19. 3月 2022 · March 18, 2022* Art Book for Stay Home / no.88 はコメントを受け付けていません · Categories: 日記

『回想の鴨居玲 「昭和」を生き抜いた画家』伊藤誠(神戸新聞総合出版センター、2005年)

著者伊藤誠は美術評論家、元・神戸新聞文化事業局次長、元姫路市立美術館副館長。二人が出会ったのは戦後まもなく、昭和24・5年23・4歳の頃である。鴨居が伊藤より一歳上、新鋭の画家と駆け出しの文化部記者。親交を深めるままに歳を重ね、流浪の画家は神戸を拠点に世界を巡り、随所にアトリエを持ち、伊藤は文化部記者から事業部に移動になって文化事業として多くの展覧会を手掛ける。二人の共助は互いの出世、成長を高める。伊藤はそのことをいつも鴨居の援助のように書き進めているが、鴨居にとっても伊藤は大きな支えであったに違いない。

本著を読み進めるにあたり、少々苛立たしさを感じる。伊藤の鴨居へのリスペクトと愛情があちらこちらで邪魔をして、ズバリと言い切れずブレーキをかけてしまっている。鴨居の自死から20年が過ぎて、ようやく「回想」を書き上げた歯がゆさからなのだろうか。

前半の「鴨居玲からの手紙」では、鴨居から伊藤への手紙が全文紹介されている。主に海外からの13通の手紙が、鴨居の繊細さ、やさしさ、弱さ、思いやりが現れていて、一般に鴨居を知る人のイメージ(ダンディで傍若無人)とは異なるのだと盟友の口からではなく、鴨居自身の言葉から伝えたかったのではないかと思う。手紙は伊藤個人へのものであるが、個人へのメッセージを超えて人間鴨居が見えてくる。

そして、安井賞受賞から墓標とも言える代表作《1982年 私》、自死にいたるまでの鴨居の作品と、心の読み解きは、文化部記者から文化事業局次長、美術館副館長、美術評論家として、そして親友として、伊藤以外に誰も書き得なかった魅力に溢れている。

前半は鴨居玲人物論として、後半は鴨居玲作品評論として読み応えのある一冊である。