『街場の芸術論』内田樹(青幻舎、2021年)
芸術論ではあるが、いわゆる美術に関してはあまり論じていない。序章では、「表現の自由」「言論の自由」「民主主義」について。第一章では「三島由紀夫」、第二章では「小津安二郎」、第三章では「宮崎駿」、第4章では「村上春樹」、第五章では「大滝詠一」「ビートルズ」など。付録的な対談では「内田樹×平田オリザ」で演劇、芸術文化行政を中心に展開される。領域としては、文学、映画、アニメーション、音楽、演劇である。絵画や彫刻、現代美術も登場しない。
それでも本書を紹介するのは、著者内田樹の思想、論理に私が深く傾倒しているからである。その論理は序章で切れ味を見せる。例えば、インターネット上で大部分の人がなぜ匿名を貫くのか、どうして自分の書いたものに責任を取ろうとしないのか、どうして自分が書いたことがもたらす利得を確保しないのか。理由は簡単であると著者は言う。それは書かれたテクストが書き手に利得をもたらす可能性がきわめて低いからである。匿名者が知的所有権を主張しないのは、自分が発信しているメッセージが知的に無価値であるということを自身が知っているからである。となるほどの論理展開である。
著者は、内田樹(うちだたつる)名でX(旧ツイッター)のアカウントを取得し、つぶやいている。日頃は自らの行動や共感する他のつぶやきのリツイートであるが、多様な論を展開しているのでXをやっておられる方はフォローをお勧めする。フォロワー数は280,914(2025年5月7日現在)、当然私もフォローしてそのメッセージを興味深くキャッチしている。憲法記念日のつぶやきは、《憲法記念日なので『週刊金曜日』に寄稿した「憲法空語論」を再録します。憲法を現実に合わせて変えるという考え方の没論理性について書きました。》として自身のブログアドレスに繋いでいる。ちなみに著者の内田氏は、私と同年の1950年生まれ、思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授。