03. 10月 2021 · 風景と広告の関係性を考える/表現の葛藤のなかで はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

「河北秀也のiichiko design」では、会場構成に加えて映像作品でもいいちこポスターの在り方を提示しています。

担当してくださったのは映像作家の小濱史雄さん。

今回の記事では小濱さんへのインタビューをお届けします(聞き手:学芸員O)。

※なお文章ではわからなくなっておりますが小濱さんは関西弁です。脳内で変換してお読みください。

 


小濱 史雄(こはま・ふみお)

1991年大阪府出身。名古屋芸術大学卒業。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)中退。主に風景やそれに付随するテーマをモチーフに作品制作をおこなう。場所や風景に含まれるコンテクストや記号や意味、それら風景を形作る要素に独自の解釈を取り入れ、風景を変換することを通して「見えない風景」を模索している。並行して、映像・写真・美術・おいしいお店のジャンル別リストの作成など自身の専門分野を生かした業務をおこなっている。

http://fumiokohama.com/


 

(展示映像より)

 

――普段はどんな映像作品をつくっているんですか?

プロフィールにもあるとおり、もともと自分の作品づくりのテーマとして「風景」を扱うことが多いんですね。

例えば最近だと、日々スマホなどディスプレイ画面を見続ける現代の人々は、画面を窓ととらえてその先に風景を見出しているのではという思いから、画面上の風景の象徴としてGoogle Earthのストリートビューに自身を合成してその風景と関係し合う作品をつくったりとか、風景画と現実の風景を合成した作品、いわば写真と風景の動画を物理的に組み合わせた作品など、風景の現代性への関心から一種のドキュメンタリーとして制作をしています。

現代の風景を形づくる要素のひとつが「広告」だと思います。そういう意味で今回は、風景と広告の関係性をみるというか、自身の創作ともつながるところがあって参加できてよかったと思います。

 

――「いいちこ」の広告についてはどんなイメージを持っていましたか?

ほかの広告と比べて主張の仕方が違うなということは昔から感じていました。

主張したもん勝ち!みたいな広告が多いなかで、いいちこは宣伝するべき商品がポスター全体のほんのわずかな部分にしかありません。いわば「主張しない広告」ですね。

 

――そんないいちこの広告をテーマとする展覧会に関わることになったわけですが、小濱さんへの依頼の内容について、改めて教えてください。

当初は会場構成の一部として、実際にいいちこポスターが掲示されている様子を撮影してほしいという依頼でした。単純な記録映像というか、ブツ撮り的な感じかなと思っていたんですが、進めていくうちに「もう好きに撮っていいよ」みたいな流れになっていきました(笑)。

単なるカメラマンというよりは、映像作家、アーティストとして表現してみたら、というような話になっていったんですね。

そこで難しかったのが、「いいちこ」の表現、つまり河北秀也さんの作家性に対して、自分の作家性をどこまで織り込んでいいものかということです。

 

――自主制作とは違って、美術館から委託されたクライアントワークになるわけですもんね。しかも別の作者(河北秀也)/作品(=いいちこポスター)の存在が前提としてある。ではその具体的な映像づくりについて詳しく。

ポスターが掲示される地下鉄駅のロケハン(※1)と、並行して画コンテ(※2)の作成を始めました。いいちこポスターを通して、名古屋の地下鉄を知るというか、どの駅にどのタイプの掲示板があるか言えるくらいにはなりました(笑)

(※1 ロケーション・ハンティング。実際に撮影する場所を事前に調査・下見したり、撮影アングルを検討したりする。)

(※2 映像の各カットを絵と言葉であらわした設計図のようなもの。)

普段から気になる風景の収集をしているんですけど、地下鉄ってよくわからない風景が突然現れたりするんですね。

なぜか植木鉢があってその上に花畑の写真が貼られてるとか、階段の踊り場に脈絡なくイルカの写真があったりとか。

いいちこには関係ないので映像作品にはならなかったお蔵入りカットがいっぱいあるんですけど、地下鉄にはなぜか自然の風景の写真がよく現れるので、同じく自然の写真が多いいいちこポスターをなんとかつなげられないかと考えたりもしました。

 

――作家性の問題にはどうやって折り合いをつけていったんでしょう。

最終的には河北さんと自分の表現を行ったり来たりするような形になりました。

映像の手法としてはやはりいいちこのCMを意識しています。徐々に映像が移り変わっていくフェードやスローモーションなど、いいちこのCMで使われているテクニックを多用して、オマージュというかリスペクトというか、河北さんの表現をなぞっています。

ただ内容としては普段から自分がおこなっている風景収集の延長でもあります。広告のある風景、2021年の数カ月の間に存在したその風景をアーカイブするという感覚がありました。

そこで広告の存在意義というのはとても大きくて、広告が風景を支えているともいえるし、風景が広告を支えているともいえる。いずれにしろ広告のない都市の風景というのはありえないと思います。

ただ結果的にはもう少し自分の個性を出して遊んでみてもよかったかなと思うところもあります。

 

――作品として独立したものではなく、展覧会とその会場構成の要素として組み込まれるという特殊な役割をもつ映像だったわけですが、実際に展示室に映されたものを見てどのように感じましたか?

実際に見るまでは展示室での映像がどういう風になるのか具体的にイメージできていなかったんですが、はじめは小さいほうの展示室1に映像がくるという話だったんですよね。それがB倍判ポスターが展示される展示室2に映されることになって、これは正解だったなと。

映像には駅の雑踏やホームの発車ベルの音なども入っていますが、それが地下鉄構内をイメージして構成された展示室に響き渡っているわけです。会場構成では駅構内の環境を視覚的に再現していますが、映像によって聴覚的にも影響を及ぼしていて、「おもろ~」と素直に感動しました。

今回は映像によって会場構成も変わってくるし、逆に会場構成によって映像が違うものになっていたかもしれない。美術館やそのほかの関係者との兼ね合いもあって、いろんな制約のなかで周りの様子をうかがいながらリアルタイムで調整を重ねながら作っていったという感覚で、僕としては新鮮な経験だったなと思います。

 

――難しい依頼内容のうえに、作品づくりとしては不自由さを感じることも多々あったと思います。そのような条件のなかでこちらの想像以上に示唆に富む映像をつくっていただきました。

地下鉄の駅にあるポスターという日常的な風景を映像作品として提示することで、普段は気づかないその在り方や私たちの振る舞いを客観的にとらえることができると思います。

本日はありがとうございました!

 

O

 

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30. 8月 2021 · 鑑賞の場をつくる② はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

鑑賞の場をつくる①からつづく)

移動空間のシンボル

 

――フィールドワークを経てからの空間づくりについて、具体的に教えてください。

ポスターが掲示されている状況を再現するやり方として、移動空間におけるシンボルのようなものを入れたいなと思いました。

駅の広告って、真正面からまじまじと見ることってほとんどないと思うんですね。移動しているときにちらっと視界に入ってきたりする。はるひ美術館の細長く曲面で構成された展示室をプラットホームに見立てて、歩くところと立ち止まるところをつくる、歩きながら見るという状況をつくることを考えました。

そこで出てきたのが、柱と壁、ブリッジです。柱とブリッジによって人の動きを誘導し、空間をひとつなぎにしながら腰壁で緩やかに領域を分ける、高さのあるブリッジによって歩いている人と止まっている人の視界を変えることを目指しました。

 

――まさに、みるための「場所をつくる」ってことですね。では展示室1のほうはどうでしょう?

大きな展示ケースを中心にボトル、季刊誌、車内広告、CMをエリアで分けて配置しました。

とくにボトルを展示した展示ケースは、こちらも単調にならないように可動パネルを規則的に配置して変化をつけましたが、展示ケースを隠すために使われていたパネルの新しい使い方だったと思います。

 

――全体の構成が決まり、模型や図面での細かい検討が繰り返されましたが、次のステップとしてはどんなことを進めていったんでしょう?

ブリッジから何がどう見えたらよいのか、ということを学芸員さんと考えていきました。作品を何点、どこに、どのように配置するか。学芸員さんの考えた8つの章立てに沿った動線上で、どこでどのように作品が現れて、見切れるか、全体が見えるか、というようなことも含めて場面、風景を考えていったという感じですね。

あとは予算と工期の制限があるなかで、できるだけ無駄のないようにサイズを調整したり素材や作り方を検討したり。安全性の問題もあったので、手すりやブリッジの高さなども配慮が必要でした。

キャプションや会場ハンドアウトなどグラフィック関係もデザイナーを介さないということだったので、今回はすべて僕と学芸員さんでデザインしています。

 

展示室におさまらないフィールドで

 

――低予算・短期間でのハードワーク、大変ご苦労をおかけしました・・・では最後に、全体を通してこの仕事、やってみてどうでしたか

広告という展示物に対して、都市や社会など展示室におさまらないフィールドで考察ができて、参加しがいのあるプロジェクトでした。いいちこのポスターを通して、みる、という感覚について体験してほしいと思います。

また、今後は展覧会という形式にとらわれない会場づくりができればとも思います。

 

――美術館では、作品をたんにお見せするだけでなく、どのように見せるか、ということも大きな課題の一つです。学芸員としてはどうしても展示室の中だけで考えてしまいますが、建築、都市空間など広い視野での解釈は新鮮でした。

今回の会場構成を通して私自身も学ばせていただきましたし、今後の展覧会づくりにおいても「鑑賞の場づくり」は丁寧に取り組んでいきたいところです。本日はありがとうございました!

 

O

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※緊急事態宣言の発令に伴い、2021年8月27日(金)から9月12日(日)まで臨時休館いたします。(9月13日(月)は通常の休館日)。開館後のお越しをお待ちしております。

 

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30. 8月 2021 · 鑑賞の場をつくる① はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

さて、前回の記事でもお伝えした通り、河北秀也のiichiko design展では、作品の見せ方・空間のつくり方にこだわっています。

会場構成を担当してくださったのは建築家の桂川大さん。

従来は学芸員が作品の選定~展示構成~会場構成を担うことが一般的ですが、今回は客観的かつ新鮮に空間を扱う視点を求めて、お力をお借りしました。

そもそも「会場構成」という言葉自体、聞きなれないものかもしれません。展示空間をつくることについて、学芸員Oが桂川さんにお聞きしました。

 


桂川 大(かつらがわ・だい)

1990年岐阜県生まれ。建築家。alt_design studio主宰。名古屋工業大学大学院博士前期課程を修了後、一級建築士事務所Eurekaに勤務。名古屋工業大学大学院博士後期課程在籍。岐阜、愛知を拠点に建築設計をはじめ、都市や風景の観察・採集・再現をするフィールドワーク、会場構成、場づくりをおこなっている。主な会場構成・デザインに「ナゴヤオリンピックリサーチコレクティブ(assembridge nagoya2019)」、「物語としての建築ー若山滋と弟子たち展ー(清須市はるひ美術館)」、「都市のみる夢(東京都美術館)」など。

https://aadk.cargo.site/


 

建物だけでなく、「場」をつくりたい

—―まずは自己紹介からお願いします。

岐阜県に生まれて、名古屋の大学で建築を学びました。東京の設計事務所で何年か修行したのち独立して、現在は愛知と岐阜を中心に仕事をしています。また大学の博士課程にも在籍していて、論文もコツコツ書いています。

 

――具体的にはどんな仕事を?

いろいろですが、もともと「建築物をつくる」というよりは人が集う場所をつくることに興味があって、愛知に戻ってからはあいちトリエンナーレに関わったり、築地口にあるMAT(Minatomachi Art Table, Nagoya)のプロジェクトに参加したり、アートセンターのようなコミュニティスペースを新たにつくったりしてきました。もちろんいわゆる建築物の設計などの仕事もしています。

 

――iichiko design展に関わることになった経緯について、改めて教えてください。

まずは昨年2020年にここで開催された「物語としての建築ー若山滋と弟子たち展ー」がきっかけです。はるひ美術館の建物を設計した若山滋さんは、今僕が在籍している名古屋工業大学で長く教えられていた先生だったこともあり、大学と美術館が協同で企画する形になりました。僕は大学チームのまとめ役のようなポジションで関わりました。

それと同時期に、個人の活動として「都市のみる夢」(都美セレクション・東京都美術館)という展覧会に携わっていて、学芸員のOさんに自身の会場構成づくりを知ってもらう機会になったようです。

 

――ここで「会場構成」という言葉が出てきましたが、そもそもこれってどういう風にとらえたらいいでしょう?

自分が学んできたことの延長で言うと、それも場所をつくることと近しくて、どういう鑑賞の場をつくれるかということだと思います。それは美術館であってもなくても変わらないし、展覧会という形式にとらわれないと考えています。

ただ展示内容によって会場構成の仕事は大きく変わってくると思います。今回は僕が介入しやすいというか、任せられる部分が大きかったので、ある意味やることは多かったですね。

 

場をつくる根拠

――ほうほう。では今回の展覧会について、具体的にどのように取り組んだのか、振り返ってみましょうか。

まずは与件の整理からですね。美術館からは、

●河北秀也さんというアートディレクターがいいちこのプロモーションを手掛けていて、ポスター作品をメインとして展示したい。

●過去にもメーカー(三和酒類)主催で展覧会は何度か開催されているため、美術館主催の企画展として差別化を図りたい。

●同サイズ、平面のポスターを単調にならないように見せたい。かつ、ポスターをみる行為を意識できるような空間にしたい。

というようなオーダーがありました。

広告をみる/展示物をみるってどういうことなんだろう?と思って、実際にポスターが掲示されている現場のリサーチを始めました。

 

(調査協力:平山龍太郎、西村怜朗、高橋昌幹、時吉遼)

 

――いいちこB倍判ポスターが毎月掲示される地下鉄駅構内がどういう環境か、ということを調べたわけですね。

基本的には計測と観察です。掲出される駅のうち20か所くらいをあたって、どこに何があるかとか、大きさ、長さ、あとは人の動き・視線・ふるまいなどを記録しました。このフィールドワークは到底1人でできるものではなく、公募でメンバーを募って実施しました。

「こんなんだったっけ?」というか、駅というあまりにも身近な空間において僕たちがいかにものを見ていないか、無意識的であるかということが一番衝撃的で、たくさんの気付きがありました。

ちなみに余談ですが、駅の構内っていうのは建築物ではないんですね。測定してみると、通路の幅や照明の明るさは駅によってバラバラだし、使いやすいとはいえないところもある。地下空間は地形的な制約や周囲の施設との兼ね合い、電車の運行状況などによって条件が決まってくるので、物理的に人の使いやすさを優先できないんです。

 

――確かに、毎日使っていても必要な場所しか通らないし、どこに何がどんな風にあるかなんて意識したことないかもしれませんね。それでこの調査は会場構成にどのように役立ったのでしょう?

場所をつくるうえでの根拠を得られましたね。環境の調査から設計につながることも実際にあって、今回も自分で思っていた以上に手ごたえがありました。

ただポスターを並べるだけにはしたくない、という美術館からの希望をもとに、現実のポスターのリアルな在り方を再現するという方針で検討を重ねました。

 

鑑賞の場をつくる②へつづく・・・

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O

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13. 8月 2021 · ミスマッチストーリィ 河北秀也のiichiko design はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

7月22日から始まった本展は早いものでもう3週間が経過。

お客さまの反応が気になる今日この頃ですが、こっそりエゴサをしながらおおむね好評いただいてると認識しております!ありがとうございます!

(どこの美術館でも、感想をSNSやアンケートでいただけると大変喜びます。)

 

さて本展は、三和酒類株式会社の麦焼酎「いいちこ」のプロモーションを約40年にわたって手掛けてきた、アートディレクター・河北秀也さんについてご紹介するものです。

作品についての詳しい内容は実際に美術館でごらんいただくとして、ここでは展覧会の意図やキーポイントをお伝えしたいと思います

 

①なぜ、「いいちこ」?

なぜこの展覧会を開催することになったかというと、学芸員(私)がいいちこポスターのファンだから。

個人的な趣味を仕事に持ち込んで大変申し訳ないですが・・・しかし企画も研究も、はじまりは個人の関心から。

自分が良いと思ったものを客観的に分析して、美術館という公的施設で不特定多数のお客さまに説得力をもってお伝えすること、それが学芸員の仕事とも言えます。

 

通勤途中にいいちこポスターを見かけるようになって(ちなみに地元ではたぶん見たことないです。全国どこにでも掲出されているわけではないそうです。)、ほかのポスターとは明らかに違うそのオーラに引き寄せられ、徐々に「なんだか気になる存在」に(恋?)。

デザインやポスターにもともと関心があったこと、アートを身近な存在として扱うことの多い当館の方向性とも合うことから、展覧会企画に至りました。

これらがすべて河北秀也という一人のデザイナーによって生み出されていることを知ったのは少し後のことです。

 

②デザインって、何?

造形的に凝ったファッションや家具など、「なんとなくオシャレ」なものとしてのイメージがある「デザイン」という言葉。

それは間違いではありませんが、広い意味では「問題解決のための手段」ととらえられます。

目を引くためのデザイン、売り上げを伸ばすためのデザイン、自己表現のためのデザイン、使いやすくするためのデザイン、、、すべて何か課題があって、それらを解決することを目的にした行為です。

河北さんはデザインに対しまさにそのような包括的な考え方をもっていて、私たちにとって大切なことは何か、ということをデザインを通して伝えようとしています。

目まぐるしく移り変わる世界、コロナ禍でますます加速する「余裕のなさ」みたいなものに対して少し立ち止まり、いつも目にするポスターと河北秀也のデザイン思考から何かヒントを得ていただければと思います。

 

③みる、ということ

今回特筆すべき点は、モノの配置や見せ方を総合的に考えた空間づくりです。

美術館で芸術作品を見る環境と、街中でポスターを見る環境はまったく異なりますよね。一方は見る(あるいは感じる)行為に集中できるよう特化した環境、もう一方はさまざまな雑多な要素が含まれる環境。

芸術作品もポスターも同様に見られることを前提として作られていますが、「どのように見られるか」という文脈から離れてしまうと、その在り方が大きく変わってしまいます。

本展では、広告をみる環境を、美術館という鑑賞の場において解釈することを試みています。

小難しい書き方をしてしまいましたが、とにかく複雑な空間になっています。(説明しづらい)

「みる」ってどういうことだろう?と考えるきっかけになれば幸いです。

 

③については後日、詳しく記事にできればと思います。

そんなこんなで、展覧会を見た後にはいいちこが飲みたくなるはず~

※白状すると担当者でありながらまったくお酒が飲めません。

※あと残念ながら館内で酒類は販売しておりません。

写真©Fumio Kohama

 

O

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25. 5月 2021 · 清須市 第10回はるひ絵画トリエンナーレ 開催中! はコメントを受け付けていません · Categories: はるひ絵画トリエンナーレ, 展覧会

現在、当館では「清須市 第10回はるひ絵画トリエンナーレ」を開催しています。
1999年に「夢広場はるひ絵画展」として始まり、新進作家の発掘と顕彰をめざし続いてきたこの公募展。めでたく10回目を迎えました!

今回は全国から554点の作品が集まりました。
応募してくださった皆様、本当にありがとうございました。
これからも作品制作をされる皆様のご活躍ご発展を願っております。

展覧会では応募作品の中から審査で選ばれた28点を展示しています。
入賞・入選された皆様、おめでとうございます。

 

 

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清須市が行っている生涯学習講座「清須アートラボ」、「清須キッズアートラボ」や、「清須アートサポーター」でも本展覧会を鑑賞するプログラムを行いました。
今回はその様子をご紹介します。

 

〇清須アートラボ

清須市在住・在勤・在学の方を対象とした年間プログラム。
今回は10名の方が参加し、みんなで展覧会を鑑賞しました。
多種多様な作品がそろう本展覧会。1人だと「どう観ていいのか分からない…」と思うような作品でも、他の人とお話ししながら観ることで新しい見方や解釈につながります。

 

 

〇清須キッズアートラボ

小学生を対象とした年間プログラム。
今回は「みる・きく・つたえる 気になる作品を紹介しよう!」と題し、展覧会を観て気になる作品を見つけて紹介し合いました。

まずは展示室をまわってじっくり作品を鑑賞。その後グループに分かれて気になった作品の注目したところを話し合いました。
選ぶ作品もそれぞれですが、同じ作品でも見え方や注目するところは様々。子どもたちは自分だけでなく他の人の見方にもふれながら作品鑑賞を楽しみました。

 
最後に、気になった作品について紹介カードを書きました。
紹介カードは展覧会の会期中、当館ロビーにて展示しています。
これからご来場される方はこちらもぜひご覧ください♪

 

〇清須アートサポーター

いつも当館の活動を支えてくださるサポーターのみなさんと鑑賞会を行いました。
みんなでワイワイお話ししながら、ところどころ学芸員が話を織り交ぜて、それぞれのペースで作品を観てまわりました。
最後にみんなで「美術館賞」の投票に参加しました。(「美術館賞」の詳細は後述)

 

※清須市生涯学習講座「清須アートラボ」、「清須キッズアートラボ」の本年度申込受付は終了しています。また、清須アートサポーターは現在メンバーの募集は行っておりません。ご了承ください。

 

――美術館賞について――

「清須市 第10回はるひ絵画トリエンナーレ」では「美術館賞」を設けています。
展覧会を観に来てくださった皆様にお気に入りの作品1点を投票していただいております。
ご来場の際はぜひご参加ください。

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「清須市 第10回はるひ絵画トリエンナーレ」、会期は6/20までです。
皆様ぜひお出かけください♪

清須市第10回はるひ絵画トリエンナーレ

24. 1月 2021 · アーティストシリーズVol.94 干場月花展「一人ひとりの世界の中で。」 はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

はるひ絵画トリエンナーレで評価された作家から選抜して個展形式でご紹介するアーティストシリーズ。

美術館に足を運びづらい状況ということもあり、ごく一部ではありますが、ブログでその内容を綴りたいと思います。

2018年の第9回はるひ絵画トリエンナーレで入選/きよす賞/美術館賞 のトリプル受賞を果たした干場さん。

画面全体を支配する青緑色が印象的な《青になるまで。》が選ばれました。

《青になるまで。》

実は干場さん、2015年の第8回展でも入選に選ばれていました。

そのときの受賞作がこちら、

《cardigan》

※今回は展示されていません。

粗い筆致で捉えられたアノニマスな人物(細かなパーツや表情は読み取れない)、幾何学的に切り取られた鮮やかな色面が共通しています。

 

干場さんは一貫して人を描いていますが、特定の「誰か」を描きたいわけではなさそうです。

関心があるのは、同じ人間であってもそれぞれが持つ価値観や思いは異なること、そしてその多様性と表裏一体の、孤独や不安です。

 《ここにない、気持ち。》

《ある日のガードレール。》

《出会いのたび。》

どこにでもあるような日常のふとした一瞬を、スナップショット的に捉え(実際に、まずは写真を撮るそうです)、人物にフォーカスするために背景を色面にそぎ落とす。

現実の世界ではおそらく周りにも人がいたり、雑踏や道路などの生活音が聞こえているのでしょうが、ここではヘッドフォンを付けたときのように、それらのノイズから切り離されて、痛いほどの静けさを感じます。

と同時に、描かれた人々から発せられるとてもプライベートな空気感が、カラフルな色塊によって可視化されています。

 

具体的な特徴が描かれているわけではないのに、その人の年代や性格がなんとなく想像できてしまうのは、干場さんの表現力の高さが成せる技と言えるでしょう。

そこに自分自身を見る方もいるのではないでしょうか。

普遍的でありながら個性的であり、「こういうシチュエーション共感できるな」とか、「この人が考えてることなんかわかる」とか、

これまでの人生で経験してきたことと照らし合わせたときに、琴線に触れる何かがあるように思います。

《2人の夕暮れ。》

 《いつも通る道。》

《見つめる先にあるもの。》

 

「みんなちがってみんないい」を理想とする、現代日本社会のお題目のひとつ、「多様性」。

「個」を生きることは、「孤」を引き受けることでもあります。

とどのつまり、私たちは皆ひとり。干場さんの描きだす絵画には、その事実のもとに、淡々と、そして誠実に生きる人々の姿があります。

一人ひとりの小さな営みがモザイクのように寄り集まって形作られる世界は、個の多様さが際立つほどに色彩の深みを帯びていくでしょう。

 

O

 

清須市はるひ絵画トリエンナーレ

アーティストシリーズVol.94 干場月花展

「一人ひとりの世界の中で。」

2021年1月9日(土)ー1月31日(日)

http://www.museum-kiyosu.jp/exhibition_info/2020/artistseries_hoshiba/index.html

 

 

 

 

 

 

22. 12月 2020 · アーティストシリーズVol.93 幸山ひかり展「Go To Trip!最果ての景色へ」 はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会

はるひ絵画トリエンナーレで評価された作家から選抜して個展形式でご紹介するアーティストシリーズ。

美術館に足を運びづらい状況ということもあり、ごく一部ではありますが、ブログでその内容を綴りたいと思います。

 

2018年の第9回展で入選に選ばれた幸山ひかりさんは、鶏頭(ケイトウ)の花をモチーフに、人の生と死を日本画で描き続けています。

今回の展覧会は、「胎内めぐり」をテーマに構成されました。

タイトルの‟Go To Trip”は、話題の「Go To Travel」をもじって、地獄やあの世への小旅行をイメージしています。

入口が可動壁でちょっと狭くなっています。地獄への入口、あるいは胎内へと遡る産道のごとく・・・

   

小さな作品たちが奥へと誘います。

土の山や宇宙空間をあらわした作品のなかに、「九相図(くそうず:外に打ち捨てられた死骸が朽ちていく様子を描いた仏教絵画の画題)」に寄せた鶏頭の花が。

埋葬され、肉体は滅び、魂や精神と分離していく。枯れゆく鶏頭が人の死に重なります。

《温蓄》

《九相に寄せて》

鶏頭の花って、ちょっとグロテスクですよね。とくに久留米鶏頭と言われる種類は、その色も相まって、人間の脳みそや内臓を思い起こさせます。

1点だけ強くスポットの当たる作品《hito》。

幸山さんは、鶏頭を花としてというより、人に近いものとして(わかりやすく言えば、擬人化して)描き出しています。

産道を抜け視界が拓けると、もうそこは彼岸の世界。

 

3つのケースの中には写生画が収まっています。日本画の基礎であり、作品が生まれる前の大切な修練でもある写生。

実物を観察しながらその輪郭を丁寧になぞり、生命の本質をとらえる作業です。

それぞれのケースには「遺物」「餞(はなむけ)」「イメージへの昇華」というテーマがあります。

視線を上に移すと、新作《まんまんちゃんあん》が吊り下がっています。

こちらは実物を前にした写生ではなく、幸山さんの記憶に刷り込まれたいわば「想像上の鶏頭」。朱の線描で、さまざまな形の鶏頭が描かれています。それはまるで祈りのような作業。

仏画のような神聖さを醸す10点の連作は、ゆらゆらと宙に浮き迷路のように空間を分断して私たちを惑わせます。

《まんまんちゃんあん》部分

 

「鶏頭」はその名の通り鶏のトサカに似ていることからつけられた名前ですが、学名は「燃え盛る炎」という意味だそう。

幸山さんの描く鶏頭も、しばしば炎や蝋燭の灯のイメージに重ねられています。

《灯燭の輝くところ》

《点在する光》

《私とタネと花と土》

壁面には大作が並びます。

暗く不毛な大地に咲く幾種類かの鶏頭の花。強い存在感は人間の情念のようなものまで感じさせます。

《火焔光》

《まんまんちゃんあん》の迷路を抜けて行き着いた最深部(展示室の入口付近からは奥が見えないように配置しています)には、不動明王の迦楼羅炎のごとく激しく燃え盛る炎のなかで凛と発光する白い鶏頭。

最果ての世界の景色です。

 

 

《秋霊》

さらにその奥の壁面に亡霊のごとく浮かび上がる、その名も《秋霊》。

普段はあまり作品を展示しない場所ですが、あえてここにしてみました。鑑賞者は少し離れた場所からしか見ることができません。

《灯燭鶏頭図》

《なだる心体》

《とあるそこらへんの、》

《此岸より》

ぐるりと一周りして、最後は《此岸より》。

旅を終え、彼岸の世界をあとにして、此岸の世界へ再び戻っていきます。

 

 

瞑想空間のような展示室で、‟Trip”をお楽しみください。

 

O

 

清須市はるひ絵画トリエンナーレ

アーティストシリーズVol.93 幸山ひかり展

「Go To Trip!最果ての景色へ」

2020年12月5日(土)ー12月27日(日)

http://www.museum-kiyosu.jp/exhibition_info/2020/artistseries_koyama/index.html

 

 

 

 

29. 9月 2020 · SNSと美術館のカンケイ。 はコメントを受け付けていません · Categories: その他, 展覧会

 

とても久しぶりのブログです。

臨時休館が3か月続いた後、「清須ゆかりの作家 富永敏博展 自分の世界、あなたの世界」「原田治 展『かわいい』の発見」 と駆け抜けてきました。

ありがたいことに開館後は例年よりも多くのお客様にご来館いただき、とくに原田治展ではハード面でもソフト面でもキャパオーバーとなる状況で、お客様には大変ご迷惑をおかけしました…

老若男女の方々にお楽しみいただけたことは主催者として何よりの喜びです。

 

さて、コロナ禍を通してますます実感しているのが、オンラインの世界の力です。自粛期間はもちろんのこと、経済活動が再開された今も私たちには欠かせないインフラの一つになりました。

とくにSNSはミュージアムにとっても今や当たり前の広報ツールですし、SNSでの効果が展覧会の入場者数を左右するまでになっていると言っても過言ではないでしょう。

当館の原田治展に関しても、「オサムグッズ」世代でもなく、「ミスタードーナツのノベルティ」世代でもない10~20代の若者が多く来館してくださったのはおそらくSNSの発信力・拡散力の影響なんだろうなあと想像しています。

普段はあまり表に出ない我々学芸員も、この夏はお客様誘導のヘルプなどに当たることが多かったので、展示室でスマホのカメラ(だけでなく一眼レフのような高性能カメラも!)をかまえるお客様を毎日お見かけしました。

昨今、日本の美術館では情報公開の公益性から急速に「撮影可」化が進んでいて、以前よりも写真撮影に対するハードルが下がったことで作品情報に触れられる機会が多くなっていると思います。私自身も、気になる作品が撮影許可されていれば嬉々としてカメラアプリを起動しますし、またSNSで流れてきた画像から素敵な作品に出会うこともあります。美術館や美術作品へアクセスするきっかけとしてはとても大きい役割を果たしているのは間違いない!みんな上手に撮るな~と感心しています。

 

しかし良い面だけでもないのが難しいところ。

個人的に少し複雑な思いを抱いたのは、カメラ越しでしか作品を見ていただけないとき、そして作品がセルフィーのための道具や背景になっている場面に遭遇したときです。

美術館は「作品の実物」があることが強みであり、存在意義でもあります。そして鑑賞とは作品(あるいはそれを作った作者)との対話であり思考することでもあると考えています。

せっかく美術館に足を運んでくださったのならば、まずは自分の眼で!作品と向き合ってほしいなと思います。「面白い」「よくわからん」「キレイ」「色が好き」「嫌い」「かわいい」「なんかここが気になる」「気持ち悪い」などなど、どう感じるかは人それぞれ。気になった作品やもっと知りたいことがあれば解説文を読んでみるもよし、友人や家族と来たならば、それぞれの思いを話し合ってみるもよし。理解するよりも、自分の頭で考えたり、よーく観察したりすると意外な発見があったりもします。

なんだか小姑の小言みたいですが、もちろん、映えるアートを撮りたい気持ちはとてもよくわかるし否定もしません!

ただ(これは私も覚えがあるのですが)、かっこいい写真を撮りたいがゆえに画角選びに奔走したり、近づいて作品を見たい方がカメラの前を「すみません…」と通り過ぎる光景はなんだかな?と思ってしまったりするのです。

 

現在開催中の「物語としての建築-若山滋と弟子たち展-」は、タイトルの通り建築の展覧会です。

当館を設計した若山滋さんが先日のトークで興味深いお話をされていました。

建築というのは当然のことながらその場所に行かなければ見ることができないので、展覧会ではどうしても模型や写真、図面といった二次的な資料が展示されることがほとんどです。

であれば、その場でしか体感できない建築の情報を逆に抽象化して、建築がまとう「物語」、つまり言葉で表現することで想像力を喚起する展示にしたかった、という内容で、

実際に本展では情報を削いだ真っ白の模型とともに言葉を「読む」展示構成となっています(館長ブログも参照!)。

これは美術館で美術作品を展示することと真逆のあり方なんですね。

実物はここにはないけれど、ある方向から照らすことでその陰影を浮かび上がらせる、とでも言いましょうか。その陰影は実物を見てもわからないがゆえに、独自の価値を持ちます。

 

SNSもそんな使い方ができないかしらと思う次第です。

 

★今回唯一の「実物」は美術館の建物そのものです!若山氏が手がけた建築空間をぜひ五感で体感してください。

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05. 12月 2019 · 「学芸員は展示作品」 はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会, 教育普及

今週末(12月8日)で企画展「嗅覚のための迷路」(以後、嗅覚展)も閉幕します。どの展覧会でもそうなのですが、会期が終わりに近づくと寂しくなるものですね。

前回のブログには、展覧会紹介と企画した背景について書かせていただきました。今回は、本展で新しく挑戦した「視覚障がい者向けのガイドツアー」について書きたいと思います。

嗅覚展の開催が決まったと同時に、やってみたいと思ったことが、視覚障がい者向けのイベントでした。

これまで、絵画から彫刻、映像と幅広いジャンルの展示をおこなってきましたが、視覚障がい者の方が来館されたことは(私の知る限り)ほとんどありませんでした。

嗅覚を使った鑑賞であれば、障がいに関係なく鑑賞していただけるのではと、ぼんやりと考えていました。しかし私自身、障がいをもっている方を対象としたイベントを企画したこともなければ、参加したこともない・・・

そんな時、あいちトリエンナーレで視覚障がい者向けイベントを実施すると知り、お邪魔させていただけるかアタック。ありがたいことに研修から参加させていただくことができました。本当に感謝しています。

研修では、視覚障がい者の方が普段どういった生活を送っているのか(たとえば、蛍光灯がまぶしくてサングラスをかけることがある、エレベーターやエスカレーターよりも階段のほうが安心するため利用することが多い、などなど)を知りました。

ほかにも、案内をする際は、どんな道を歩くのか、凹凸や傾斜の有無を確認したり、「10mくらい歩きます」など距離を具体的に伝えたり、どれくらいの広さの空間なのか数値で表したり。当たり前のことですが、言われないと気づかないことばかりでした。

「いざ企画するぞ!」となったものの、今回の展示作品の説明は特に難しかったです。たとえば、展示室2の《嗅覚のための迷路 ver. 4》では・・・

「天井から小瓶が108個ぶら下がっています」という説明だけでなく、どのくらいの大きさの瓶がどういった状態でぶら下がっているのかを伝える必要があります。

「碁盤の目のように規則正しくぶらさがっていて、1列に6つの瓶がぶら下がっています。それが18列あります。瓶と瓶の間は70センチです。」

どんな言葉を使えばいいのか・・・。誤解のないように伝えるには・・・。

もうひとりの学芸員に目を瞑ってもらい、練習を重ね、二人でどういった言い回しがいいのか考えました。

そもそも、当館の建物は特殊な形をしているので、手で触れる模型をつくってまずは建物のかたちを理解してもらおう!というところから始めました。

この模型もどういう風につくればいいのか試行錯誤しました(平面図の建物の輪郭に紐を貼り付ける?あるいは平面図の裏から鉛筆でつよくなぞって立体的にしてみる?などなど。→結果、全体を把握しにくいため没!ダンボールで外形を切り抜いてみました)。

そして、いざ本番!!

まず、当館がどういった建物、空間なのかということを模型を使いながらお話しします。

模型の緑マークは、作品のある場所を指しています。事務所にあった丸シールを何枚も重ねて貼り、ぷっくりとさせました(今、自分がどこにいるのか、今からどこに向かうのかをイメージしてもらうため)。

《嗅覚のための迷路 ver. 4》鑑賞中

腕を広げて、身体に当たった瓶を嗅いでいってもらいました。

「さっきよりも匂いが濃いかな~」なんて話しながら、一つずつ匂いを確認します。

実際のお花見では、手に取れる高さの桜の枝をもって匂いを嗅いでいるそうです。

《嗅覚のための迷路 ver. 5》鑑賞中

珪藻土マットを触って、どれくらいのサイズのマットが敷き詰められているのかをイメージしてもらいます。

そのあとに、それぞれのスリッパの色をお伝えしながら匂いを嗅いでもらい「あぁ~、これは何の匂いだっけ?」としっかり悩んでもらいました。

そして、スリッパを履いてナビゲートをしながら足跡をつけてもらい、さっき歩いたところを匂いだけで辿ります。ゴールまで辿りつけるかは、人それぞれ。

《OLFACTOSCAPEーローズ香の分解ー》鑑賞中

カーテンに触れながら8つの香料を嗅いでもらいました。

匂いは混ざり合っていると知る機会になった!と喜ばれていました。

目には見えない匂いだからこそ、障がいの有無に関わらずフラットに共有できる。嗅覚アートの可能性をまた一層強く感じました。

↑ 談笑中。嗅覚に関するエピソードなど。

最後に参加者の方から胸に刺さる言葉をいただきました。

「私たちにとって、学芸員は展示作品なんです。」

「学芸員の話を聞くこと、コミュニケーションをとることが面白い。美術館に行けば会える学芸員は作品と同じ。」

学芸員は癌だと言う人もいれば、作品と言う人もいる。ほんとうに面白い職業です。

みなさまにも、嗅覚アートの可能性を是非感じていただきたいと思います。

お待ちしております。

【開催中の展覧会】

「嗅覚のための迷路」

会期:2019年10月12日(土)~12月8日(日)

開館時間:10:00~19:00(入館は18:30まで)

休館日:月曜日(ただし祝日の場合は開館、翌火曜日が休館)

観覧料:一般500円 中学生以下無料

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13. 11月 2019 · 嗅覚鑑賞の可能性  はコメントを受け付けていません · Categories: 展覧会, 未分類

現在、当館では企画展「嗅覚のための迷路」(以降、嗅覚展)を開催しております!

ちょうど会期の半分が過ぎたところです。

想定していた入館者数を3週間余りで達し!(ありがたい・・・

嗅覚に関するみなさんのつよい関心を感じています。

嗅覚展が開幕してから「ブログを書かねば!」とずっと思っていたのですが、

会期中、たくさんの気づきがあり、文章化する時間がとれずにいました。

今日はちょっとだけブログにしたいと思います。

本展は、嗅覚アーティストのMaki Ueda(上田麻希)さんの国内美術館での初個展となります。

展示している作品は3点。

①《嗅覚のための迷路 ver. 5》@2階オープン展示室

②《嗅覚のための迷路 ver. 4》@展示室2

③《OLFACTOSCAPE ーローズ香の分解ー》@展示室1

同じ空間に複数の作品を展示すると匂いが混ざってしまうため、

ひとつの空間に1点の作品を展示しています。

当館での展示室は3つなので、展示作品も3点となりました。

(エントランスは3つの作品の匂いがすでに混ざっているため、なかなかの香りかも・・・)

本展では、「嗅覚」で鑑賞していただきます。

美術館で視覚ではない他の感覚を使うことは、あまりないのではないでしょうか?

(たまに、触れるものや音を聴くものもありますが)

最近では、あいちトリエンナーレで展示されていたタニア・ブルゲラさんの

メンソールをつかった作品がありました。

(私も行ったのですが、他の展示室からもメンソールの香りが・・・)

匂いは、快・不快がはっきりするものであり、

かつ自身の意思とは関係なく知覚してしまうもの。

そして現代では、「香害」という言葉もあったり・・・と、

実は、美術館での展示はハードルが高かったりします。

それでも、「展示したい!」と思ったのは、嗅覚鑑賞の面白さを

伝えたかったためです。

私がはじめて「嗅覚っておもしろい!展示したい!」と思ったのは

パリにあった「ル・グラン・ミュゼ・デュ・パルファン(Le Grand Musée du Parfum)」にいったことがきっかけです。

※この博物館は2018年に閉館しており・・・残念。

そこでは、古代の香りを嗅げたり、

香水に使われる単体香料を嗅げたり、

 

 

 

 

 

 

 

禁断の香りとしてアプサントの香りが嗅げたりと、

とにかく嗅ぎまくりました。

こんなにも嗅覚を使ったことはいままでになかったなと思い、

なんともいえない疲労感と満足感。

日本ではこうした経験はなかなかできない(こんなに面白いのに!!!)と思い、

ずっと企画してみたいと温めていました。

秋の企画展の担当が決まり、「ここはもう、やるっきゃない!」と

すぐにUedaさんにオファーをしました。

絵画や彫刻の企画とはちがい、何からすればよいのか

どういった問題点があるのか、果たして実現できるのか。

国内での前例がない分、不安とプレッシャーも・・・。

そんなとき、Uedaさんの「大丈夫ですよ!」に何度救われたことか

本当に感謝しかありません。

開幕してからは、老若男女問わず幅広い方にご来館いただいています。

(本展では、おしゃれカップルが多い・・・!?

そして、嗅覚展の開催が決まったときにまず「やってみたい!」と

思ったのは視覚障がい者の方を対象としたイベントでした。

嗅覚を扱う作品は、障害の有無にかかわらずフラットに鑑賞していただけると思ったためです。

でも、視覚障がい者向けのイベントを今までにしたことがないし、参加したこともなく・・・

そんなとき、あいちトリエンナーレの視覚障がい者向けイベントの

研修から(運よく!)お邪魔させていただくことができ、レクチャーを受けました。

そして、レクチャーを生かして

作品と同じ小瓶の見本を用意したり、

美術館の形が分かるように模型をつくったり・・・

ようやく当館でも実施することができました!

視覚障がい者向けガイドツアーの内容については、また改めて。

【開催中の展覧会】

「嗅覚のための迷路」

会期:2019年10月12日(土)~12月8日(日)

開館時間:10:00~19:00(入館は18:30まで)

休館日:月曜日(ただし祝日の場合は開館、翌火曜日が休館)

観覧料:一般500円 中学生以下無料

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