07. 3月 2023 · 【後編】アーティストシリーズVol.101古橋香「クロストーク 古橋香×鷲田めるろ」 はコメントを受け付けていません · Categories: はるひ絵画トリエンナーレ, 展覧会

前回に引き続き、「アーティストシリーズVol.101古橋香」関連イベント「クロストーク 古橋香×鷲田めるろ」の様子をご紹介します。
後半は、古橋さんの絵具へのこだわりや、油彩と水彩ドローイングの関係についてのお話、さらに来場者からのご質問に古橋さんがお答えする場面もありました。

左《Between Flickers》2022-2023年/右《Kaari》2021年

 

 

 

 

 

 

 

 

 


絵具について

鷲田:ここからは絵具についてお聞きしたいと思います。
古橋さんの作品を実際に拝見すると、写真では分からない絵具の物質感が見えてきます。特に透明感のある絵具がよく使われていて、それがまた層の重なりを生み出しているように思うのですが、この絵具は一般的なものですか?

《Between Flickers》(部分)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古橋:これは油彩用のメディウムというもので、画用液として一般に流通しています。油絵具に混ぜることで速乾性や堅牢性、透明感を増したり増粘剤として使われるものです。
もともと水性の絵具や油彩のステイニング(1)に関心があったのですが、それだけで表現することに限界を感じて、滲みに近い効果を探る中でこのメディウムにたどり着きました。ただ、完全な無色透明ではなく褐色の色味がついているので緑色の絵具と混ぜると濁った感じになってしまい、今もいろいろ調べながら使っています。絵具の流動的な感じがありながら色の濃いところは強調されて、絵具の盛り上がっている部分を通して下の層が見えているような状態を求めています。

鷲田:ひとつの画面の中に、絵具の盛り上がりや筆跡を見せる部分とフラットな部分を意図的に共存させようとされていますか?

古橋:そうですね。画面全体が油絵具でガチガチに固まった状態にはしたくなくて、水彩ドローイングのように一気に描き上げた感じを油彩でも取り入れたいです。以前、大学の先生から私のドローイングについて「(絵から)視線がはね返ってこない感じ」と言われ、その言葉に納得感があって意識しています。それは油彩の塗り残しや滲みの表現にも通じている気がします。

鷲田:具体的には、画面の中の余白や下地のまま残して抜け感があるようなところでしょうか?

《草色と午後、忘れること》(部分)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古橋:はい。そういった絵具のタッチとタッチの間を繋がない描き方も大事にしたいと思っています。油絵具は描き重ねるとどんどん物理的に強くなって抵抗感が増していく。その抵抗感が「はね返ってくる感じ」ということなんでしょうね。強さを求めていないわけではないですが、描いているうちに絵具が別物に成りかわってしまわないように、ということも考えます。

鷲田:そういえば、キャプションの素材欄を見ると綿布のキャンバスを意識的に使っているようですね。一般的に油絵のキャンバスは麻布が多いと思いますが。

古橋:実は麻布の荒い布目が苦手で。紙にラフに描く時のような感覚を油彩でも求めています。

《展示計画のためのドローイング》2022年

 

 

 

 

 

 

 

 

鷲田:透明感のある絵具だけでなく、シルバーやパールなど光を反射する絵具も使っているようですね。《展示計画のためのドローイング》や《F0 のためのドローイング》の水彩ドローイングにもそのような絵具が使われています。

《F0 のためのドローイング》(部分)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古橋:パールの絵具の上に他の絵具をのせることで生まれる諧調を最近試しています。シルバーの絵具は、以前シルバーの上に白で網目を描こうとしたら、ラインがくっきり出てしまい、ぼかしがうまくいかなかったんです。他の絵具とは違う使い方をしなければと考え、今回出品しているF0号の作品に取り入れるまで1~2年くらい温めていました。

《shine. 1.31.2023》2023年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鷲田:絵画上の「イリュージョン」や「イメージ」に対する「物質」という点で、シルバーは絵具の中でも物質感が強く出るのかもしれませんね。
展覧会名の「点滅-Between Flickers-」は、このような絵具の光り方にも繋がるのでしょうか?

古橋:そういったことも含めて作品の配置による明暗や、作品に描いている望遠と見下ろしの視点の切り替わりを鑑賞者に促すようなイメージからつけました。

 

展示構成について

鷲田:今回の展示では、F0号から幅数メートルの大作まで様々なサイズの作品を展示されていますね。

 

 

 

 

 

 

 

古橋:単純に広い空間なので、これまでやってきたことを一望するような展示にしました。今回は作品のもとになっているスケッチも展示しています。これまでは、たくさん描いたスケッチの中から、水彩絵具でモノクロに転換して、色彩に置き換え、それを油絵具の物質にするというプロセスで制作してきましたが、そのプロセスを見つめ直す状況を展示の中でつくってみたとも言えます。

《F0 のためのドローイング》2022-2023年

 

 

 

 

 

 

 

 

鷲田:実験を積み重ねて洗練させてきた表現から発想を転換する手段として、作品のサイズや手法を変化させることもありますか?

古橋:そうですね、この展示で試したことが今後1~2年の制作に関わってくると思います。

鷲田:大きな作品の場合は、遠くから全体を観ることでイリュージョンやイメージが見え、近づくと絵具の物質感が見えてくる。一方、F0号などの小作品は最初から近づいて観るので物質感に目がいく、という違いがあると思いますが、そういったことは展示構成でも意識されたのでしょうか?

古橋:今までの制作経験から、大きなサイズの絵の一部分を切り取るようにして小さなサイズの絵を描いてみると大抵うまくいかないんです。そういったサイズに対する意識の違いは今回の展示構成にもあると思います。

 

作品のタイトルについて

鷲田:作品のタイトルはどのように決めているのでしょう。例えば《Sleeping Seabirds》は?

古橋:最近は作品の中で具体的に描いていないものをタイトルに付けようと思っています。説明的にはしたくないけど「Untitled(無題)」にもしたくない。タイトルのつけ方も探っているところです。

《Sleeping Seabirds》2022年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色について

鷲田:全体的に明るくて淡い色を多用している印象を受けますが、それも意識的なのでしょうか?

古橋:色は組み合わせで考えることが多いです。以前はビビッドな色も取り入れていましたが、色に関する課題に取り組む中で、ジョセフ・アルバース(2)の著書『Interaction of Color』(3)に書かれている色の相互作用を意識するようになりました。確か《草色と午後、忘れること》を制作していた頃です。それから、色単体ではなく色同士の組み合わせに関心を持って中間色を多く用いるようになりました。

鷲田:19世紀末の印象派の作品に見られる筆触分割(4)によって絵画の色調が明るくなったという革新があり、その後、観る人の目と絵具という物質との関係で絵画も成立するという考え方に移行していきます。これまでのお話から、古橋さんの作品もその流れの中にあるのではないかと感じました。

 

 

 

 

 

 

 


<来場者からのご質問>

___会場に入った時、大中小さまざまな絵がいろいろな高さで掛かっていて、そのリズムに不思議な印象を受けました。そのリズムの中に強い色の作品《石拾い、冬、折れた髪》がありますが、この作品は何か意図があったのでしょうか?また、フェンスの網目によって自然に画面分割が生まれると思いますが、それも意識していますか?

古橋:この作品については確かに異質ですね。実は、今回の展示では奥の空間を暗くする計画があり、この作品の配置によって手前と奥の空間を繋ぐ意図がありました。残念ながらトラブルがあり暗色の空間をつくることはできなかったのですが…。
反対側に展示している《Looking up/down, Crevasse》も暗く強い色を使っています。これは、画家の熊谷守一の作品で長女が亡くなった時にお供えした卵を描いた絵(5)があるのですが、卵の乗っているお盆の部分が暗い色を塗り残すように描かれていて、なんだか虚空に繋がってるような感じがいいなと思ったんです。それが、調和を断絶するような強い色を取り入れてみようと思ったきっかけです。
画面分割は描きながら意識しています。

左《石拾い、冬、折れた髪》2020年/右《Looking up/down, Crevasse》2022年

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___手前のフェンスの網目と後ろの背景の位置関係は描きながら決めているのでしょうか?

古橋:はい、同時に進めています。

___どのような風景を起点にして描いているのでしょうか?例えば実際にある自然の風景なのか、想像上の心象風景なのか、あるいはテレビや映像から刺激されて生まれてくる風景なのか。

古橋:自分の作品に対して明確に「風景画」という認識はないのですが、今の住まいの近くにある「筑波山」や田んぼの景色など、日常生活の中で目にしているものが反映されていることはあると思います。

 

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古橋さんの作品を様々な視点で読み解きながらトークを進行してくださった鷲田さん。古橋さんも普段の制作から自然体の言葉が引き出され、貴重なお話をお聞きできたように思います。絵画や作品に対する見方・解釈も深まるトークになったのではないでしょうか。
鷲田さん、古橋さん、参加してくださった来場者のみなさま、ありがとうございました!


(1)画布に絵具を染み込ませながら描く技法
(2)Josef Albers(1888-1976)ドイツ出身のアーティスト。バウハウスのメンバーであり、アメリカへ移住後もブラック・マウンテン・カレッジやイェール大学などで美術教育に携わった。
(3)日本語版として現在以下の2冊が刊行されている。
・Josef Albers著、白石和也訳『色彩構成―配色による創造』ダヴィット社、1972年
・Josef Albers著、永原康史監訳・和田美樹/ブレインウッズ株式会社訳『配色の設計 色の知覚と相互作用 Interaction of Color』ビー・エヌ・エヌ新社、2016年
(4)絵具自体を混ぜ合わせるのではなく、画面上で隣り合う色を見た人が網膜上で重ね合わせることによってひとつの色に見えるようにする技法。
(5)熊谷守一《仏前》1948年 豊島区立 熊谷守一美術館蔵

http://www.museum-kiyosu.jp/exhibition/vol101furuhashi/

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