公募展「清須市はるひ絵画トリエンナーレ」の受賞者を個展形式で紹介する「アーティストシリーズ」。第101回目は「清須市第10回はるひ絵画トリエンナーレ」で準大賞を受賞した古橋香さんの展覧会です。今回のブログでは、展覧会初日の2/11に開催した古橋さんと鷲田めるろさん(十和田市現代美術館館長・当公募展審査員)によるクロストークの様子をご紹介します。
古橋 香(ふるはし かおり)
1982年東京都生まれ。2004年筑波大学芸術専門学群美術専攻卒業。2007年筑波大学大学院修士課程芸術研究科修了。2022年「3331 ART FAIR 2022」3331 Arts Chiyoda(東京)、グループ展「絵画のゆくえ2022」SOMPO美術館(東京)、2020年「シェル美術賞展2020」国立新美術館(東京)[2018]、2019年個展「泥濘の島」Viento Arts Gallery(群馬)、「中之条ビエンナーレ2019」旧第三小学校(群馬)[2015]、「FACE展2019 損保ジャパン日本興亜美術賞展」損保ジャパン日本興亜美術館(東京)、2017年「BankART Life V‐観光 Under 35 2017」BankART Studio NYK(神奈川)など。
鷲田めるろ(わしだ めるろ)
十和田市現代美術館館長、清須市第10回はるひ絵画トリエンナーレ審査員。
京都府生まれ。1998年東京大学大学院美術史学専攻修士課程修了。金沢21世紀美術館キュレーターを経て2020年から現職。専門は現代美術。第57回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館キュレーター(2017年)。あいちトリエンナーレ2019キュレーター。2020年に著作『キュレーターズノート二〇〇七ー二〇二〇』(美学出版)を刊行。
鷲田:鷲田です。よろしくお願いします。
古橋さんの作品を最初に拝見したのは、実は「清須市はるひ絵画トリエンナーレ」よりも前で、2020年に「シェル美術賞」(1)という公募展で審査員を務めた時でした。その公募展で古橋さんが出品されていた作品が《A Hundred Mornings》でしたね。
鷲田:「清須市第10回はるひ絵画トリエンナーレ」の作品《草色と午後、忘れること》にも共通していることで私が興味を持った点が2つあります。ひとつは絵画の中に複数のレイヤー(層)の重なりがあること。もうひとつは絵具の物質感。特に絵具が盛り上がっている部分とフラットな部分が画面の中で共存しているところに興味を持ちました。
また、今回の展覧会では、作品自体もひとつの物質と捉えて空間に配置している印象を受け、支持体自体の物質感に対する繊細な意識が感じられました。展示作品は2015年から7、8年間のものですが、一貫したテーマがあるように思います。
まず、この特徴的な網目のような図像はどういったものなのでしょうか
古橋:今日はクロストークの機会をいただきありがとうございます。
この網目は「現象を一番手前に描いてみる」という発想がもとになっています。フェンス越しに風景を眺めている時、目のピントを奥の風景に合わせると手前のフェンスはぼやけて見える。そうやって風景を眺めるのが子供の時から好きで。絵画の中でも、手前にぼんやりした現象を、奥に物質感のある絵具でくっきりとした風景を描けるだろうか、という問いが最初の素朴な動機でした。油絵では手前のものをはっきり描くのがスタンダードな方法としてありますが、それを逆転することができるのか挑戦してみようと思ったのも、きっかけになっています。
鷲田:西洋の遠近法で、手前をはっきりと、奥はぼやけて描く空気遠近法という手法がありますが、その方法を逆転させてみる挑戦とも言えそうですね。
レイヤー(層)の重なり
鷲田:近年コンピュータ上で絵を描くことが普及して、社会の中でも「レイヤー」という言葉がキーワードとして使われ出したように思います。コンピュータ上で図像を操作しながら描く行為の中には、透明なシートに描いた絵を重ねて順番を入れ替えていくような感覚があるように思うのですが、古橋さんの作品にも透明な層が重なっているような印象を受けました。その考え方が《dialogue with light》を観て理解できたように思います。
古橋:この作品は和紙を3枚重ねたものにアクリル絵具や水彩絵具で描いています。以前は窓の前に吊るすかたちで展示したこともありました。通常、和紙は絵具が滲まないように目止めという処理をするのですが、この和紙は目止めしていないものを使っているので下の和紙に絵具が滲んでいく。その風合いが面白くて、和紙を重ねる順番を入れ替えたり、窓の光に透かしてみたところ、色あいや細部が違って見えてきました。その見え方を流動的に変えながら糸で縫い合わせてみたり。そのような、入れ替えたり固定したりする制作が心地よくできたと感じる作品です。
鷲田:複数のレイヤーの入れ替えを3つの和紙の層によって物理的に行う。この考え方が他の作品でもベースとなっているように思います。
さらに、同様の作品でライトボックスを使って展示しているものもありますね。先ほどは壁に吊るして展示されていましたが、こちらでは後ろから光をあてて展示されている。この展示室は窓がないですが、この展示方法によって、窓の光を透過させた見せ方と透明なレイヤーの意識が繋がるような気がしました。このライトボックスはあえて光を均一にしなかったそうですが…?
古橋:これはボックスの中にイルミネーション(電飾)を入れていて、ムラのある光によって作品の中で見え方が変わる部分と変わらない部分をつくっています。色々な光について考えていたのですが、身近なものを使って日常に近い光があるといいのではないかと思い、今回の展示では取り入れてみました。
鷲田:以前、私が金沢21世紀美術館で勤めていた時に美術館の建物の設計にも携わったのですが、展示室に自然光を取り入れるため天井に半透明のガラスを採用しました。そこで重要だったのが、自然光を拡散して展示室を均質な光で満たすだけではなく、太陽の動きが展示室の中にいても感じられるような解放感や、屋外と屋内の繋がりでした。
その時の経験を重ねてみると、古橋さんがこの展示方法で試みたことは、ライトボックスの面をひとつのレイヤーとして、その奥に別の空間、別の光をつくろうとしたのかなと。そのことで作品の奥に新たなレイヤーが加わるような感じがしました。そして、この状況が垂直になり窓の光になった場合も、窓ガラスを通した向こう側の世界や光の移り変わりによって新たな空間のレイヤーが生まれるのではないでしょうか。
実像と虚像
鷲田:ライトボックス上の《making green》では、上下が反転した図像から最初はロールシャッハ・テスト(2)のようなものを思い浮かべましたが、古橋さんから「鏡のように描くことを意識した」とお聞きして、図像を反転させることで(絵画内の)空間を複雑にしているような印象を受けました。
一方《不在の召喚》では水面を感じさせるところがあり、水面の反射による実と虚に加え、水の奥が透けて見えているような二重写しになっている。それらの要素が画面の中に重層的な構成を生みだしているように思いました。
古橋:この作品では最初から水面に反射して映っているものを描きたかったわけではないのですが、(鏡のように描きながら)手の動きをリピート(反復)しているうちにズレが生まれる。そのズレによって、どちらが実か虚か分からない世界を絵画ならつくることができると気づきました。さらに、反射を描くと虚の部分は抵抗感がなくなって奥に行くような効果もあり、そのような選択肢がこの作品から広がったように思います。
鷲田:対して、先ほどの《A Hundred Mornings》では、実と虚の対応があまりはっきりしていないように見えます。しかしカーブしたラインの下は水面を思わせるところがあり、そこが面白いと感じたところでした。
古橋:このカーブの表現は一番苦労したところです。最初はラインがもっとはっきりして絵具の物質感も強かったのですが、最終的には筆跡が付かないように弱めていくことを考えながら描きました。また、おっしゃるように、ラインの上下で完全に反射していると言いきれない状態にしたくて、描いては消してを繰り返していました。
鷲田:フェンスの金網の部分ですが、これまで白色だったのがこの作品では黒い色が使われていることで、光ではなく影のように見えました。それによって、この影をつくっている光源と物体が自分の目よりも後ろにあるような感じがして、この絵を構成するレイヤーの中に自分の目が挟み込まれているような感覚を受けました。
古橋:この色は意識的に変えました。子どもの頃に見ていたフェンスの色も暗い色だった記憶があり、その記憶を追ってみようと思ったのですが、暗い色で描くことは技術的にとても難しかったです。白の絵具は基本的に不透明なので隣り合う色と重ねてぼかしたりする表現がしやすいのですが、黒い絵具ではそれがうまくいかない部分もあり…でも、こういった挑戦はもっとしていきたいです。
次回、後編に続きます。
(1)40歳以下の若手作家へ向けた平面作品の公募展。2022年より「Idemitsu Art Award」に名称変更。
(2)心理検査方法のひとつ。インクや絵具をのせた紙をふたつに折って広げた時にできる左右対称の図像を用いる。
http://www.museum-kiyosu.jp/exhibition/vol101furuhashi/
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