『ロートレックの謎を解く』高津道昭著(新潮選書、1994年)
アンリ・ド・トゥールズ=ロートレックに関する著作は、これまで世界で100冊を超える。それはロートレックの人気に負うところは勿論であるが、他の画家と比べて極めて特異な存在であること、また美術史への位置づけの難しさによるものでもあると思われる。その最も大きな理由がロートレックにおけるポスターではないかと考える。ポスターが美術史に登場するのは、近代ではロートレックのほかにアルフォンス・ミュシャ、ピエール・ボナール、テオフィル・アレクサンドル・スタンラン、オーブリー・ビアズリーら極めて少数である。それらのポスターが膨大な数の絵画の美術史に並べることは極めて困難である。そして、ロートレックは、絵画とポスター、さらに石版画を制作しており、それが十数年に凝縮されている。
著者高津道昭の専門はグラフィックデザインであり、ポスターのデザインも多く手掛けている。デザイナーであり、東京教育大学教授の学者でもある。著書も多い。著者の専門と幅の広さが本著の大きな魅力となっている。
先ず第一章から第三章まで、画家ロートレックを生立ちから、画家としての活動を追い、その分析を熱く語っている。第四章で「なぜロートレックはポスターを描いたのか」そもそも「ポスターとは何か、絵画とどう違うのか」著者の専門を屈指して、明解に語っている。ロートレックはほぼ印象派の時代と重なっている。印象派の画家の多くが浮世絵に強く関心を持ち、コレクションした。ゴッホやモネの浮世絵を取り込んだ絵画もよく紹介される。ロートレックもまた浮世絵の魅力に取り憑かれ、そのことがポスターへの引金となっていったのではないかと、詳細に論を展開している。その上で、ロートレックの作品すべてに目を向けて、見えてくるものが納得の本著である。
なお第二次世界大戦後、世界で膨大なポスターが作られ続けている。ニューヨーク近代美術館をはじめ世界の美術館でその収蔵も行われているが、美術史はもとより、デザイン史においてもその整理は行われていないに等しい。