『大量生産品のデザイン論』佐藤卓(PHP新書、2018年)
佐藤卓さんと初めてお会いしたのは25年くらい前だったと思う。私が45歳、卓さんが40歳であったと思う。多人数が参加する何かのパーティーであった。初対面でいきなり人懐っこい笑顔が印象的だった。卓さんと呼ぶのはその気さくで親しみやすいキャラクターによるが、グラフィックデザイナー業界では、U.G.サトー、佐藤晃一、佐藤可士和らたくさんの著名な佐藤さんがいることにもよる。そのパーティーのアトラクションで卓さんは自らのサルサバンドで見事なパーカッション演奏を聴かせてくれたのも印象的だった。
卓さんは社団法人日本グラフィックデザイナー協会の会長であり、現在日本を代表するトップグラフィックデザイナーの一人であるが、いわゆるスターデザイナーではない。日本を代表するグラフィックデザイナーと言えば、東京オリンピック1964のポスターをデザインした亀倉雄策など、華のある代表作で紹介されてきた。ところが卓さんの代表作と言えば、「ロッテクールミントガム」のリ・デザイン、「おいしい牛乳のパッケージ」。最近では、「デザインあ」の企画・ディレクション、「デザインの解剖」企画・ディレクション、「21_21 DESIGN SIGHT」のディレクションとか、どこが凄いのか一般人には何だかピンとこない仕事である。
卓さんはデザインがかっこいいとかオシャレであるとか、そういう20世紀の価値観で評価を受けるデザイナーではない。現代から未来に向けて大切なデザインとはなにか、デザインとは本来どういうもので、どうあるべきなのかを真正面に向き合って来たデザイナーである。当然、大学からも多く勧誘がある。しかし卓さんは、研究・教育の大学という場ではなく、社会におけるデザイン実践において活動し続けているのである。
デザインの誕生は産業革命時代における量産がきっかけであるが、グローバル時代における現代の超大量生産時代においては、生産品とはデザインそのものであって、デザインが果たす社会的役割、責任は極めて大きい。派手にパッと売れるデザインではなく、地味であるが長く売れ続けるデザインが求められる。そこでは、「資源の問題、製造コストの問題、流通の問題、廃棄の問題など社会的な問題と強く結びついている」と卓さんは言う。
デザインにおける膨大な難題に解決の道をつけ、デザインの未来を切り開きつつある卓さんには、大きなコミュニケーション力がある。初めて会ったときからフレンドリーでチャーミングな笑顔は、この人といっしょに仕事がしたいという魅力に溢れている。