企画展のタイトル「日常を綴る」は、「宮脇綾子展」だけでなく、同時開催の「モンデンエミコの刺繍日記」と共通のコンセプトです。
これまでにもたびたび開催されてきた宮脇綾子展を踏まえ、何か新しい切り口で作品の魅力を伝えられないだろうか?と考えていたとき、モンデンエミコというアーティストの存在が頭に浮かびました。
宮脇綾子とモンデンエミコ。二人に直接的な接点はありませんが、どちらも「手芸」をベースにする作家で、それぞれ異なる基本軸がありながら共通項がある。この二人の作品によって生まれる化学反応を見てみたいと思いました。
モンデンエミコは封筒や紙袋、チラシやレシートなど身の回りにある紙に刺繍をほどこした作品を《刺繍日記》と題し、約2年間、毎日1点ずつ作り続けています。
もともとは金属彫刻家で、刺繍とは程遠い世界に身を置いていました。
制作環境や家庭環境の変化にともない、作品づくりの手法を模索。たどりついたのが「刺繍」でした。
自分の専門分野である彫刻の世界を離れても、それでもなお表現せずにはいられない、強い欲求。
(睡眠時間を削りながら)毎日制作し続けることはとても大変なことですが、彼女にとっては一方でその苦労が作家としての矜持につながっています。
モンデンさんは、環境の制約を逆手にとり、限られた環境だからこそできることをオリジナルな表現に昇華させ、また「日記」という形をとることで何でもない日常を表現の題材にすることに成功しています。
画家にとっての表現ツールが筆と絵具であるように、モンデンさんの針と糸は彼女のコミュニケーション言語です。針で思考し、糸で発する。
日常とは、私たちの周囲を取り囲む空気のようなものです。当たり前に存在し、人生の99%はそれらで占められていて、改めて意識することなく、漂い流れていく。
しかしそれはポジティブに考えれば、私たちの心の持ちよう次第でどうにでもなる、とても柔軟で可能性に満ちた領域と言えるのかもしれません。
今回展示している宮脇綾子の《色紙日記》や旅行記などを見ていると、ただ毎日の出来事を綴っているという以上に、液状に流れる日常を掬い取り、丁寧に濾して一コマ一コマを結晶化させていくような、そんな印象を受けました。
嬉しいことであっても、悲しいことであっても、日常の小さな出来事を自らの心に留め置き、作品という形にあらわす。宮脇綾子とモンデンエミコの共通点だと思います。
当初、展覧会のタイトルを「日々是好日(にちにちこれこうじつ、またはひびこれよきひ)」にしようと考えていました。(抽象的すぎるということで、結局ボツ)
禅語のひとつで、損得や優劣、是非などにとらわれず、良いことがあっても悪いことがあっても一瞬一瞬ただありのままに生きれば、どんな日もかけがえのない一日となる、という意味だそうです。
モンデンさんの《刺繍日記》のなかに、偶然「日日是好日」とテキストが書かれた作品があり、ちょっと運命を感じてしまいました。
O