、折れ点の座標点名を表記して図面っぽさを残したところです。これらの作品は、航空写真をなぞって机上のコンピュータで落書きをするような、いわば「机上絵」と捉える事もできるのかなと思ってます。

 

モルタル造形について

《測る人》2023年

加藤:モルタル*に油性塗料で着彩した作品も出品されていますね。

髙田:モルタルは測量の仕事で境界の杭を埋めて固める時に使うので自分にとって身近な素材と言えます。
境界は動かないと言いますが(ドローイングの《杭さがし》にも描かれている通り)実際には動いていることもあります。土の中は見えない。先ほどの航空写真で見るXY座標では分からない部分になります。

《杭さがし》2023年

髙田:実際に土の中から掘り起こした杭のイメージを描いたものが《under the ground(boundary marker)》で、入口の《under the ground2》から継続したテーマの作品になります。

《under the ground (boundary marker)》2023年

《under the ground2》2016年

加藤:測量の仕事と作品制作を繋げていく中で、実際に自分の目で見て体験したできことだけでなく、宇宙から土地を眺めるような視点や、実際には見えないけれども地中の世界を想像するような表現など、共通のテーマを通してさまざまな観点で制作された作品を一望できる展覧会になったのではないかと思います。

―――

*日本絵画:江戸時代が終わるまでの絵画。対して、明治以降の日本の伝統的な近代絵画を「日本画」と呼ぶ。

*岩絵具:近代以降は人工的に作られたものが普及している。

*樹脂膠:アートグルーではアルカリ可溶性アクリル樹脂がベースとなっている。

*モルタル:セメントと砂、水を混ぜ合わせたもの。

【参考文献】
・荒井経『日本画と材料-近代に創られた伝統』武蔵野美術大学出版局、2015年
武蔵野美術大学造形ファイル


来場者からのご質問

___《ヘビの壺》が気になりました。

髙田:実はこの作品は測量の仕事を始める前に制作したものなのですが、今回の展覧会にも繋がると考え出品しました。
アトリエが田舎の古民家なので、これまでも庭の手入れなどを通してふれてきた自然や、あるいは「火」など普遍的なモチーフを対象にして、対象を遠くから眺めるような俯瞰的な感覚が強かったのですが、今回の展示作品群は生活の大半を占めている測量の仕事をモチーフにしているので「今、ここ、自分」というかなり限定的なものになってます。
かなり対象の近くまできてしまった感覚がありますが、それについてはそういう時期かなと思っています。今後また変わっていくかもしれません。

《ヘビの壺》2015年

___描く風景やモチーフは写真に撮ったものを描いていますか?あるいは(測量の)現場で作業をしている自分の頭の中や身体感覚を描き出している感覚でしょうか?

髙田:写真は撮っていません。作品制作はその感覚に近いと思います。

 

___《開拓者》の人物は自分自身ですか?また、鑑賞者に対して正対している理由は何かありますか?

髙田:自分を描いたつもりはなかったのですが、過去に作品を観た人に同じことを聞かれて、考えてみたら自分の体験をもとに描いていった絵なので限りなく自分だなと思うようになりました。
正対についてはポージングに対する意識があります。測量は基本的に2人1組でおこなうので、作業中に相手と目あわせの状態が多々起こるんですね。そういった経験が絵にも表れているように思います。

左・中央・右すべて《開拓者》2021年

___人物の身体が長く顔との比率に非現実的な印象を受けました。何か意図があるのでしょうか?

髙田:これは感覚的な問題で、自分がそれでいいかどうか判断して作品化しています。

加藤:このトークの前に髙田さんと打合せする中でお聞きしたのですが、ドローイングだけでなく絵画作品も下絵を描かずそのまま描き進めていくそうですね。

髙田:この描き方でも許せるようになったというか、自然とそうなっていきました。運動(スポーツ)に近い感覚があって、手を動かしながら自分が思い描く状態にもって行けるかという意識があります。
また、細かい準備をすると絵が固くなってしまう問題もあり、ドローイングだけでなく絵画作品でも直接描くことで生きた線が描ける感覚を大事にしようと思うようになりました。いつかまた急にしっかり下絵を準備してから描き出すこともあるかもしれませんが。

加藤:《開拓者》の石の影の表現では、先に描いた石のかたちを追うように影を即興的に描いていくというお話も面白いなと思いました。

髙田:いったん画面全体に手を入れてから影や細かい部分を描いていくのですが、その行程がコンピュータゲームに似ていると思っていて、一回クリアしたステージをもう一度プレイすると敵が増えていたり同じステージなのに変化しているような感覚です。
単純に影を付けるとリアルに見えるという節もありますが、影があることで隣同士や前後関係が画面の中に生まれてくることを面白く感じています。

アーティストトークの様子


髙田裕大さん、ご参加のみなさま、ありがとうございました。
2回目の髙田裕大アーティストトークは2024年1月6日(土)に開催します。
1回目とは違ったお話になる予定ですのでぜひぜひご参加ください。

http://www.museum-kiyosu.jp/exhibition/vol102takata/

26. 10月 2023 · 谷川俊太郎という人 はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

みなさんはこれまでに、「詩」というものにどれだけ触れてきたでしょうか。

言葉による表現のひとつとして、教科書などで一度は必ず目にするものではありますが、正直なところ私は少し苦手な分野でした。

つかみどころがなく、どのように受け取ればよいのかわからなかったからです(これは多くの人が美術に対して感じていることでもありますね)。

そんな私でもよく知っている「谷川俊太郎」という存在は、現在の日本においてまず名前が挙がる詩人なのではないでしょうか。

20代から90歳を超えた現在に至るまで、ずっと第一線で活躍する詩人・谷川さんの絵本に注目したのが、「谷川俊太郎 絵本★百貨展」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これまで手掛けた絵本は200冊にものぼる谷川さん。

親しみある作品で「これ谷川俊太郎だったんだ!」とはじめて知るものもいくつかありました。

 

【世界を違う角度からみてみる】

例えば、円柱を横に切ると切断面は円ですが、縦に切ると長方形ですね。

世界は多面的で、いろんな角度からながめることで新たな気付きが得られます。

これは谷川絵本の特徴のひとつでもあります。

・当時としては珍しい、写真による絵本(『こっぷ』『なおみ』など)

・何気ない日常、身の回りのものについて深掘りする(『いっぽんの鉛筆のむこうに』『このえほん』など)

・異なる視点の比較によってものごとをとらえる(『わたし』『へいわとせんそう』など)

目の前の現実がどのようにできているのか、ということについて考えるきっかけをくれる絵本たちは、子どもにも大人にも新鮮な驚きをもたらします。

『へいわとせんそう』(文・谷川俊太郎、絵・Noritake ブロンズ新社 2019年)より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼少期は童話などのいわゆる「物語絵本」よりも図鑑やカタログのほうが好きだったという谷川さん。

言葉だけでは表現できないこと、絵だけでは表現できないことを総合的に伝えられる絵本ならではの価値を最大限に活かすことを重視しています。

 

【ナンセンス、そして声に出して読みたい】

名作『もこ もこもこ』をはじめとして、谷川絵本には「意味がよくわからない」作品が多くあります。

「ナンセンス絵本」と言われたりもしますが、ことばそのものに向き合い続けてきた谷川さんの真骨頂と言えるでしょう。

ことばあそび(『ことばあそびうた』)やオノマトペ(『ぴよぴよ』)だけでできた絵本はユーモアがちりばめられていて、意味がなくてもなんだかおもしろい。

抽象的な作品は簡単につくられているように思われがちですが、意味を超えたところにあることばを成立させるのは容易いことではないと思います。

ほとんどひらがなで書かれているこれらの絵本は、声に出して読まれることを想定して書かれています。既存の言葉のように決まったアクセントやイントネーションがないだけに、語り手によって十人十色の『もこ もこもこ』が生まれます。

文字や単語をもたない赤ちゃんが発することばのように、声や音をからだで響かせる楽しさは根源的に人間に備わっているように思います。

『んぐまーま』(文・谷川俊太郎、絵・大竹伸朗 クレヨンハウス 2003年)より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日開催した「詩作ワークショップーまんまえ投壜通信」にて、詩人の村田仁さんから興味深いお話を聞きました。

投壜通信、いわゆるボトルメールは、もとは沈みゆく難破船から送られた最期のメッセージでした。

自らの終わりを悟りながら、ここではないどこか、今ではない未来の誰かにことばを届ける行為。

詩を書くことは、そんな投壜通信の在り方に通じるとおっしゃっていました。

絵本という形で届けられた谷川さんのことばは、多くの人の成長過程に影響を与えてきました。

彼の存在は時を超えて、これからも私たちに大切なものを残していくのでしょう。

 

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http://www.museum-kiyosu.jp/exhibition/tanikawa/

 

18. 6月 2023 · 栗木義夫アーティストトーク(4/30) はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

今回は4/30に開催したアーティストトークの様子をご紹介します。
当日は大変多くの方にお越しいただきました。
ご参加の皆さま、ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

・話し手:栗木義夫(本展出品作家)
・聞き手:加藤恵(清須市はるひ美術館 学芸員)


※以下、撮影:谷澤陽佑

左:栗木義夫・右:加藤恵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加藤:本日はたくさんの方にお越しいただきありがとうございます。
まずは、展覧会が無事オープンして、ご自身で展示をご覧になっていかがでしょう?

栗木:この展覧会のお話をいただいたのが昨年(2022年)の秋頃でした。その時は自分の活動を振り返るような展示ができたらいいと考え、展覧会の方向性が決まりました。自宅のアトリエに残っている作品を担当の加藤さんと相談しながら決めていって、今回のかたちになりました。

加藤:開催に向けて栗木さんとはいろいろなお話をさせていただきましたね。過去の作品や展覧会の記録写真も見せていただき、展示構成や出品作品をご相談しながら決めていきました。
当館は絵画の公募展とともに歩んできた歴史がありますが、立体も平面も同等に制作されている栗木さんの展覧会によって、また違った絵画の見かたを考えられるのではないかという企画意図もお伝えしながら、一緒に考えていただきました。

(展覧会の趣旨については前回のブログをご覧ください。)

栗木:自分の中ではやはり彫刻が基軸になっていて、自分の考えている彫刻の世界をどう展開していくかが表現のグラウンドになっています。当然「彫刻とは何か」と言い切れる答えを持っているわけではなく、今も問いを抱えながら、人生の中でどのような表現が可能かを模索しつつ、立体を制作し、その中で必然的に絵を描く。「絵画」と言うと難しい解釈が入ってしまうので、自分にとってできうる「絵」は何かということになりますが、日常の中で彫刻という問題を考えながらメモのように記録していくのがドローイング。そのドローイングから想像しうるフォルムを、立体や自分の考える絵の世界の表現へと種別していく。それらを与えられた空間にどう配置するか、壁や床を使ってどう表現するか、それが彫刻ではないかと今は考えています。

《Untitled》1979年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加藤:今回の展示は栗木さんが学生の頃の作品から近年のものまで出品していただいています。展示室2の入口にある人体彫刻は学生の時に制作された作品ですね。当時は人体を彫刻することが多かったですか?

栗木:学生の頃は先生の考え方に影響を受けましたが、教授も自身が学んできたものの見方で学生に伝えるので、まじめな学生ほどその目線で考えるようになってしまう。大学卒業後、さまざまなチャンスの中で作品を発表してきて、ドイツで初めて個展を開催した時(2012年)に「なぜ作品をつくるのか」という話になり考えさせられました。そこから、自分の大学時代は何だったのかと考えるようになり、先生たちから教わったことと、自分がしたいことにズレがでてきました。表現するのは自分なのだから、先生たちから教えられたことをどう排除するのかということに気づかされた。自分は気づくのにとても時間がかかってしまったのですが。。。

《OPERATION》(部分)1989年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加藤:栗木さんが学んだ日本大学の美術科では、当時、彫刻家の柳原義達や土谷武が教えていましたが、彼らから彫刻とは何かを教えられ、そこから自分の表現とは何かを考えだした時に、この鉄板に溶接をする表現に移行していったと思います。その変化について当時はどのように考えていたのでしょうか?

栗木:当時、日大の彫刻科では素材研究で石、木、テラコッタ(素焼き)、鋳造や金属など、素材の習得を3年生の半ばまでやっていました。土谷武が鉄の素材を得意とする作家だったので、学生たちも鉄は身近な素材でした。通常、鉄は量産された製品を加工して扱うのですが、たとえば、イカを天日で干すとかたちが反ってスルメになる。鉄も熱を加えることで同じ状況が起こる。鉄板に溶接をすることで自分との距離感が近くなるような、自分のものになり始めるような感覚が面白くて、夢中でやっていました。

加藤:私も今回はじめて栗木さんのアトリエで溶接を体験させてもらったのですが、やっぱりとても難しくて、作品のようにまっすぐで均等な線がなかなか引けなかったです。

《Untitled》1993年

 

 

 

 

 

 

 

 


栗木:
この作品(《Untitled》1993年)は、4×8(シハチ/1230×2430mm)というサイズで厚み12mmの鉄板3枚を、当時使っていた10畳くらいの広さの工房の床に並べて表裏に溶接しました。溶接は「グラウディング」という方法をとるのですが、鉄板を耕すイメージというか、表面を荒らして掘り起こす、それが新しいものをつくり出してくことと共通しているように感じていました。理屈ではなく自分の興味から素直に入って、ものができていくことに感動したんですね。これがシステム化されると感動が薄れてしまう。

加藤:溶接を体験させてもらった時、栗木さんに「鉄板を耕すようにやってください」と言われて「どういう意味だろう?」と思いました。

栗木:溶接を用いた自分の作品では最大級のものになります。鉄板の両面を溶接した後にカットして解体し再構築しているのですが、カットした鉄板1枚が約30kgあります。

加藤:計算すると全体で2トン以上の重量になりますね。
一般的に「溶接」は金属と金属に熱を加えることでつなぎあわせて一体化させる方法ですが、私も実際に体験させてもらって、自分一人の力ではどうにもできない鉄という重くてかたい物質を高熱によって変化させるということが、何かをつくりだす根源的な行為のように感じました。

壁面に展示されている紙の作品は、新聞紙でつくった再生紙を使って鉄板の表面を写し取ったものになります。この制作はどのような考えだったのでしょうか?

《Untitled》(部分)1993年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栗木:解体(カット)する前の状態をどう記録させるかについて考えたことがきっかけでした。ただ、このサイズの和紙は単価が高額であることなどから当時の自分には限界だった。小原村に紙漉きの友人がいて、畳一畳分のサイズを漉くことはできたが、シハチになると技術が必要でつくることができなかった。その友人のアドバイスで、新聞紙は繊維が残っているので和紙に近い素材だというアドバイスを受け、新聞を36時間煮込んで泥状態にし、適度な状態で水と攪拌させ、網戸にのせて繊維だけを残す方法で紙を制作しました。その紙を鉄板に水ではり付けることで、鉄と水が反応してサビが発生し、紙がそれを記録する。この制作も自分の中に文脈(理屈)があって仕掛けたわけではなく、当時やってみたかったことを優先していったらこうなった。こうして展示してみると、当時のアートシーンを席巻していた国内のもの派や、イタリアではアルテポーヴェラの動向など、その時の作家たちがやろうとしていたことを振り返って見ているような気がしています。

加藤:私も展示された状態を観て、制作された当時の状況やそこで話されていたことを作品が含みこんでいるような感じがして、当時から現在までの時間の蓄積を感じました。

栗木:制作した時に新聞記事の文字が残っていてもっと煮込めばよかったと思った記憶があるので、よく見るとどこかに文字が見つかるかもしれません。今思うとそういった新聞の性質も作品に閉じ込めれば面白かったなと思ったりします。

 

(手前の作品)《Untitled》2006-2023年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加藤:今回出品していただいた、テーブル状の作品(《Untitled》2006-2023年)を観て、栗木さんが制作の中で大事にされている「手探りで思考する」というテーマをよく表しているのではないかと思いました。

栗木:彫刻の概念として「Crafting(クラフティング)」、手を通して考えるということがあります。ものにタッチして、その手触りによって五感が刺激される。特に立体は興味があると触りたくなりますよね。触る行為の中でものを確かめる、それは人の根源的な行為だと言えます。僕たち彫刻家はそういったものごとの考え方、見方をする。彫刻の三要素として「カーヴィング」「モデリング」「カルチベーション」があり、そこに根差した指向性が彫刻家の哲学のフィールド(領域)だと(日本大学で教わった)柳原義達、土谷武は言っていた。それは正しかったと今でも思っている。その問いかけに対して、自分らしさを掘り起こしていくためのドローイングであったり、スタイルに陥ることなく表現を絶えず変化させていくことが重要で、それが彫刻ということだと思っています。

加藤:本展の展覧会名でもある「Cultivation(カルチベーション)」は、耕す、耕作といった意味ですが、最近は頭を耕すとか、地域を耕すといった比喩的な使われ方をすることもありますね。栗木さんにとってこの言葉はどんな意味を持ちますか?

栗木:自分らしさとは何か、どこにあるのかという問題があり、それは「人と自分は違う」という考えが前提になっているのだと思います。日常の中で出会うものがあり、記憶の中に入っていく。それが蓄積され、攪拌されて、ドローイング*としてビジュアル化されることで確かに自分のものとして身近に感じるものになります。

《Untitled》1979-2023年 の一部として展示されたドローイング群

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加藤:ドローイングをすることが栗木さんの制作の中で重要になりますね。

栗木:ドローイングはかれこれ30年くらい取り組んでいます。近年は国内でもよく使われる手法ですが、多くのドローイングは自分の考えるものと少し違うように思います。言葉としてはデッサンの中の一部にドローイングというものがありますが、自分の意志が介在していないような、ただものを見たまま写し取るといったことではない。例えば線を引くと描いた人の性格が出ますよね。書道でもかっこよく書こうとすると先生からバツをつけられてしまったり。ドローイングも同じで、かっこよく描こうとしても自分との距離は埋まっていかない。距離を近づけるにはとにかくたくさん描く。僕たちはイメージの世界で生きているわけではなく、どこかで具現化して対峙しないと物事を理解できない。そこで対峙出来うるものは、自分から素直に出てきたものを、自分で客観的に意味を理解して判断するということだと思います。

*ドローイング:デッサンやスケッチのように見えているものをそのまま描くのではなく、自分の記憶や心の中にあるものを描く方法といった意味で「ドローイング」という言葉を使っています。

《Untitled》1993年を前にお話しする栗木義夫

 

 

 

 

 

 

 

 

  • 来場者からのご質問

___鉄の作品で、鉄板のかたちを変化させることに対して魂(たましい)のような意識はありますか?

栗木:溶接は単純作業を繰り返す行為で、時間と集中力を要します。なぜこんなことをするのかという、心の問題になってくる。心無くしてものはつくれないですね。

加藤:1991年にギャラリー山口で開催された栗木さんの個展に関する論評*の中で、栗木さんの作品とアニミズム*を関連付けて書いているものがあるのですが、それに繋がるご質問だなと思いました。後世に残る作品には制作者の思考や手つきが宿るということは言えるのかもしれませんね。

*橋秀文「栗木義夫」、『美術手帖』643号、株式会社美術出版社、1991年9月、p203-204

*アニミズム:すべてのものに霊魂が宿っているという思想や信仰。

 

___色についてはどのように考えていますか?

栗木:自宅やアトリエの周りは自然の多い環境なのですが、四季による色の変化が自分の中の色を決定しているように感じます。日本人の持つ色の感性については、これからも自分の表現の中で考えていきたいと思っています。

 

___《Untitled》(1993年)は、展示によって形状が変化しているとのことですが、そのかたちの発想はどこから来ているのでしょう?

栗木:この作品では、溶接したシハチの鉄板を人の力で持ち上げられる単位(約40×60cm)にカットし、それを立体化させるため躯体に引っかけるという方法を考えました。発想のもとは、稲刈り後の干しわらのかたちが、東北や関東では円形、関西では四角く平面的に干すという違いがあると知ったことから、展示場所の地域にあわせて変化させています。当初はその土地の風土から生まれるかたちや状況を自分の表現に取り込むといった意図だったと思います。今回の展示ではそういった意図は考えず、ただ鉄板を躯体に引っかけるということをやってみました。今回のかたちが一番しっくりきています。

 

___ドローイングのお話で、栗木さんの中で数種類あると言うお話がありましたが、どういったものがありますか?

栗木:音楽の旋律のように(感覚的な)線で描いたものと、自分の記憶をたどって生まれてくるもの、その両方が混在したようなものがあり、そのドローイングから触発されてまた描くことで成長させていったりします。描いたものがそのまま見えてしまうのは自分にはつまらなくて、自分にしか分からない絵が生まれてくるまで(描き続けながら)待つことができるようになるといいなと思います。
例えば支持体(紙やキャンバス)の向きを変えたり、モチーフを置く机の角度を変えたりすることで見え方はまったく変わる。そういった見方の変化を日常的にできる環境を整えることが大事だと思っています。

 


展示作品とお話を通して、栗木さんの制作に対する考え方の深い部分にふれることができたように思います。
栗木さん、ありがとうございました。

6/24(土)は2回目のアーティストトークを開催します。
1回目とは違ったお話になる予定ですので、ぜひぜひご参加ください。

http://www.museum-kiyosu.jp/exhibition/kurikiyoshio/

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