30. 8月 2022 · August 30, 2022* Art Book for Stay Home / no.99 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『アウトサイダー・アート 現代美術が忘れた「芸術」』服部 正(光文社新書、2003年)

20年前本著が出版されたばかりの頃、この未知識のアウトサイダー・アートについて読んだ。頭の中が整理しきれないまま、「アウトサイダー・アートとは何か」の概念を掴んだ気になっていた。

それから20年、アウトサイダー・アートを取り巻く状況は少しずつ活発化し、アウトサイダー・アートに替わる言葉としてアール・ブリュットが使われはじめた。ほかにもエイブル・アートや障害者アート、2022年春に滋賀県立美術館で開催された展覧会では「人間の才能 生みだすことと生きること」としている。またNHK Eテレでは、2021年より「no art, no life」を放映、「既存の美術や流行、教育などに左右されず、誰にもまねできない作品を創作し続けるアーティストたち。唯一無二の作品を紹介する」としている。

アウトサイダー・アートもアール・ブリュットも障害者アートのことではなく、決して差別的意味を含むものではない。しかしながら多くのこれらの展覧会が障害者アートにウエイトが置かれていることも事実である。自治体の文化予算だけではなく福祉予算や教育予算が使われていることもある。そして「障害がありながら、素晴らしいアートを制作するなんて凄いね」という間違った考えが広がりつつあることは残念であるが事実である。

アウトサイダー・アートやアール・ブリュットにおいて抱えざるを得ない差別や逆差別について明確にしつつ、本著は「アウトサイダー・アートとは何か」を丁寧に解説している。2022年再度読み終えて、その的確さに感銘を受けた。

「まず、アウトサイダー・アートは否定的で差別的な意味を持つ言葉ではなく、それらの作品を積極的に評価するものであるということだ。そして第二に、アウトサイダーアートは障害のある人が制作した作品という意味の言葉ではないということである。」

「アウトサイダー・アート」とは、精神病患者や幻視家など、正規の美術教育を受けていない独学自習の作り手たちによる作品を指す。それらの作品は新たに人間の生きる力としての魅力に溢れている。

18. 8月 2022 · August 18, 2022* Art Book for Stay Home / no.98 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『近世人物夜話』森銑三(講談社学術文庫、1989年)

Art Bookは、コロナ禍の中で読書量が増えているということを聞き、「そうだ私の読んだ良質のアートの本を紹介しよう」というのがきっかけである。ただし、画集と技法書はArt Bookから外す。前者は紹介するまでもなく、後者は特定の制作者向けである。

その上で「近世人物夜話」は少し迷った。本著は、秀吉から辰五郎まで43編、各職種、各方面の人物を取り上げて大変興味深い。取り上げられているのは武士、役人、学者、芸人、職人、文筆家、絵師と領域は広い。Art Bookにふさわしい望月玉蟾(玉泉)、渡辺崋山、椿椿山、さらに文芸として大田南畝、山東京伝、井原西鶴、平賀源内などが取り上げられており、文中には喜多川歌麿、谷文晁、野口幽谷、蔦屋重三郎など登場しているが、私が本著を紹介するのはそこではない。著者森銑三の優れた思考であり、芸術文化をも含む上での近世史学者としての魅力である。

例えば、歴史的重要人物の手紙について、「開運!なんでも鑑定団」では、真筆かどうかを問い、それが本人のものでないと判断されると偽物、無価値という判断がされる。しかし著者は、それが本人の書でなくて誰かが写したものであったとしても、手紙文の内容の価値は別途検討されなければならないとしている。本物の手紙を誰かが重要なものとし内容を書き写したものとして、後日別人が本人のものとして贋作商売を行っている可能性があるからである。複写という手段がなかった時代における後世への伝達方法として一般に行われていたからである。

また坂田藤十郎は「私はいつもあなたをお手本として舞台に立っている」という後輩の役者たちに向かって、「それは良くない心懸です。私を手本となすったら、結局私以上には出ますまい、今少し工夫をなさるのがよろしい」といった。藤十郎を志さずに、藤十郎の志ざすところを志しなさい、という深い教えであった。

自らの志す領域において、基本勤勉である。しかし隣の領域に対してはいかがなものだろうか。音楽家が美術展を殆ど観ない。美術家は演奏会に殆ど行かない。音楽家や美術家は文学に親しんでいるだろうか。自らの反省を含めて「近世人物夜話」をArt Bookとして紹介したいと思った。

04. 8月 2022 · August 4, 2022* Art Book for Stay Home / no.97 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『常設展示室』原田マハ(新潮文庫、2021年)

6つの物語からなる短編小説集。書名『常設展示室』にあるように、全てが絵画に関わっての物語である。書店でこの本を手にとったのは、この書名によるところが大きい。欧米の美術館では基本的に常設展示というのは当たり前で、いつ訪れても大きく展示内容が変わることはない。一方日本の公立美術館の多くは企画展で構成されており、美術館運営費は主にここに費やされる。清須市はるひ美術館においては常設展示室を所有していないので、企画展示として所蔵作品を紹介している。愛知県美術館、名古屋市美術館など少し大きな美術館では、企画展示と常設展示の両室を持っているが、広報の多くは企画展示に使われており、美術館に出かけるというのは企画展示を観に行くという感覚になっている。企画展示が賑わっていても、常設展示は閑散としているというのが実情である。

さてそういう訳で常設展示室が書名になることは、一見地味である。しかしそこに美術館としての日常があり、そこに行けばあの作品に会えるという恒久性がある。物語はその魅力を持って読者を惹き付けている。そして美術に関わる多くの職業が登場人物となっていることもまた興味深い。画家、彫刻家はもちろん、学芸員、キュレーター、美術書出版社社員、画商、ギャラリスト、アートコレクター(美術品収集家)、美術史教授など、ちなみに美術館館長は登場しない。

そして、ピカソ、フェルメール、ラファエロ、ゴッホ、マティス、東山魁夷などの実在する6枚の絵画が物語を豊かに彩る。6つの物語に共通しているのは、「美術ってこんなに素晴らしい」というメッセージである。原田マハは実際に森美術館、ニューヨーク近代美術館に勤務し、キュレーターとして刺激的なアートシーンにいた。