『村山槐多のトアール 円人村山槐多改補』佐々木央(丸善プラネット、2021年)
トアールとはフランス語で画布(カンバスの生まれる前のもの)のことである。ここでの意味は具体的なトアールを指しているわけではない。『村山槐多全集』に収録されている槐多の詩「貴下よ/ぐんぐん描いて呉れ/われらの腐りかゝつた頭を/君のトアールでどやしつけて呉れ/俺は俺は/必ず貴下を躍り越して見せる」から引用されている。著者が「君のトアールでどやしつけて呉れ」の一行が記憶の隅に残っていたことによる。槐多がカンバスではなく、トアールを使ったのは、もちろん詩人としての言葉のセンスによるところが大きいが、著者が槐多にふさわしいバックボーンとして選んだと思われる。
著者がことさらにこだわったのは「円人(えんにん)村山槐多」であって、高村光太郎の槐多に捧げた詩の中の「火だるま槐多」に対してのものである。槐多の代表作『尿(いばり)する裸僧』からの強いイメージは「火だるま槐多」であるが、著者は槐多の目指したところは内なる魂を露出させたアニマリズム(槐多の造語で野生派)ではなく、円人であるというところによっている。
円人とは、源信の『往生要集』に出てくる言葉で、「円満完全な[教えを奉ずる]ひと=完全なるひと」のことである。槐多は『戦争と平和』を読破して、「この広い全舞台を通じて僕の理想とするような「円人」は一人も居ない」と日記に記述している。そこから槐多の目指す円人に大きくこだわって本著名が付けられている。
本文は、槐多の絵画や詩、日記から徹底した槐多分析を行っており、先の『往生要集』を始めプラトン全集ニーチェやソクラテス、更には古事記、日本書紀を読破しての槐多全人格に迫ろうとしている。