30. 5月 2023 · May 30, 2023* Art Book for Stay Home / no.121 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『青木繁 世紀末美術との邂逅』髙橋沙希(求龍堂美術選書、2015年)

本著において著者はそのテーマである「世紀末美術との邂逅」を明らかにするために、先行する著述を徹底的に読み解いている。論文を書こうとするならばこうした態度は当然であるが、本著はその精度に驚く。したがってその文は客観的に収められており、青木作品の深い魅力については、他の著述の引用となっていることが多い。

先行する著述について「『塗り残しや下描きが残された未完成風であること』『際立った想像力と豊富な知識によって描かれた神話画が数点あること』『ラファエル前派をはじめとする西欧の世紀末美術の影響を受けていること』この三点を中心にして述べられてきた」と明解にし、なおその主な論文も紹介している。

本著の目的「世紀末美術との邂逅」を述べる前に、「青木繁の構想画に見る壁画的性格」「デッサンから見る海外の美術作品との交流」「青木繁とラファエル前派」についてそれぞれ章立てで分析、論考を述べている。それぞれ興味深い視点ではあるが、ラファエル前派を除いては説得力の欠いたものになっている。ただ、美術表現、創作に関して述べる際、きちんと分析しきれるものではなく、その資料の精度も曖昧である。明治の洋画という特異性も十分に配慮された論考で、手本とする西洋絵画の紹介、黒田清輝による理解と指導、当時の画集の発刊と日本に持ち込まれていた画集と聖書などの関係書の確認、その上で青木自身がそれらを見たかどうか。著者はそのあたりを詳細に報告して論文の精度を上げている。

ラファエル前派から世紀末美術への邂逅については、本著の核心部分であり、説得力も極めて高い。

「世紀末美術との邂逅」の後、「旧約聖書物語の挿絵」「晩年における青木繁作品」について2章を割いているが、本論のテーマを曖昧にさせるものとして受け止めた。

18. 5月 2023 · May 17, 2023* Art Book for Stay Home / no.120 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『絵金伝』山本駿次朗(三樹書房、1987年)

絵金といえば、江戸時代末期から明治にかけての浮世絵師で、本名弘瀬金蔵、通称絵金。高知城下に生まれ、幼少の折から絵の才能で評判になり、16歳で江戸に行き土佐江戸藩邸御用絵師前村洞和に師事する。10年はかかるとされる修行期間を足かけ3年で修了し、林洞意(はやしとうい)の名を得て高知に帰郷、20歳にして土佐藩家老桐間家の御用絵師となる。

しかし、狩野探幽の贋作を描いた嫌疑を掛けられたことで職を解かれ高知城下所払いの処分となり、狩野派からは破門を言い渡される。その際、御用絵師として手がけた水墨画の多くが焼却された。洞意が実際に贋作を描いたかどうか真相は明らかではないが、習作として模写したものが古物商の手に渡り、町人の身分から若くして御用絵師に取り立てられた洞意に対する周囲の嫉妬により濡れ衣を着せられたのではないかと洞意を擁護する意見もある。

幕末の地方の絵師であるがゆえに、その詳細は不確かであろうと想像される。本著『絵金伝』はB6サイズで262ページ、論文ではなく、できる限りの事実に基づいた小説であると断り書きされている大変興味深い著である。

ところが、絵金は弘瀬金蔵のことであると同時に、土佐においては「えきん」は画工、画匠の意味があり、何人かの絵金が存在したという説がある。本著では弘瀬金蔵を指す「絵師金蔵」のほか、「島田介雄(高知の絵金)」、「辺見藤七(本山の絵金)」、「おたすけ絵師」と4人の絵金についてドラマチックに紹介されている。そしてそれら絵師たちを支え芝居や後の映画、祭りなどで活気を呈した土佐人の気質が語られる。

日本美術史では稀有な庶民の美術が、かくも評価高く残ることの興味深さとともに、本著の大きな価値を受け止めた。

09. 5月 2023 · May 9, 2023* Art Book for Stay Home / no.119 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『誰も知らなかったココ・シャネル』ハル・ヴォーン、赤根洋子翻訳(文藝春秋、2012年)

ココ・シャネルの伝記については、多くの書籍が出版されており、その多くは彼女のサクセスストーリーである。極貧の家庭に生まれ、放浪のあと厳しい孤児院に預けられ、その後男性接客を目的とするキャバレー働き、お針子としてのスタートから世界トップデザイナーとしての成功は、ファッションデザインに関心の無い者にさえその人生には惹きつけられるだろう。さらにスキャンダルをともなう多くの華麗なる男性遍歴(女性遍歴も含めて)、それは映画や舞台にもなった。そうした多くのココ・シャネル伝には殆ど描かれることがなかった部分がある。第2次世界大戦中の彼女の行動である。

本書『誰も知らなかった・・・』はその部分である。ココ・シャネル自身が決して真実を語らず、努めて世間の目を逸らそうとしてきた。ドイツ占領下のパリで彼女が積極的にナチスに協力していた事実、ナチスのスパイであったことを暴いている。したがって本著ではその証拠となる多くの公文書のコピーも紹介されており、時効後の今でも衝撃的な著作である。

第二次世界大戦後、70歳を越えたココ・シャネルは、ファッションデザイナーとして見事な復活を遂げる。才能であるとか、運とかそういうものを遥かに超えていくココ・シャネルとは、どういう人物か、本著で力強く語られる。彼女を彩った男たち(ウィンストン・チャーチル、ジャン・コクトー、パブロ・ピカソらも含まれる)は、圧倒的な地位、名誉、知名度、コネクション、財力を持っていたが、それがみなココ・シャネルのために存在していたと思えるのである。