『日本美の再発見()』ブルーノ・タウト、篠田英雄訳(岩波新書、1962年(初版1939年))
「日本美の再発見」はブルーノ・タウトが再発見したということであるが、「日本人よ、お前たちもこんな素晴らしい日本美をきちんと認識しろよ」と言っているような本著である。
タウトは、ドイツの建築家であり、1933年にナチスを逃れて日本に3年半滞在、その間精力的に日本の各所を巡り、桂離宮、伊勢神宮、飛騨白川の合掌造り、秋田の民家の素晴らしさ、魅力を絶賛した。とくに桂離宮において「これぞ日本の誇るべき美、精神」とした。一方で、日光廟(日光東照宮と東照宮と大猷院)を日本の恥ずべき建築として徹底的にけなしている。私利私欲のない外国人の著作であるがゆえに、この賛否は強い説得力をもって読者に訴える。
日本美術史における「侘び寂び」の価値観は、タウトによって決定的なものになったのではないか。1926年に東京帝室博物館(東京国立博物館)で、伊藤若冲の『動植綵絵』30点が展示され、若冲への関心が高まりつつあった。しかし、その「反・侘び寂び」的作品への関心は削がれることとなったのではないか。
美術史は、美術があってこそ存在するが、美術もまた美術史によって存在を確認される。「日本美の再発見」は、桂離宮などそれまでの美術史を塗り変える名著であるが、諸刃の剣でもあることを読者は心得なければならない。

